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168.被疑者は憂鬱だった

 国都近郊、ポルトリアス伯の下屋敷。

 たぁんと寝坊した伯爵、今ごろ昨夜の報告を受けている。

「いや本当に色々気になって、なかなか寝付けなかったんだよ」

 女遊びではないらしい。


「それで、セスト推察するに、昨夜は王党派の旗本衆が集会を開いていたらしい。議題は無論・・」

「新しい醜聞ネタか」

「ですから今ごろ宮廷では、新ネタが炎上中かと」


「それでダミヤン、どういう内容だと?」

「セストが聴き込んで来たところでは、アグリッパ当局が事件の再発防止に相当の出費をしておって軍備増強から都市再開発・・」

「軍備!」

「傭兵団ひとつ増やすとか」

「再開発!」

「犯罪者が潜伏しそうな城外のスラムを撤去して最外殻を建設し始めたとか」


「『喧嘩上等』ってぇ態度ってことか」

「そう見せておいて二十万デュカス」

「なんだ、その途方もない金額は」

「教会が、再開発のために市の建設当局にポンと渡した交付金だそうです」


「つまり・・そういう事か」

「今ごろ宮廷では、殿が『二十万デュカスの請求を受けて、青い顔して金策中』と云う噂が花開いて居ろうという予想でございます」


「いやそれ、本当に来たら怖いな」

「青い顔しますよね」

「するする」

「じゃぶじゃぶ浪費でもして噂を打ち消してみるか・・」

「その直後、ほんとに請求書が来ちゃったら?」


「よしてくれ、今夜も眠れない」


                ◇ ◇

「殿、バラケッタの村長が来て居りまする。何ぞ事件かと」

「グスタフ司祭、あなた執事じゃなくて政治顧問なんだから、それ取り次ぐんじゃなくって、『内容聴いて対策の具申』するとか、そこまで期待しちゃ不可いかんの?」

「執事めさせちゃったの、殿じゃありませんか」

 ダミヤン突っ込む。


めさせたんじゃない。ちょっとキツめに小言コゴト言っただけだ」

「小言で家来が夜逃げしますか! 言い過ぎたんじゃないですか?」

 伯爵、反省したような、なにか弁解したいような、微妙な顔。


「で、通しても宜しう御座いますか?」

「ああ・・通して!」


                ◇ ◇

 村長、報告して帰る。


「使える奴って、どうして家臣じゃないんでしょうね」

 ・・ダミヤン、それ謙遜か? 嫌味か?


「いや、セストも使える。あいつを組頭にしよう」

「ゼンダも使えぬ奴では御座りませなんだ・・ただ」

「才気煥発だけどリスク管理の出来てない奴でしたねぇ」

 と、過去形で言うダミヤンであるが、生きているのか死んでいるのか不明。でも『最悪のタイミングで出てきて不利な証言しそう』とか嫌な予感がしている。

 ・・いちばん『使えぬ奴』はあんたんとこの部下でしょ、と司祭に目で言う。

 司祭、嫌そうな顔。


「今頃はもうセストが身元確認しているでしょう。彼を呼びましょう。辞令交付もあるし」


 共に伯爵の許から下がるとき、司祭言う。

「あやつ、位階は下だが、部下という訳では御座らぬのですよ。軍隊だって全ての軍曹さじょん中尉るてのんの部下ではありますまい」

「よく折檻してるじゃん」


「それは豚だから」


                ◇ ◇

 高原州ホホラント、レーゲン川の湊ウルカンタに特別の船が入る。

 総合庁舎内でいい感じのヨーゼフとリベカ。


「副署長! 湊にVIPが! 馬車の都合が付くまで接遇をお願いします!」

「馬車の?」

「伯爵をお訪ねのお客様です」

 血相を変えた部下の説明が不完全なので、想像で補う。

「要するに膝代わりか?」


 なんとなくリベカをエスコートするような感じで埠頭に向かうと、従者含めて五、六人の一行が御座船から降りて来る。

「まぁ! 司祭さま!」

 自称『トルンカ司祭』がいた。


                ◇ ◇

「なんとリベカさんが再婚なさるお相手というのは、カーラン卿だったのですか」

「まだ再婚禁止期間が有りますので先にことになりますが・・。こちら、遺産分割協議でお世話になりましたトルンカ司祭様です」


「ヨーゼフ・フォン・カーランと申します。こちらの税関を任されております」

「初めまして。エルテスの法務顧問として、在俗司祭の身分でメッツァナに参っておりますが、近日中に、改めてヴィッリ=ガルデッリ男爵フェンリスという名前でお目に掛かると思います。どうか気軽にフェンとお呼び下さい。友人はみんなそう呼びます」

「ふ・・複雑なのですね」

「わたくし、下手に名乗りますと当地では『青鬼マッサ』の息子が来た、といって悪目立ちするからめとけと友人に諌められまして」


 ヨーゼフ余所者だからよく知らないが、南北戦争の時の『赤鬼青鬼』の昔話なら耳にした事がある。または『撲殺兄弟』だったか。


 嶺南の『赤鬼青鬼』。

 州境の南では危急存亡の瀬戸際に嶺南から駆け付けた英雄だが、北側では人喰い鬼扱いである。実際食ったという噂もあるが、ゴルドー名産の団栗豚を使った焼肉パーティーだったという現場目撃証言がある。

 まぁ死屍累々たる戦場で焼肉パーティーやる方も悪い。


「フェン! わたくしを紹介してくれないの?」と、横の貴婦人。

「あっと、これはファルコーネ城主で女男爵ばろねさのクリスです」

「初めまして。フィエスコとファルコーネ両家の当主クリスティーナと申します。お目に掛かれて光栄ですわ。クリスって呼んでね」


 ・・ブラーク男爵に『南部人と付き合うなら、爵位を聞いたら一段上だと思え』と教わったっけ。嶺南から男爵がふたり来たってことは、うちの殿と同格クラスと思う必要があるのか。

 どっちも妙にフランクだけど。


 この時代、まだ『子爵』というクラスはあまり一般化しておらず、伯爵コンテどうしの一方が謙遜して『副伯』ヴィスコンテと名乗ったりする方が普通の感覚である。

 だからヨーゼフ、伯爵級が突然アポ無しでふたり来たような衝撃を受けているが如何にか顔色には出さずに済んでいる。


「迎えの馬車が参りますまで暫し此方こちらで」

 こういう時の為のVIP用施設『旧伯爵邸』である。幸いリベカさんが青鬼二世の知り合いだったので、接遇を手伝って貰う。なんだか既に『カーラン夫人』っぽい立ち位置である。


「まぁ、港の見下ろせるテラス! メッツァナの『大津亭』よりずっと素敵ねー」

 女城主殿も上機嫌だ。


 ふと見ると、少し離れた席に先日も見かけた黒衣の修道僧がいる。此処がお気に召したのだろうか。


 クリス、ひとめ見て・・

「あーら我が君・・」


                ◇ ◇

 国都近郊、ポルトリアス家下屋敷。


「殿、ドン・マルティネスと仰る騎士がお見えです」

「そうか、挨拶とかしに来なくっていから、リラックスできる部屋で旅の疲れを癒して貰え。しかし司祭どの、すっかり執事みたいだな」


「新しいのを雇わない殿が悪いです」と、またダミヤンが突っ込む。

「タイミング悪いんだよ。求人は出してるんだろ?」

「出しとります・・あ・・」

「おい司祭さん、『あ』ってなんだ?」


「求人を・・豚にやらせました」

「それ、もう完全にあんたの監督責任だろ。どんな求人出したのか見て来い」


 司祭、途中で戻って来る。

「セストが来ました」

「はいはい、通して通して!」


 セスト・ブルス、来る。

「貴殿を御徒歩組の組頭に任ずる。ブルス家の当主たれ。さらに追って騎士叙任を行なう。略式だが伯爵家の公費で実施するから御徒歩組隊士に周知せよ」

 セスト、跪く。

「あ、儀式は追って実施するから、今は組頭就任だけ」


「殿、殿・・」と、ダミヤン。

「そうだ、ヘスラーから届いた土左衛門、誰だった?」

「三人とも、従弟ヘンツ・ブルスの取り巻きでした。索条痕からみて絞殺後に川に捨てられたと思われます」

「ヘスラーの捜査官に彼らの身元を伏せたティト村長の機転に感謝せんと。あとは偽証明書の対応だが、グスタフ司祭・・って、居ないか・・」

 おしごとセンターに行かせたところだった。


「ヘンツ・ブルスの単独犯行なのに、これ絶対おれの命令を蜥蜴の尻尾切りだって疑われるよな」


 不幸な伯爵。



続きは明晩UPします。

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