163.言いすぎ気味で憂鬱だった
王都近郊の自治村バラケッタ。
お役人が現れた。
村長平伏。
本当は不入権が有るのだが、ここは逆らうなと本能が言う。
「この書状に見覚えがあろう」
「いいえ、ございません。見覚えあるけど御座いません」
「どっちだ?」
「用紙と書式と捺された公印、確かに見覚えありますが、この書状そのものに全然見覚えありません」
「半端か」
「はい。私は村長ティト・ハンパーディンク」
「村長はちぃと半端で行くわけか」
「半端で御座います。私の署名がありません」
「村長が発行した証明では無いとな?」
「サインが別人です」
「サインは・・ザック・フォン・リューゲンだと。相当ふざけた奴だな。容疑者を見つけておけ」
役人、帰る。
堪えていたが帰り道、名前の冗談に噴き出す。
明らかに嘘をいっぱい詰めた袋 ”ein Sack voller Lügen” を捩った名前である。
◇ ◇
嶺東の州都プフス城外、聖ヒエロニムスの丘の麓。
名刹エルテスには及びも無いが、ここの院外にも参詣者向けの宿坊がそこ此処の数は軒を連ねている。ただ、五十人以上収容出来る集会場が無かったのか、陣営の幕舎のような所に卓列が設られており、皆の昼食である。
メッツァナのヴィオラ嬢、挨拶をする。
「此処まで皆さま、巡礼者の通行証で旅をなさって来られましたが、此処から先は嶺南候の移民認可状が御座いますので、巡礼らしい徒歩の旅でなくて大丈夫です。明日はエリツェから迎えの馬車が来ますので、私どもメッツァナの衆の付添い組は今夜限りでお暇致します」
「ヨッ! お世話になりました」
「艶っぽいとこも拝見してお世話になりました」
昼間から参詣者向け施設内で余計なこと言う奴もいる。
だが食事の世話してくださるボランティアのご婦人たち、年長者の余裕でか軽く聞き流して下さる。ありがたい事である。
さらに此処の女子修道院で余生を送る皆さま富裕階級出身者が多いらしく、偶に社会奉仕活動で境内を出て来られると、一般人等の目には驚破宮廷の女官さまがたお出ましかと映ったりする。
「それじゃ皆さん、南部へと移住にいらしたのね」
焼けたパンを配りに見えた初老の婦人も、おっとりとした品の良いかただ。
「私の出身も南の方のアルタヴィラという村なのよ。ご縁が有ったら被行てね」
普段少し柄の悪い者も殊勝にしている。
中に一際美しい若い娘も居たりするのだが、空気を読んでか変に声を掛ける者が無い。が、元騎士ド・ザンテルが異国の言葉で話し掛ける。
だが返事は此の国の言葉であった。
「懐かしい響きを久々に耳に致しましたわ」
「拙者幾年か外地に居りましたので御髪の色艶で或いはと」
元騎士、座ったままだが、貴婦人に接するかのような物腰で会釈する。
「嬉しいので、いちばん出来の良かった焼き上がりの物を」
パイが彼女の手作りらしい。
和気藹々とした昼食会であった。
◇ ◇
国都近郊、例の伯爵の屋敷。
グスタフ司祭が真っ赤な顔して走っている。
「この半端者ッ! 貴様のッ貴様の所為でぇぇぇ!」
「ぴぎぃぃ・・死ぬ死ぬ死ぬ」
捕まって打擲されるテンポウ助祭。
「ええい! 折檻折檻ッ! 全力で折檻ッ!
「これこれ、生類を少しは憐れめ。肉が硬くなる」
伯爵に見つかる。
今度はグスタフ司祭が平伏。
「申し訳ござりませぬ。報告を怠りました。発覚せぬかと祈る気持ちで・・」
「今からでも報告しろよ」
「ブルスの弟が兄の失踪を聞いて、手の者が体僕に化けてアグリッパに忍び込み詳細を調べるよう工作致しました。その通行証の偽造をこの豚が・・」
「それ、僕がわざわざダミヤン選んで行かせた意味が無いじゃないか。で、今まで報告しなかった理由は?」
「体僕用の通行証ですから州境を越えられませぬ。工作不発で問題起きないことを祈りまして」
「問題起きたから豚を打ってるんだろ?」
「司直がバラケッタ村に来て、通行証を偽造した犯人を見つけろと」
伯爵、深い溜め息。
「いま『女衒伯爵』ってアダ名まで付いちゃって宮廷どころか表通りすら歩けない状況なんだけど、まだ問題増やしてくれるの?」
「申し訳・・」
「無いのは知ってるから。いま司直とまで揉めたく無いんだから、罰金程度で済む見通しなら早々と『御免なさい』すれば良いと思うけど、余罪出ないだろうね?」
出る気がしているグスタフ司祭。
◇ ◇
クレルヴォ男爵このところメッツ伯の上屋敷に入り浸りで、自分の城館に帰っていない。それほど頻繁に参内している。
似たような同志たちと合宿状態である。
「今日は宮中で、なんだか不気味な道化を見かけたんだが、あんな奴って以前から居たかな・・?」
「ああ、某も見たぞ。ポルの奴めを痛快に揶揄しておった。話術の巧みな道化は情報拡散に良い戦力ではないか」
「那奴を悪し様に言うために、一寸化粧でも変えたのではないか? 見知らぬ者が殿中にいる訳なし」
何者か気にしているのはクレルヴォ男爵ヨハニス一人のようだ。
・・でも『そろそろ死ぬ』って、いくら道化でも言い過ぎと違うか?
いや、望んでるけど。
ふと脳裏に浮かぶ "ぶっ殺したいあの笑顔" 。
◇ ◇
ポル屋敷。
グスタフ司祭、黙っていて何の得も無いと観念する。
「阿呆豚の作成した偽通行証、東の泥棒市で発見されて司直の手に渡ったものとの事です」
「それ、どういうこと?」
「つまりブルス弟が偽通行証を持たせて放った間者、どこかで追剥ぎにでも遭って落命して身包み剥がれ、奪われた所持品が泥棒市に流れたという事でござります」
「間抜けすぎない?」
「間抜けでございます。地元バラケッタ村の公印を使って偽通行証を作るあたりは出所が丸出し・・不首尾なうえ自滅しているあたり力不足を露呈・・」
「それって、ゼンタが『バラケッタ』って偽名使った末に一網打尽喰らってるのと同じくらい間抜けじゃない?」
「・・間抜けでございます」
「同じパターンで失敗してない?」
「そこは兄弟という事でございましょうか」
「僕の家臣だという事だったら怖い。失敗したときの事を慮らないで傷を深くした此の失敗を今後の戒めとしよう」
こういうところは一国一城の主君である。
◇ ◇
嶺東の州都プフス。メッツァナのヴィオラ嬢、役所街のギルドを訪ねる。
直ぐギルド長のミランダが出て来る。
「やぁ、ご苦労様です。今夜は此方で悠々して行くかい?」
「せっかくのお誘いですが仕事納めですので、お客様と過ごしたいと存じます」
「それでは、明晩は何如だ? メッツァナの冒険者諸君とは今後交流を深めていく事になるだろう。良い滑り出しにしたい」
「勿論、喜んで!」
「こちら、明日から担当を引き継ぐファッロ君だ。ディアさん達メタッロ兄弟とも親しい者だから簡単な打ち合わせで済むだろう」
ヴィオラ嬢とミリヤッド、奥の応接に通される。
◇ ◇
バラケッタ村。
村域内に、村民ではないポルトリアス伯の一部家臣が何人も自宅を構えている。
まぁ貴族たちの領地だって得てしてモザイクの様に深く入り組んでいて線引きが難しいから、自然地形による境界のない平野部では住民の管理が楽で無いのだが。
家臣団の集会所で、セスト・ブルスが突き上げを喰らっている。
「ご本家の兄弟が今アレですもの。次の組頭はセストさんに決まったようなもんだから、我々をがっちり引っ張って下さらんと!」
勝手に夜警と乱闘騒ぎ起こしたばかりの面々が、よく言う。
「旗本奴の乾分どもに舐められたままじゃ、収まりませんよ!」
困った連中だとは思いつつも、セスト本人だって穏やかではない。
「まぁ待て。一杯食わされたばかりだ。計画を立て直さんと!」
とは言うものの、全然思い付かぬ。
「待て。まぁ待て」と冷や汗。
続きは明晩UPします。




