164.擦れ違って憂鬱だった
バラケッタ村。
自治村だが村域へと食い込むように、村民でない下級武士たちの家が建ち並ぶ。近くに下屋敷のあるポルトリアス伯爵家に仕える者たちだ。
管理委託されている農奴居住区とも凸凹入り混じって、少しも整然としていない村である。
御徒士組の集会所で、副組頭のセスト・ブルス頭を捻る。
暫くして、勢いよく両掌で腿を叩く。
「やっちまおう!」
「今、うちの殿が醜聞攻撃で針の筵なのは、王党派の若手連中が煽ってるからだ。これは間違い無いだろ?」
「もちろんだ!」と、皆。
「ここで、両方の下っ端家来衆どうしが乱闘騒ぎ起こして王党派の乾分もろともに泥試合レベルに落っこちたなら、殿のうわさも『反対派が触れ回ってる醜聞』って印象に少しでも変わるはずだ!」
「やるか!」と、皆。
「昨日は俺達、被害者づらして良い子になろうとしたから失敗したんだ! 覚悟が足りなかった! 泥を被って一緒に落ちれば良かったんだ!」
残念なセスト、リーダーがメンバの群集心理に飲まれている自覚症状が無い。
◇ ◇
バラケッタの村長、ポルトリアス伯爵下屋敷にグスタフ司祭を訪ねている。
「それで、お役人に『容疑者見つけとけ』って言われてるけど、如何しましょ」
「命令じゃないとこが微妙で、却って厄介でありますな」
勧告なんだろう。
不正行為を見つけてしまった役人としては、黙って黙認は無い。だが、被害者が告発しなければ犯罪ではない。
極端な話、殺人だって被害者が告発するから犯罪となるのだ。
死人は告発出来ないとお思いだろうが、遺族が腹話術で死体に告発させるのだ。奇怪ですらある習俗だが、当事者主義の徹底した社会なのである。勅令違反などを役人が告発する方が例外ケースなのだ。
「『ニセ通行証出したから農奴が逃亡した!』ってんならば被害者は農奴の所有者だけど、誰も逃亡しちゃいないし」
農奴は『奴』の字が付いているから奴隷っぽく思えるが、実際には『買収された会社の社員』のような者だ。転職の自由がないから土地売買と一緒に売れてしまうだけである。
土地生産力が耕地面積よりも労働人口に比例する生産形態である。農奴の逃亡は所有者である地主の被る損害ということだ。ところが地主たちもあちこち飛び地を所有しているから、地元の農村共同体などに管理委託する。
此の様にして結局、村長ティトの所へ戻って来る。
「で、如何しますかね」
あのお役人に会ったら『容疑者見つけました。厳重説諭しときました』で良いんだろう。
「いや、いっぱい打っといたわい」
そりゃもう、肉が固くなると諌められるくらい豚を打った
「あの通行証で不正侵入されたって申し立てる自治体があったら、如何します?」
「どんな被害が有ったかで、印章管理不徹底のお前さんと字書き豚の飼い主に賠償請求あるんじゃないか? いや、無いな。合理的な被害額が算出できないから」
「それじゃあ『うちの領地に不法侵入されて気分悪かったからニセ通行証所持者を絞首刑にしました』は?」
「ありそうだな。『ほんものの身分証明不所持だから裁判なしで処刑したけど? 文句あるなら出るとこ出ましょ』だな。どっちにしても、目下のうちの殿のアダ名『女衒伯爵』に今一つ『ザル管理領主』が増えそうだ」
これは怒鳴られそうだ。
◇ ◇
嶺東の州都プフスブル。
要塞の周りに自然発生した都市なので、大きな市道がどれも環状なのが特徴だ。交通の便が今ひとつだが、真ん中に大聖堂が鎮座在しますアグリッパ辺りも同じで珍しい事ではない。
西門外、聖ヒエロニムスの宿坊に泊まる元『巡礼』五十人、今夜いっぱいは未だ巡礼さんで、夕べの祈りまで自由時間である。折角なので街中に来たが、ほとんど皆の行動範囲は西市街止まりである。
「あんまり遊ぶとこが無い町なんだって?」
「州兵向けの店がみんな内郭で、一般市民は入れないんだとさ」
こと遊興に関しては出涸らしの町として知る人ぞ知る存在だが、文句が出ぬのは隣りのエリツェプルに遊びに行くのが普通になっているからだとか。
「おねえちゃんのいる店なんぞ無くって、全員おふくろ世代なんだって?」
なんか怖いもの見たさに興味が沸いている奴もいるようだ。
世に『好奇心猫を殺す』と云うが、きっと鼠も死ぬだろう。
◇ ◇
アグリッパ冒険者ギルド。
「ギルマス! 証人内定者の警護、正式にオファー来ました・・って、浮かない顔ですね」
「ウルスラくん、自宅軟禁中の縁座お嬢ちゃん奪回計画さぁ・・あれ、本当にやるかも知れんぞ」
「え!」
「行政側としちゃ法廷侮辱罪の七家は徹底的に潰す気だけど、若いお嬢ちゃんとか市民の同情が集まりそうだと思わんかい?」
「ま、扱いにくいのは確かですわね」
「あちらさんと出来レースで、謎の『逃がし屋』が動いた事にすりゃ、法廷が何の判決も出してない追放刑に自主的に服してくれるのと同じじゃないか」
「そ・・それはダーティですわね」
「実は警備局長にさらっとリークしたのよ。そしたら、まるで無関心でさ・・逆にさらっとあちらさんが政治家の亡命請負業をやってるって噂を聞かされた。いつかお世話んなるかも知れない向きが頼りにしてるんじゃねぇのか? 海外の保養地に別荘用意してうん十万デュカスだとさ」
「んまっ! 豪勢ッ! ・・でも政敵さんには、そこまで追ってく暗殺者の斡旋もやりそうね」
「違ぇ無ぇ」
◇ ◇
嶺東州プフスブル。
土地勘の無さそうな四、五人のグループが横丁を彷徨。
「あの人に聞いてみよう」
ちょいとした修繕仕事帰りの大工といった風情の通行人をつかまえる。
「この辺りに色街があるって聞いたんですが・・」
「エッ! 色街? あんたら行く気かい?」
驚かれてしまった。
「うん・・まぁ人の好みは人それぞれだからな。無粋なこたぁ言うめぇ。こっから真っ直ぐ行くとスカートめくった女の看板があるから、そっから更に細い路地へと入って少し行くと『熊の穴』っちう店があらぁ」
「『熊の穴』!」
「なんか地獄の特訓が待ってそうな名前の店っすね。ありがとうございます」
「いや、頑張ってくれや」
何故か知らないが励まされる。
ところが「あれ?」と言う大工っぽい男。
「ぬほほ、営業中かな?」
視線の先を辿ると、物蔭でごそごそ蠢く姿は男女一組。
「驚いたな。あの女、どう見ても三十路前だぞ。この町ゃ最後の若い娘が先日結婚引退してからってもの、一番若いのが五十過ぎだったのに・・」
大工っぽい男、目を皿にして見る。
「なぁ・・」
「なんだ?」
男の脳裏にはメッツァナの夜更けの、あの光景が浮かんでいた。
◇ ◇
国都の場末で、もう開いている酒場。
セスト・ブルスとその一団が到着する。
一朝こと有った時その日のうち王宮に駆け付けられるエリアには、もと王家直属武官だった旗本が多く封建されていて、その中の若手貴族連が昔も今も最もコアな王党派である。
つまり教会主流派の番犬みたいな立ち位置にあるポルトリアス伯の天敵たちだ。
彼らの従者たちも常時交んでいて、伯爵家の徒士組との不和が絶えない。
上が犬猿なら下も犬猿である。
犬どもの溜まり場に、再び猿が突入だ。
セスト、本日はもう、打殴っちゃう気満々で来ている。
「お前ら、知らん奴の前では仕掛けるな。始まっちまったら気兼ねなく行け」
「あれ?」
意気込んで乗り込んだら、店内がらがらである。
「おい店主、旗本の奴さんたちは?
戦線の最前線を行かす囮部隊みたいな派手な衣装や髭や羽飾りのために、連中のことは結構これで通じる。
「さぁ? 御主君たちが揃ってお出かけなんでお供とか?」
そうだった。
伯爵家の徒士は殿に随行しないけれど、あいつらは常に金魚の糞だった。
・・この時代、まだ金魚は伝わっていないが。
続きは明晩UPします。




