167.金借りたくて憂鬱だった
王都近郊
ポルトリアス伯爵、昨夜は夢見でも悪かったのか、離れの私的空間から仲々出て来ない。いや、気晴らしの女遊びで寝坊してるだけかも知れないが。
彼の悪癖を安易に咎められないくらい気苦労はしてるだろう。
「こういう時は御機嫌斜めだから、ほんとに重要な報告に絞った方がいいですよ」と・・家臣ダミヤン悟りの境地で、先に朝食を済ませつつある。
グスタフ司祭だけが苛々。
「だいたい『主君が襤褸くそ言われて家臣がキレた』って話は、持って行きようで好感度アップにだって使えます。気に病むこと無いです。むしろ、気に病むべきは貴方の部下がやっちゃった公文書偽造ですよ」
司祭、胃の痛そうな顔。
「どこに何枚出したかも把握できて居ないのでしょう?」
「ううむ・・あの惚け豚、保身でも何でもなく本気で覚えておらぬようで・・」
「とほほ」
ダミヤンの立場は『伯爵家に何か事が有ったなら自分の家来を連れて駆け付ける封臣』であるから本来は常時近侍する立場でもないのだが、もう毎日この下屋敷に詰めている。
彼は、伯爵から直接生えている蛸の足の一本である。だから他の足に命令できる立場でないのが焦燥しい。
「だいたい、いま時点で行方不明の家来って、何人いるんです!」
「・・それは・・十二人・・くらい」
「そんなに!」
グスタフ司祭だって、実務に相当入り込んでいるものの、立場は顧問官である。言われても困るのだが、自分の責任が大きいことは自覚がある。
「徒歩組支配のブルス兄弟が不在なのが痛すぎます。もう、殿が見えたら言上してセストを組頭に据えちゃいましょうよ!」
問題を起こしているのに出世する。
◇ ◇
問題はまた起こっていた。
バラケッタ村である。
騎士階級と思われる渋面の行政官と下役人の六人組が人足に牽かせた荷車と共に到着していたのだ。
「身元を確認されたい」
荷物は、麻袋に死体が三つであった。
「ど・どうして当村に?」
「所持品中に偽の通行証があり、こちらの村名が記されていた」
「発行者は、どなたで?」
「発行者名は『ザック・フォン・リューゲン』とあった」
行政官、にこりともしない。
「・・はぁ、確かに偽物ですねぇ」
「そいじゃあ、お六の顔を拝見・・と、と。土左衛門ですか」
「土左衛門A、土左衛門B、土左衛門C以上三名である」
「この『ああ・・』って言ってる顔のがAでぇ、舌出してんのがBでぇ、っと・・Cは?」
「粗相をしておるのがCである」
「なるほど」
「土左衛門っちゅうことは溺れ死にで?」
「微妙である。川から引き揚げたのは確かだが」
もろ索条痕が有る。
「人相も変わっちまってるし、ちょっくら預かって調べましょ。村民じゃねぇことだけは確かです。みんな居ますんで」
「手間を掛ける。自分はヘスラー伯の家臣でフォン・ゼルガーと申す。都に暫くは逗留するので、再た訪ねる」
役人たち、さっさと去る。
「さぁて、コトだ」
◇ ◇
国都、宮廷。
「お、出て来たぞ」
廷臣冷や飯組の二人、打ち合わせに入った偉い人の出待ちで廊下に屯している。
「最近、メッツ伯やたら肩で風切って歩いてるな」
国王と宮中伯の次、三人目に出て来た。
「あれ?」
普段なら、出て来たカラトラヴァ侯に随いて歩くのだが、出て来ない。恐る恐る奥を覗くと、皆が退室した後も侯爵まだ座ったままで憮然としている。
「あ、こりゃイケナいな・・」
「義弟が笑い物にされたとか、そういうレベルの『憮然』じゃない」
空気を読むのがお供の極意である。ありゃ政治で何か手痛い一本取られた所だなと感じた二人、変に余計なことをせず廊下で世間話を続ける事にする。
話題を変える。
「こないだの道化、なんか気味悪いこと言ってたな」
ポルトリアス伯の噂話は基本的に笑い話・・というか嘲笑う系で、人死にとかが絡む不気味系の話は初めてだった気がする。
「『百人死んだ』って、何だよありゃ」
「手下が逮捕されたって噂は聞いたぞ。まさか死刑になるような話だったりして」
「笑えな過ぎる」
◇ ◇
聖ヒエロニムスの丘に、アルゲント商会の馬車が七台並ぶ。
メッツァナのヴィオラ嬢ほかの護衛が見送る側だ。
元騎士ド・ザンテル、なぜか黒髪美少女に見送りに来られて含羞む。
「丁度エリツェに行く用事のある者が二騎同道する。単なる次手だ」
「いや毎度どうも」
ディアがギルマスの前で頭を掻いているので、次手では無さそうだ」
「それでは、ラズース峠を越えて嶺南州に入って参ります」
交代した案内人ファッロ・バスキアの先導で幌馬車隊が出発する。
馬車、陸続と峠への坂を登って行く。
「あそこが、有名な古戦場のラズース峠です。旧帝国と王国の最後の戦いがあった所で・・ああっと、王国はまだ建国前でしたっけ」
プフス入りの前に聞いた気もする。
「プフスブル、今ではあんなに大きい町ですけど、当時は諸部族連合軍が駐留したただのテント村だったんですって。帝国最後の反攻作戦でこの峠の砦を突破されてたら、世界の歴史は変わっていたって言います」
「守って勝ったわけか」
「というか、嶺南候のご先祖様が帝国を裏切って背後を衝いたんで戦線崩壊です。諸部族連合も追い討ちする余力がなくて、なし崩し。帝国は分裂して崩壊、王国は嶺南候を外様大名として受け容れて、今ここ」
「フーン」
「最初は嶺南候を信用してなかったからプフスに州兵団の精鋭を置いて、外征から帰ってきた修道騎士団もエルテスに置いて、がっつり防衛してたそうです。それが今じゃ嶺南候はエルテスの大司教さまの片腕だ」
「大司教・・強すぎないか?」
「いや御本人も一騎駆けで槍働きするのが好きな傾奇者の僧兵だったとか」
「それ大丈夫か、おい・・」
◇ ◇
高原州、レーゲン川の湊ウルカンタに船が入る。
降りて来た婦人の姿を認めて、臨検の監督をしていた騎士が駆け寄る。
「リベカさん!」
「来てしまいました・・」
「お邪魔でしたか?」
「とんでもない。相続のほうは?」
「義弟が、心を入れ替えて仕事に励むと申しまして、信頼できる保証人のかたにも立って頂きましたので、事業を義弟に譲って私は投資家の立場になろうかと。ただ最後に主人が手掛けていて中途に投げ出すことと相成って仕舞いました新店舗だけは心残りで・・それだけ私の所有に・・」
「リベカさん、ちょっとご覧に入れたいものが有るのです」
騎士ヨーゼフ、リベカの手を取って誘う。
仕事はいいのか?
◇ ◇
「ここなんですが・・」とヨーゼフ。
「まぁ・・」
「実は、故トリストランド氏が採用決定を出されていた人が訪ねて見えて、先行き不透明になったと説明したら、本当に困った様子で・・それで申し訳ありません。独断で・・氏の提出なさっていた事業計画書をもとに開店準備を・・」
「まぁ、ヨーゼフ様」
「オーナーさんですの?」
コニとデックが挨拶する。
◇ ◇
国都、宮廷。
二人の廷臣、廊下で暗ぁめの無駄話をしていると、部屋の奥からカラトラヴァ侯つかつかと大股で出て来て、脇目も振らず歩み去った。
「お追従屋には用無しか」
「みたいだね。それどこじゃ無さそうだ」
二人、所在なさげに歩くと矢張り、きっと有ったに違いない変事については語る人なく、相変わらずポルトリアス伯の失態について、ちらりほらりと聞こえて来る而已。
「ふん?」
「なんだ、ギル」
「新入荷、有ったぞ」
伯爵の噂に新ネタが加わっている。アグリッパから相当な額の賠償金を求められているという話。具体的な金額まで出ている。
「これ、さっき侯爵が噛み潰してた苦虫と別だよな?」
「ああ、別だな」
少なくとも「義兄さん金貸してよ」と切り出し辛い雰囲気なのは判った。
続きは明晩UPします。




