171.悪い便りで憂鬱だった
国都、下町。路地裏。
「ぴぎぃ」
少年たちがテンポウ助祭を足蹴にしている。
「君たち、何をしてるんだ」と、通りかかった男。
「きまってるだろ。豚をつかまえたから、これから茹でて食うんだ」
「ちがうよ! 焼くんだ」
「君たちは間違ってる。そうやって打ったら肉が固くなって不味い」
「おっさん! そうなのか?」
「そうだ。豚は打ったら駄目だ。第一、打ったら豚によく似てる」
「どういう意味?」
「人を虐待する者は、だんだん人じゃなくなるのだ。だんだん豚になるんだ」
「でも、こいつは豚じゃないか」
「少年よ、世の中には人間に見える豚がたくさん居る。そして、豚に見える人間もたまに居る」
「じゃあ、おじさん高く買ってくれよ」
「いくらだ?」
「三グルデン」
「高い!」
「これだけ太ってりゃ相場だよ」
「二グルデンにまけろ」
「よし、売った」
少年たち、走り去る。
「ゼルガー警部、高くないですか? 俺の給料二日分ですよ」
「だが身代金は払った。昔ある国の豪傑が海で難破して敵の虜囚になった時、或る大公が身代金を払って臣従させた。豪傑は彼のために戦って、隣の公爵領を奪って来た」
「こいつ、そんな役に立ちますかね」
「肉の代金分は有るだろう」
助祭、連行される。
◇ ◇
高原州。カンタルヴァン伯、居城。
「ううっ!」
「どうした! オルロフ、どうした!」
心の臓あたりを押さえて急に蹲る近習。若い伯爵、容態の急変を気遣う。
「来ます・・強力な魔人が・・それも三体」
先月の異変以来、異常な力場変化への感応力を高める特訓を重ねた者の一人だ。
「なに! 三体もだと!」
「もの凄い速度・・悍馬が疾駆するほどの高速で真っ直ぐ接近中。国が、国が滅ぶクラスの戦闘力が・・」
愕然とする伯爵。
「誰や有る! 医者を!」
◇ ◇
国都、宮廷の廊下。
出世と多分縁の無い廷臣が二人、仕事も無いので噂話に興じている。
「伯爵領はあっちこっちに持ってる飛び地のほうが本貫より広いくらいだって言うけど、さすがに首都圏には領地がない。個人的に持ってる屋敷はあるけどな」
「それ、普通だろ?」
宮廷のある近くには自治権のある貴族領は置かせたくない。当然のことだ。
官憲が強制的に踏み込めない場所など、王家にとって害そのものだ。
有ったら、王権弱体化のバロメータだ。
「だからサラリーマン家臣の家も普通の民家と同じだ」
まぁ普通の民家だって、不法侵入者は正当防衛で殺せるくらい家族の聖域だが。
「だから、なんだよギル!」
「だから、と或る自治村の周りに、伯爵家の直臣たちの私宅が集まってるんだよ。その村近辺で、殺人事件の聞き込みをしてる捜査官がいるってこと」
それは事実だ。
「つまり、伯爵の家臣が死んでるとまでは言えないけど・・」
「それ臭い・・という噂が立ってる、と?」
「それよ」
廷臣ギル、喋りがだんだん得々として来る。
「なんだか臭い麻袋いくつも載っけた荷車が着いたってさ」
「なるほど、それ臭い」
「それだけじゃない。泥棒市にガサ入れが入って押収された盗品が、その村近辺の誰かを殺して強盗が奪ったブツじゃ無いかって捜査も有ったらしい」
「別口でか?」
「だけど村民はみんな無事で普通に生きてるんだと」
「臭いけど、百人にゃ遥か届かないなぁ」
「そう言やぁ・・あの道化、今日は見ないな」
◇ ◇
「お呼びで?」
道化、ひょこっと現れる。
「そうだ、百人って不吉過ぎる話、びびったぞ」
「ああ、アグリッパで闇に消えた百人でやんすね? お気の毒だけれど自業自得の地獄行き、救われないっす」
「闇に消えたって?」
「大司教さまの門前町だもの、大量処刑とか外聞悪いっしょ? んで哀れ、元から存在しなかった人々にされちまいやした。それで闇の中」
「消されちまったのかい」
「そりゃ名にし負う女衒伯爵の手先だもの。女攫って売り飛ばしちゃ、泣き寝入りするよう女らの両親達相手に凄んで脅すっていう悪行重ねて来たんだ。人の恨みで地獄に墜ちやすよ。むべなる哉」
「闇から闇へ地獄墜ちか」
「きっと団子状の悪霊にでもなって、伯爵の足に縋り付いてぴいぴいきゃあきゃあ泣き叫びながら、墜ちて行くんでやんしょうねぇ」
「伯爵もろともかよ・・」
◇ ◇
高原州。ウルカンタの湊が見えるテラス。
騎士ヨーゼフとリベカ夫人、再びいい感じ。
「二人の新しい店員、いい感じのカップルだったでしょう? 訳ありと言うけれど改めて人生を始める決意みたいなものを感じて、つい応援しちゃったんです」
「わたしも決意しますから、応援してくださいます?」
「喜んで」
ヨーゼフ、向かい席の彼女の手を執る。
「お坊様って、トルンカ司祭さまもですけど、みなさん教養があってお話も面白いですわね」
「・・(いや、ピンキリでしょう)」
・・ってか、坊さんちゃうし、と思うヨーゼフ、口には出さない。
◇ ◇
街道。
見るひとは馬車の上に大きな十字架が立っていると錯覚するかも知れない。
「ウフー殿! もうひと鞭! もっと飛ばそうぞ」
爆速で疾走する馬車の屋根に、両手を大きく拡げた黒い修道士服の人物。
「うわーはははははははは」
「あのー! この間も候を狙う不届き者が出たばかりなんですがー!」
「似顔絵の出来映え、秀逸であった」
カンタルヴァン城が見えて来る。
◇ ◇
アグリッパの町、と或る豪商の館。
「出て行け! お前のような慮外者の顔など二度と見たくない!」
主人、苦労人らしい皺の刻み込まれた顔の皺をさらに増やす。
「お金を頂けるんなら出て行って、二度と顔を見せません。相続権を妹に不残全部譲って、俺は消えます」
主人、嘆息する。
「ああ、ひとは金貨に似ているな。質が悪くなるほど軽くなる」
「俺は質が悪いですか」
「ああ。恋は軽くて、空の上へと飛んで行く」
「だがな、金と半分々々に銅を混ぜた質の悪い金貨だって、それでも純の銀貨より重いんだ」
「何言ってるか意味分かりません」
「儂の父親は女に騙されて店を潰しかけたクズだった。だが儂の代で盛り返した。クズの血が半分混じっても、母親が立派だったのだ。お前も商才があると思ってたのに、一代おいて女で身を持ち崩す血が出るとは」
「俺の母、ダメでした?」
「いや、儂の父親の血が強く出たんだろう。儂のせいだ。一万デュカス、せいぜい女に使うがいい」
「ありがとうございます。実はいっそ、店の金に手を付けて逃げようかって思っていたんです。でも諌めてくれる人が居て、それで洗いざらい申し上げました」
「そうか・・」
「親父殿、おさらばです」
「待て。もう一万デュカス、これは商売の元手に使うがいい」
「・・くれないんですか?」
「馬鹿野郎。儂の腰で金貨が二万も持ち上がるか」
◇ ◇
王都近郊、某伯爵家下屋敷。
先日の真夜中に来た使者が来訪。
「なんて言ってました?」
遠慮して下がっていたダミヤン出て来る。
「相変わらず口数の少ないって言うか、言葉の足りん奴だ。『便りがないのは良い便り』って一言いって帰った」
「じゃ、彼が来ちゃったって事は『悪い』って意味じゃないですか」
「え! ああ・・そういう解釈も出来ちゃうな」
いくら極秘事項だからって、事情を知らない使者に伝言だけ伝えさせるのは良くなかろう。
「まぁ、あっちも『もう喧嘩売っちゃったんだから次はそっちの出番でしょ』って言ってるこっちの意図は、分かって呉れてるって取って良いんですよね?」
「ああ、良いんだろう」
この始末である。
まあ一応これが阿吽の呼吸なのであろう。実は両方で「アー」と言っているかも知れないが。
「セストが来ました。急ぎの報告だそうです」とグスタフ司祭。
「あ、こりゃ『悪い便り』ですね」
続きは明晩UPします。




