170.油断大敵で憂鬱だった
国都近郊、某伯爵家下屋敷。
家臣ダミヤン尚も力説する。
「いや自分、封臣だから伯爵家内の人事に口出し出来る立場でないが、御徒組頭が空席では君命が空転しますし執事不在も目に見えて不便してますでしょ! だから言いたかないが、家老どうしたんです」
「過労で死んだ。いや嘘だ、あれも叩き出した」
「それで回ってんですか伯爵家?」
「あれも虎女の威を借る豆狸で、私服肥やす事以外なにひとつ為ん厄介者だった」
「虎女って、もしや・・」
「姉上だ。酔っ払っちゃ吼える」
・・あのかた、そんな酒癖だったんですか。
「どのくらい酒癖悪いかというと、それ見て育った俺が呑まなくなる程だ」
「はいはい、姉上様は女癖悪く無かったんですね」
「そりゃそうだ。女だからな」
「そんな状況で御徒組頭を長期出張させてたから、変な分派が出来ちゃってたし」
「ああ・・あれな」
「長い事外で何やってるか不明だった兄を『行方不明だ』って伝えたら、おかしな挙に出るのも心情的には理解ります。・・今はね」
兄弟孰れかでも面識があったなら、も少し慎重な対応をしたのにと悔やまれる。
と、グスタフ司祭帰って来る。
「いやはや、殿が前の執事を馘にした経緯を如実に伝え『こんな轍を踏まぬ者』と云って求人しておりましたわい」
「そりゃ応募こないわけだ。誠実とは言えるけど」
「そんなに俺、酷かったか?」
「酷かったです」
「ですな」
伯爵、暫く独りでぶつぶつ弁解している。
◇ ◇
「司祭どの。これは封臣の分際で、私がする筋合いではない質問なのを知った上で聞いて下さい」
・・来た! さっき求職活動の話聞いて来てよかったぞい。
「あなた、ゼンダ・ブルスの活動について、どの程度知ってました?」
「き・基本的にアグリッパでの情報収集とシンパ作り、そして活動拠点づくりだと云う事は殿のご存知の範囲内でござりますが・・」
「その『基本的』じゃないとこ、詳しく」
「活動経費の追加請求書が来るたび、資金使途の摘要は見ておりました」
「その報告は?」
「金額を期間ごとに纏めまして」
「使途の細目は?」
「・・ほ・報告いたしておりませぬ」
「金額は?」
「人件費が一万八千デュカス、工作費が一万デュカスほどでございます」
「ふーん。半年でその金額という事は、大司教座にどぉんと賠償金二十万デュカス請求されても、高々その三、四年分って事ですね」
司祭の額に脂汗が光る。
「半年で人件費一万八千ってかなり多いですが、何人分です?」
「最終で百五十人ほど」
「その月額は?」
「三十です」
「月給三十デュカスって、二流どころなら傭兵だって雇えそうな高賃金では?」
「武装人です」
「武装人を百五十人雇っていたと? アグリッパ市内で?」
「はい」
「アグリッパの警官隊って百人くらいですよね?」
「それは存じませぬ」
「殿、これ・・完全に宣戦布告では?」
◇ ◇
高原州、ウルカンタの町に大型の箱馬車が到着する。警護の騎兵四騎。
「カーラン卿は?」
「旧伯爵邸です。ご客人を接遇中です」
馭者はオーレン・アドラーその人。接遇の場へ駆け付ける。
「迎えの馬車が参った模様です。いま暫しご歓談を」
ヨーゼフ席を辞し、オーレンに駆け寄る。相手を誰だかよく解っていないリベカ夫人、にこやかに会話を続ける。
「オーレン! 事態急変だ。お使者じゃない!」
「え!」
「嶺南候ご本人がお越しだ」
「ぶわへっ」
変な声が出て仕舞うオーレン。
「嶺南侯と、ヴィッリ=ガルデッリの男爵フェンリス様、ファルコーネ城主クリスティーナ様、あと護衛の方々四名」
「どどど・どうしよう定員オーバーだ」
驚き過ぎて反応するポイントを間違えている。
「挨拶に行かなきゃ」
オーレン、こちこちになっている。
「カンタルヴァン家の情報専任顧問オーレン・アドラーと申します。スーレン家のご兄妹とは傭兵団時代からの古い馴染みで、特にクラリーチェ様とはアグリッパの探索者ギルドでも屡々ご一緒させて頂きました」
「え! もしや貴方が『鷲木菟』さん? 頼れるもと相棒って予々義妹から伺っておりますわ」
「ふむ。これの夫が伯をお訪ねする旨約束致したのに野暮用が立て込んで仕舞うた由、申し訳なく存じ斯うして不穀も詣った」
「いやですわ明公、挙式は来春なので今暫く独身でございます」
・・(えっ。あの旦那の奥方!)
「だから未だ独身ですわ」
・・どうして聞こえた!
◇ ◇
国都近郊、某伯爵家下屋敷。
「わしは馘ですか?」とグスタフ司祭。
伯爵「まさか」と笑う。
「あんたを馘にしちゃったら、俺の首級が晒されるとき隣りが寂しいだろ」
「ですよねえ」
「いや冗談だ。喧嘩を売るのが俺らの仕事で、間髪入れずに止めに入るのが義兄の仕事だからな。あんたが報告を怠ってたって上手い具合に旗本衆がゴシップ流して呉れてらあ。どのくらい危いとこかも伝わってるだろ」
「大丈夫ですかねぇ」
「大丈夫だともダミヤン! 俺の首が金貨より安い限り、畏れることは無い」
「高く買うって奴が出てきても?」
「だから大丈夫だ。二十万デュカスで競り落とす奴はいない」
「そんなと言ってて、森が来てから恐れなさい」
◇ ◇
高原州、ウルカンタ。
アドラー顧問官が賓客に挨拶している間に騎士ヨーゼフ、一行の護衛に当たりを付ける。
大柄の男がパワーファーターで、小柄の方がスピード重視の軽戦士と見た。違うタイプで乙張りを付ける揃え方に特徴を感じる。
「皆さん護衛戦士のかたと見受けますが、当方のミスでご来賓の総人数を読み違えました。馬車のお席が足りません。お二人はフットマン用のプラットフォームでは不可ませんでしょうか?」
一番偉い人が後から突然増えたとは言えない。
「いいえ、我々も襲撃者あらば真っ先に飛び降りて戦う御役目の者。フットマンの立ち位置の方が有り難いです」
円滑に話が付いたところへ・・
「おぉい、クルップ君。不穀も屋根の上が良い。風が心地よさそうである」
「大殿! 流石にそれはご容赦を」
嶺南候の為人に困惑するヨーゼフ。
◇ ◇
嶺南州ラマティ村を一行の馬車が出発する。
つい長居をしてしまったので、速度早め。
「いや、ファッロさんの実家でしたか。皆さん歓迎してくださって感激しました」
「いや、どっちかっていうと嶺南人は余所者に冷たい方なんですが。変な来訪者も多いもんで」
「そんな感じじゃなかったけどなぁ」
「いや実は、なん度も来る方とか・・特にこっちに移住するとか聞くと一転態度が変わるんですよ。根っこが人懐っこいけど、それにつけ込む人らに何度も痛い目に遭ってるから、ちょっと複雑っていうか・・」
ファッロと話していた男の返事が無くなる。
どこまでも続く麦畑の平野に言葉を失っていたのだった。
◇ ◇
国都、宮廷の廊下。
「なぁ、ギル・・」
「ああ?」
「ポルトリアス伯爵、なんか大丈夫っぽいな」
「大枚払って勘弁して貰って、それを大丈夫って言うんなら大丈夫なんだろうさ。いつまで払うかは別として」
この『金で解決』説が流れ始めた途端、これまで有った『クレーム来ないんなら冤罪』説が消滅した。
「海賊ポルが活動再開って噂も出てるけどな」
ポルトリアス伯爵は元々港町を領する海軍軍人の家系で海賊を追ってきた人々の子孫だから心無い呼び名なのだが、有力侯爵の義弟に納まってからの新たな領地を入手するやり口が強盗ポルとか海賊ポルとか言われている。伯爵の所為かどうかは知らないが」
「それと・・ひとが死んでる話、とうとう出てきたな」
「ああ」
何やら不穏な話の聞き込みをしている役人がいるという噂は、早くも広がりつつあった。
続きは明晩UPします。




