169.危機意識なくって憂鬱だった
国都近郊、ポルトリアス家下屋敷。
伯爵、溜め息をつく。
「俺は今やクレルヴォの野郎どもが撒き散らしてくれたスキャンダル渦中のひと。それも・・」
「それも、狙い澄ました厳選ネタで来ています。確かな元ネタに、ゴシップ好きが飛び付きそうな尾鰭。否定しにくい所を狙い撃ちして来てます。これって、絶対にそっち方面のプロ使ってますよね」
ダミヤン確信しているようだ。
「いま家中の者がなんかやらかせば、どれもこれも『伯爵またやった?』って目で見られるよなぁ」
「いや、それ悩んでも仕方ないです。実際に家中の者がやらかしてるんですから。『俺は指示してない』って仰っても自己満足にしか成りません。どっちにせよ責任問われるのは伯爵に変わりないんだから」
「お前、にべもないなー」
話題を変える伯爵。
「行方不明が何人だって?」
「グスタフ司祭が把握しているのは全十二人です。まずゼンタと、その様子を見に行ったシラノ。これがアグリッパまで足取りが辿れる行方不明者・・」
「ダミヤン、お前ってアグリッパ行ったんだよな。よく帰って来たな」
いや、人喰いダンジョンじゃあるまいし。
「・・それから、今もう死んでいる者。偽通行証が泥棒市に流れた最初の一人目とヘスラーの捜査官が持ってきた絞殺死体の三人組。これ最初の一人も三人組だったと考えると、都合六人」
「これで八人か」
「それにブルス弟が三人組を率いていたと考えると四人で、行方不明者全十二人と数が合います」
「ブルス弟の派閥って十人ロストなのか」
壊滅してる感じだ。
「つまり従兄のセストを昇格して正解だと思います」
「当主のゼンタを見限る訳じゃないが、行方不明だもんなぁ」
「こっちで辻強盗にでも殺られたかと思われていた一人目ですが、ヘスラーで三人縊り殺されています。偽通行証が不備だから州境を出られまいという先入観を取り払ってみれば『密偵が偶然追い剥ぎにあって殺されました』って不自然すぎますよね?」
「まぁ・・締め殺されて川ぷかぷか流れて来てたって云うのが何処から流れてたか知らんけど、密偵が殺されてたんなら、探りに行った先でシめられたって思うのが自然だろうなぁ」
伯爵、諦め顔。
「みんな死んでたら真相探りようが無いよなぁ」
「なんとも言えませんが、そのうち此方にとても都合悪い噂になって流出して来る気がします・・抗弁不能状態で」
「で・・殺ってるのは誰だ?」
「見当もつきません。ただ、軍事力をぜんぜん持たない教会主流派は我ら支持者の武力を期待するし、南岳教団には僧兵がいる。そして信者のお布施がたんまり有るアグリッパ大司教座は、傭兵を雇って丸投げ・・」
「傭兵の裏部隊・・だってか?」
「いまんとこ川に捨てたのが揚がった以外は死体も出てないじゃ無いですか。その道のプロの仕事でしょう」
「厄介なプロって色々いるんだな」
◇ ◇
国都、役所街。『おしごとセンター』なんて建物がある。
「こんなとこ初めて来るわい」とグスタフ司祭。
なんのことはない。
求職と求人をそれぞれ適切なギルドに振り分ける公設の案内所である。
例えば刀工には剣を鍛える仕事は出来ない。縦割りの世界だ。
だから広い国都には、こういう案内所が必要なのだ。
「お坊さんの求職活動は取扱範囲外で・・」
「なんでわしが求職活動中に見えるんじゃ!」
「すいません。なんか馘んなった人特有の顔色なさってたもんで」
「わし・・そんな顔色しとったか!」
「ええ! そりゃもう。 分かるんです、わたし是の仕事長いですから」
「な・なっとらんぞ!」
「馘んなった人でないなら、近日中に馘んなる人ですか」
「あんた! 凄っく不吉なこと言うとるぞ」
「大丈夫。ここは求職活動を支援するセンターですから」
「あんたいま『お坊さんの求職活動は取扱範囲外』って言ったばかりだろ」
「だから大丈夫です。前職が坊さんなだけなら」
思い当たる節があり過ぎて、つい聞いてしまうグスタフ司祭。
「いやいや・・数日前に、どう見ても豚に見える助祭が求人に来なかったか?」
「豚さんなら一匹見えました」
やはり外見に特徴ある者だと話しが早い。
「何やら『癇癪持ちの貴族さんが無理難題言って執事を罷めさせたので、代わりの人を急募。鉄の神経と強靭な防衛体力が必須』というお話で・・」
「そんな募集で応募者来るかっ!」
「諦めたもんでも無いです。ここは都ですんで、いろんな人がいますからね。祐筆ギルドと冒険者ギルドを紹介しときました」
「なんで冒険者?」
「冒険っぽくありませんか? 募集条件」
司祭、とんと意味がわからないが、ギルドの住所を教えて貰う。
◇ ◇
高原州。ウルカンタの旧伯爵邸、今はVIP向け最高級宿のテラス。
「あーら我が君・・」と小走りに駆け寄るファルコーネ城主クリスティーナ。
黒衣の修道士、貌を上げる。
「パクスヴォビス、不穀である」
「あらまた明公・・意外なところでご尊顔を拝しまする」とトルンカ司祭。
「護衛諸君も一別以来であるな。カーニス君はをらぬのか」
「お声掛かり恐惶謹言。弟は別命を拝し奉り、ラリサ嬢に伴ってファルコーネ城に赴きまして御座ります」と地味な女。
トルンカ司祭が気を利かす。
「カンタルヴァン伯をお訪ねするに当り、この町の責任者カーラン卿のお口利きをお願いしていた所です。卿! 此方が我らの主君、嶺南候です」
・・いや、途中から気づいていました、とヨーゼフの冷や汗が三斗。
「町ひとつ治め、官僚として文治を仕切り、施設支配人として気を配る八面六臂。身近に拝見し感服してをった」
「カンタルヴァン家家臣ヨーゼフ、お褒めに預かり恐悦至極でございます」
侯、給仕を呼んで酒盃を配らせる。
「夫れでは皆で乾杯致そう。酔って件の如し」
◇ ◇
国都近郊、某伯爵家下屋敷。
「グスタフ司祭、どこまで行ったんですかね」とダミヤン。
「そりゃ役所街の職業なんとか案内所だろ」
「使用人雇うのって、普通は領民の中から選んだり、貴族同士で紹介しっこしたりするじゃ無いですか? なんで公共の紹介所に募集かけたんです」
「そりゃ、うちの評判が悪いからに決まってるだろう。当の俺に言わせんなよ」と息巻く伯爵。
「確かに」
「俺ゃ、どうせ義兄の飼ってる噛み付き犬だからな。俺が吠えぇの義兄が嗜めぇの美味しい落とし所にじわじわ持ってく。憎まれ役の方だもの」
「じゃ、もしかして今回のゼンダ、吠える前に屠殺されちゃった?」
「かもしれん。敵さんが性急者で反応早過ぎたか、義兄がもたもた出遅れたか・・きっと性急い奴なんだ。目的地到着前の密偵を絞め殺しちゃう奴だもの。そしてゼンダも、なに始めたのか報告くれる前に行方知れずだ」
「吠える役が居て、嗜める役が居るわけでしょう。カラトラヴァ側は、進捗をどの程度知っていたんです? それ次第で、いまの状況だって助力が期待できるんじゃ無いですか?」
「中立派のアグリッパを少しでも味方の側に引き寄せる作戦だった訳だから、逆に当家と喧嘩になっちゃ全然意味が無いんだ。だから、飽くまでも仕掛けを作ってる段階で行動は起こして無かった筈なんだ」
「そんな! 戦争仕掛けなくたって砦を作ってたら『戦争する気だ』って思われるじゃ無いですか! 向こうさんが特殊部隊を送って来て、砦を作ってる工兵事故に見せかけて皆殺しにするとか、全然あるあるじゃ無いですか」
「弓の一矢も射懸けてなくっても、かい?」
「だからっ! 未だ敵地にぜんぜん潜入してない、目的地到着前の密偵を捕まえて絞め殺しちゃう奴らを、いま相手にしてるんですよっ!」
ダミヤン、力説する。
続きは明晩UPします。




