172.請求来そうで憂鬱だった
国都近郊、ポルトリアス伯家下屋敷。
新任の組頭セスト・ブルスが参上。
「報告いたします。ヘンツ・ブルスの朋輩三名が帰投しました」
「生きて帰ったか」
伯爵、安堵の表情。
「アグリッパに到達して警戒体制の厳しさに異常を察知し、報告に戻った。ヘンツ一人が城内に潜入した、とのこと。ヘンツの独断専行とは知らず、君命での出動と認識していたと申しており、処分は留保しています」
「それで良い。アグリッパの様子はどうだったと?」
「市民以外の出入りを大変厳しく管理強化していると」
「市内は?」
「彼らが城外の住民から聴取したところでは、市内には『ゼンダ・バラケッタ』を婦女誘拐監禁、人身売買及び組織暴力の首魁として手配する旨の高札が立っており手下百有余名は成敗したが彼のみ逃亡中と書かれていたと」
「『逃亡中』か・・」
「ヘンツの見解では『バラケッタ』という名前を晒す目的でそう書いてあるが彼の安否については絶望的か、ということだったと」
「『身元バレてるからな!』と公示してるって意味か・・」
伯爵、溜め息ついて続ける。
「帰ってきた三人には、兎に角無事で良かったと言ってやれ。ヘンツの独断専行に従ったあと六人のうち四人は死亡確定済みだからな。たぶん六人とも絶望だが」
「ゼンダが雇い入れた武装人百五十人も全滅ですね」とダミヤン。
「ああ、『成敗』って言うんだから、鎮圧されたのか処刑されたのかは知らんけど殺されてるな」
「あと、誘拐された女たちを買った者も絞首刑になってます」
「それ全部、俺の責任ってことか・・」
「直臣の犯行ですからね。報告こそ受けてないけど、武装人百五十人の雇用は予算支出として承認してるし、彼らが『よその自治市内で武装してる事が不法行為だと知らなかった』という言い訳も無理です」
「不法行為してると知ってる以上、婦女誘拐監禁やら何やらも『知らぬ存ぜぬ』は通用しないって事か」
「もう不法滞在って事は知ってる事になりますからねえ。そういう反社会的集団のオーナーだった事は言い逃れできません」
「駄目だこりゃ」
「豆狸家老、追い出してなきゃ責任おっ被せられたかも」
「いま言っても詮無いわ」
「でも大丈夫、あなたがアグリッパにとって良い金蔓である限り訴えられません」
訴えられなきゃ無罪である。それが当事者主義。
「つまり、強乞られ続けるんだろ?」
「いつでも訴えられますからね」
「南岳派の北上に対抗するのに、中立派アグリッパとの関係強化が、殿の『使命』なんでしょ? 図らずもクリアしちゃってません?」
「物事万事、都合いい方にいい方に考えれば、そうかも知れんな」
◇ ◇
高原州。カンタルヴァン伯、居城。
「いかん! 舌を噛む! 銜を!」
近習オルロフの口に、外科手術の時に使うような木製の猿轡を噛ませる。
「戦場で凄惨な場面を見た初陣の若者とかが起こす症状です!」
「マヒンガ〜・・マヒンガ〜・・」
「マヒンガ?」
「気にせんでいい。それより城下に緊急厳戒態勢! ああっ、こんな・・大事なお使者が来るという時にっ!」
カンタルヴァン伯爵、気丈に有事の指揮を執ろうとする。
「殿、アドラー顧問官がお戻りです。ご一緒に御客人三、護衛官四がお着きです」
オーレン走り寄る。
「予想外の事態。お忍びで嶺南候がお着きです」
「なっ・・」
「ヴィッリ男爵フェンリス様とファルコーネ城主クリスティーナ様がご一緒です」
黒い修道士服の背の高い男、来る。
「皆に安らぎあれ、不穀である」
「カンタルヴァンのテオドール・ボスコで御座います。申し訳ありません急病人が出たところで・・」
伯爵、跪く。
「ほら明公! 屋根の上ではしゃぐからぁ」と司祭服のフェン。
「診せてみよ」
侯、ひと差し指でオルロフの額に触れると、安静になって眠る。
クリスティーナ、ブラゲットの辺りをいぢる。
「かわいそうに。失禁しちゃってますわ」
「べっ、別室で安静にっ!」
医者、慌てて従者たちと長椅子ごと運んで去る。
「改めまして、夫が参上するお約束を致しておりましたのに、日々多忙に感けての遅滞をお詫び申し上げますわ」
伯爵、腰の辺りに奇妙な浮遊感を覚えた時には遅く、全身がクリスの方に滑って移動しかけるが、オーレンが裾を固く握っていて難を遁れる。
「此方はファルコーネとフィエスコ両男爵家の御当主でクリスティーナさまです。サバータ男爵の嗣子どのと御成婚が近いので、もう『夫』君とお呼びです。お幸せそうで何より」
オーレン・アドラー、流石は本職の情報屋である。
暗殺者からは足を洗った。
「ヴィッリ男爵フェンリス様は、正確には爵位継承の儀を近日中に控えておいでの猶子どので、ご実父は高名な嶺南の猛将マッサ兄弟のミケーレ様。既にトルンカの男爵様でもあられますが、今は南岳の司祭さまを名乗られております」
「・・(お・お・オーレン! 嶺南候ご本人に大領主がお二人お見えって・・どうしよう)」
「・・(度胸で乗り切るしか無いです。頑張って下さい)」
目だけで繁く会話する二人。
◇ ◇
国都近郊、人気の無い辺りの荒屋。
「さて豚さん、泥を吐いて貰おうか」
「ゲー」
「本当に吐くとは器用な奴だ」
警部、警棒で左掌を幾度も叩き、音を立てる。
「偽通行証を作ったのは貴様だな?」
「よくできてたでしょ」
「屈託のない豚だな」
「ザック・フォン・リューゲンって名前、面白かったでしょ?」
「面白くない」
「ごめんなさい。つまんない物つくって」
「あの三人はお前の作ったつまんない物を持ってた所為で絞め殺された」
「ひどいです。冗談がつまんないだけで絞め殺すなんて」
「いや、そういう理由じゃないとは思うがな。だが確かにお前のつまんない答えを聞いてると、思うよ。そうしたい気分になる奴も居るんじゃないかってな」
「そうは言ってもお兄さんが行方不明で『探しに行きたい』って気持ちはわかるんです・・一応」
「わかってて、面白くしようとしたのか?」
「そりゃ面白い方が、面白くないより、いいでしょ」
「行方不明のお兄さんをアグリッパに探しに行ったってのが面白いと、いろいろと不味くないか? アグリッパでは『バラケッタ』という指名手配中の犯罪者さんが行方不明になってた訳だから」
「面白かった?」
「犯罪者のお兄さんを探しに行ったポルトリアス伯爵の家臣が、死んだんだろ? ああ面白い」
◇ ◇
ゼルガー警部とその一行、バラケッタ村へと向かう。
「あの豚僧侶、知能は普通だが善悪の観念がちょっとズレてるようだ。無害なままなら良いのだが」
「買い戻し請求、しますか?」
「ああ、豚宮城に連れてっても呉れんだろうしな」
じき村が見えて来る。
「やよ村長! 例の死骸、身元は判ったか?」
「いやその、むにゃむにゃ・・」
「何やらポルトリアスの足軽だという証言もあって、お引取り願いたいのだが先方責任者はおられるか?」
「まだ、殿様のお屋敷だと思います」
「身元の確認は未だであるか」
「いろいろ臭いとこありまして」
「そりゃそうだ。我らも我慢して運んで来たのだ労ってくれ。それでは一旦帰るが遺体引渡しは完了ということで」
「あーあ、結局置いてかれちゃった」
◇ ◇
入れ替わりにセスト・ブルスが戻る。
「あー、ヘスラーのお役人が来て、そっちの身元確認遅々として進まないみたいだけど、こっちとしちゃポルトリアスの家臣だって裏とれたから遺体は引渡すって」
「なんか、当家の責任追及するような事は言ってたか?」
「弔意を表する場で金の話もなんだから・・でも運んできた経費も忘れんなよ的なことは言ってたかな。また来るって」
「経費負担かなぁ・・賠償かなぁ・・」
続きは明晩UPします。




