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20.舟の上でも憂鬱だった

 カンタルヴァン城内。


「すいません。実は治安いまいちの是の州を縦断するのに、古い知り合いに助力を頼んでたんです」

 ヨーゼフ騎兵伍長、バツが悪そうに頭を掻く。

「やぁ、初めまして! 以前オイレン兵団にいたオーレン・アドラーと申します。今はフリーですが、古巣に加勢頂いたお方にゃ足むけては眠られん。どうか州内の御旅の為にひと肌脱がせて下さいまし。とりあえず先刻さっきいらした料理店から取った仕出しです。お食事をどうぞ」

「あら美味しそうね」

 クレア、既に機嫌が良い。


「アドラーさんってば! 一寸ぼたん掛け違ってたなら街に血の雨降ってましたよ」と咎めるヨーゼフ伍長。

「いやぁ、万全を期したよ。相手の力量を見る目。害意を見せず、舐められもせぬ加減。そういうのを十分叩き込んだ、一番の優等生を迎えに行かせたんだからさ。本物の現場を経験させたかったの。そういう人材育成が早急に必要な、差し迫った状況でね」

「差し迫った状況?」

「ああ。ひとりで城ひとつ陥としそうな魔人・・コトによると、魔王クラスが出たと目撃情報が有りましてね。幸いなことに、ただ単純に通り過ぎただけだったらしいけど」


「ほう・・接近が感知出来る御仁は御在いらしたか」

「それが、心の臓に負担が来てふせっちゃいましてね。敏感すぎても不可あかんなって。『武威を隠しててもピンと来る』くらいの丁度いい具合で出来る者を育成しとかんと国が亡ぶんだよ。即決でそれくらい対策指示の出来る君主って、割りといでしょ此処の伯爵さん。まだ若いんだけどね」


「魔人か・・最悪ならば魔王級の何者かが、伯爵所領内を秘かに通過したと、左様そう謂う事か」

「実はもっと色々と有るんだけれど国の機密事項でしてね。『迅雷』殿には教材に使わせて頂いた負い目で、些少限ちょっとだけ明かさせて頂きましたが、この辺でご勘弁を」

善哉よいもとより我等に関わりなき話ゆえ」

「ささ、お昼にしましょ。今夜の宿も予約の使いを出しました。明日の昼にはもうメッツァナですよ」


 食卓を囲む四人。徹底して肉メインだ。

 嬉しそうなクレア。かなり肉食系の女らしい。

「うふふ、あたし達は先を急ぐ旅路。アドラーさんは下手に首突っ込まれたくない面倒ごとの真っ最中。うまい具合に利害が一致してますわね」


「あははは。打てば響く相手って、話してて気持ちいいいですね」

「あたし達に手伝える事は無いってことで、遠慮無く世話んなっちゃいますよ」

「ええ! 上手い具合に紙一重で喉元過ぎそうなんでね。今このタイミングじゃ此方こっちは目に見える戦力アップはしない方が良さそうかな。マークされるとやばい」

「なーるほど」

 クレア、莞爾にっこり笑う。

「アドラーさんの意向に全面的に従いますわ。なんせ味方・・というより元々が同胞ファミリアですものね」


「俺のこと、ご存知でした?」

「いやですわ。同じアグリッパの探索者ギルド所属者で、同じ密偵仲間ですもの。超一流の先達様せんぱいを存じ上げないとでも? もしアドラーさんに万一の事でも有れば復讐義務を負う擬制血族ジッペの一員ですのよ」

 冒険者ギルドが『職人達の連帯ゲゼルシャフト』なのに対して、探索者ギルドは部族時代以来の血族ジッペの誓いを立てる古風な結社さんぢかだ。仲間が殺されたなら血の報復ヴェンデッタをする。仇討ちの出来ない貴族が相続権を喪なうのと一脈通づる古い風習が残っているのだ。


「いやいや。完全に話が通ってんならば気が楽だ。隠れて働く仕事柄、身元までは割れてないと思ったのは甘かったなぁ・・。まぁ考えてみりゃあ、超一流の剣士の御相方なんだから、貴女も『超』が付くと思わないのは馬鹿だった」

 アドラー、クレアに一杯注ぐ。


「うむ。今は、それがし一人くらい寄騎ヨリキが増えても焼石に水な程度ほど大事オホゴトの渦中と諒解致した。幸運をお祈り申す」

「魔王を相手にしたら城ひとつ、どころか・・国ひとつ消し飛ぶ瀬戸際だ。抜き足さし足の真ッ最中ですよ。俺も、一報入ったら殿んとこ飛んで行けるように城内で待機なんです。お見送り出来ないのは不本意ですが、最速でのスカンビウム行きを確実しっかりお膳立て済みですから」

かたじけなし」


                ◇ ◇

 城下町の外れ、船着場。

 見送りにはヨーゼフ伍長がひとり。

ゆるやかに流れを下って行って、日没前にはスカンビウムに着きます。宿もぜんぶ手配済みです」

「お世話になりました」

 小舟、静かに岸を離れる。


                ◇ ◇

 ゴブリナブールの町、宿屋。

 中庭の炉で夕食の支度をするお嬢さん方を眺めるおっさん達。

 炉というより、単なる焚き火だが。


あっちの嬢レベッカちゃんは、本気で修道女になっちゃう気なんだな」

 窓から中庭を覗いているのは寛いだ格好のブリン。

「ご両親、お気の毒だったもんな。でも、あのお代官フォクタイならキッチリ真犯人を暴いて呉れると思うよ。ああいう優しいっぽい人って、怒ると逆にマジ怖いからな」

こっちの嬢アリシアちゃんは形だけでいい、と」

「相続権放棄の法的根拠んなるからね。それでも始末したいって依頼とかは合法系ギルドは請けないと思う。マジもんの暗殺者雇うほど金かけるかな? 経済効率で考えりゃ、無いな」


「レベッカ嬢ちゃんのご両親がられちまった時みたく犯罪者とかケシかけて来る線は残んじゃねえの?」

「だからブリンさん、冒険者ギルド入りを勧めてた訳だろ?」

 どこかの社会集団に属さなければレヒトの保護は無い。世界で冒険者ギルドの敷居が最も低いのだ。

「ああ。嬢ちゃん、今は落武者と同じ身分だもんな。どこで突っ殺されちまっても法の保護いっさい無いし」

 もちろん、人前でざっくりとか言うのは平和破壊罪に問われて、普通の殺人罪と同じ刑罰が待っている訳だが、そこは落城経験者のブリン氏である。落武者狩りで追われた恐怖体験でも有るのだろう。

 負の認知バイアスが有るようだ。


「勝った敵さんも、女子供を殺したらば『蛮族かよ!』って言われて貴族の面子メンツが傷つくけどな。足軽どもに金品略奪『だけ』禁止すりゃ『女はお目こぼしだ』って阿吽の呼吸が伝わらぁ。指図せんでも負け組にゃ貴族として子孫を残せない境遇がご提供できるって寸法よ」

 阿鼻叫喚の修羅場を知っているようだ。

 一兵卒だったと語るブリンだが、レッドは彼をれっきとした元騎士であった落武者と読んでいる。自分風情の如くに田舎騎士団で集団叙任された量産型騎士よりも一段格上か、とまで。


 こんな話がある。

 その昔、世に時めく権力者があった。

 彼の娘が、とある予言者に『千人の男と交わる』と言われた。宰相であった父は予言者を殺した。

 数年後、彼は政敵に追い落とされ、反逆者として追討軍を差向けられ、敗走中に湖畔で斬殺された。娘は討手の兵士達に慰み者とされたという。

 千人いたかどうかは知らないが。


 紙一重で単身脱出を果たしたアリシア嬢、こと男装して逃走中のアリ坊。家族の命運を知りつつ、ああも能天気女なのは、負けたら自分が如何どうなるか十分覚悟した武家娘の気丈さなのか、持って生まれた性格なのか。これも不明だ。


                ◇ ◇

 南の沼沢地。

 小舟の上で振り返れば、カンタルヴァン城が小さくなっている。

 船頭が手にしているのが櫂でなく棹なのは、水深が浅いという事だろう。

「もうじき国境を出るだに」


 大公ヘルソグ領や辺境伯マルクグラフ領を『国』とは言う人は言うが、この程度の伯爵グラフ領のことならば普通『ラント』とは言わない。ここの地元の人は独立心が強いようだ。


「ここから先は?」

「ブラーク男爵領だに。爵位は低いんだども、三伯爵に次ぐ実力者だに」

 遥か遠く、中洲の岩山に城が建っている。

「あれは攻めがたそうであるな」

「ブラーク城だに」

「死の島?」


 素直に第一印象を口にするクレア。

「すったらな事ねえだ。あそこの城主さんは友好的だに」

「左様か・・だが、ただならぬ気配が致すな」と、ディードも。


「ディード、見て!」

 中洲の城から小舟が一艘。

「こっち来るわよ」

 ディードリック、無言だ。

「小舟に・・ひとりだけ。 女よ。・・妙に古風な黒いドレス・・」

 クレア、呟く。


「ディード、あれ・・人間じゃないわ」



続きは夕刻にUPします。

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