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160.読み書きしても憂鬱だった

 国都近郊。ポルトリアス伯爵、家臣ダミヤンと朝食。

 食事中の会話を好まぬ彼にしては珍しい。


「昨夜カラトラヴァからの使いが来て、疑問が氷解した。ヒーディッグ・フォン・ボスコを討ったのは嶺南騎士だそうだ」

「嶺南の!」


「つまり、ディエーゴの呉れた手紙で一箇所だけ意味の取れなんだ『伯爵に対して無関係だ』という条下くだりの真意は『ヒーディッグは南部教会の意を受けた嶺南騎士に討たれた。ガルデリ伯爵の勢力と衝突したんじゃない』と言いたかったが、手紙を出したメッツァナは既に南部教会の勢力下だ」

「つまり『南部教会の意を受けた』と書いたらマークされるのでカットしたところ言葉足らずになった、と?」


「使者のように唐突に『嶺南騎士に討たれた』と言っても、何故ここで嶺南騎士が出て来るのか不気味すぎる。大公領を手に入れた南部教会が、邪魔くさい相続人を飼い慣らした野獣に襲わせたのだと見れば、すっきりする」

「なるほど、辻褄が合いますね」


 ダミヤン少し考えて・・

「アグリッパに出ないでしょうね・・野獣」

「怖いこと言うな」


                ◇ ◇

 アグリッパの城外。せわしない朝食をとる男たち。

 宿に厨房と呼べる施設は存在していない。中庭で野宿する感じだ。


「俺が一人なんとか町に潜り込んだ事にして、お前らは知らん顔して村に帰れ」

「大将は?」

「村の近くで潜伏して、様子を見る。縁座で首チョンは御免だからな」


「町中の様子は見ないんで?」

「様子見て行くつもりで捕まっちゃ虻蜂取らずだ。勘が危ないと告げたなら迷わず一目散がいい」

「びびりすぎじゃ?」

「人間びびる時ゃびびるが良いのさ。臆病万歳だ。兄貴の向こう見ずと俺の小心は良い取り合わせだった。兄貴ひとりで行かせたのが悔やまれる」


「兄弟揃って留守にしてたら、知らんうち従兄弟さんが跡取りん成ってたりとか、あるあるですもんね」

「それが小心過ぎたか」


 早々に麦粥を掻っ込んで、宿を後にする。

 また、ぐるり廻って湊へ。

「無駄に高く付きましたね」


「いや、高い代償を払わずに済んだ」

 後ろ姿を見送る軍人っぽい男が呟く。


                ◇ ◇

 男、市内へ戻ると、大き目の窓無し箱馬車に若い衆が待機していて、役所街へと移動する。そのまま警邏隊本部の中庭へと入る。

 頭から襤褸布を掛けられた囚人を十人ばかり積み込むと、無言で出発する。


 馬車を見送った警邏隊員。

「あれ、どこへ行くんだろうな」

「さぁな。天国じゃない何処かだろ」

 会話、続かない。


「空き部屋・・増やさんとな」

「あの事件の容疑者、そうとうの数なんだろ?」

「ああ、自宅軟禁中だ。見張りのバイト代が嵩んで大変らしいぞ」


「容疑者の資産差押えてるから、金はなんとか成んじゃないの?」

「馬鹿だな。それって先に使えないだろ」

 ・・と、事情通っぽい隊員。

「ここだけの話なんだがな・・」と前置きする。


「いま地下牢の収監者、多すぎて食費すら予算ぎりぎりだろ? どこに金があると思う?」

「無い・・よな」

「城外の再開発費。あれって教会さんから交付金もう現金で貰ってんだよ。だけど建設工事代金を業者に支払うのは建物の完成後なんだ」


「じゃあ、建設局から借りてんのか!」

「なんでも文句つけるクレーマー参事って居たろ」

「居た居た。最近噂を聞かないけど」

「あの人、最近ひとが変わったみたいに警備局に好意的なんだってさ。実は今回も建設局に口聞いて呉れたらしい。まぁ警備員外注のバイト代くらい教会から貰った交付金に比べたら、ちっさい金額なんだろけどさ」


「交付金って、どんだけ貰ってんだ!」

「知らんけど、金貨で馬車一台ぶん有ったとか」


「ぐげげっ、想像もつかんっ」

「だいたい千デュカス入った金袋、片手で持つのは若干しんどい。長時間はご勘弁ってくらいだな。一万デュカスの袋はお前の彼女よりゃ軽いだろ」


「もっと安いけどな」


                ◇ ◇

 アグリッパ冒険者ギルド。

 ウルスラ嬢、少々困っている。


「何度も申し上げますが、当協会うちは非合法活動には関与できません。逆に外出禁止処分中の皆さんの監視係を市当局から仰せ付かっている立場です。余りにも無理なご相談です」

「しかし彼女はもう限界なのです」

「本事件に巻き込まれたご家族の方はお気の毒に存じますが、私どもには為すすべがございません。当局に待遇改善の陳情をなさるしか無いと思われます」


 自宅軟禁を外出禁止に言い換えたり、『縁座』を『巻き込まれた』と言ったりと色々苦慮している彼女だが、限界が近い。


「ご家族にどの程度まで刑罰が及ぶか、及ばないか。こちらも法廷で決まる事ですので・・」

「しかし彼女は!」


 言葉を遮られたウルスラ嬢、顔には出さねど段々意地悪くなる。

「本事件の被告発人は、非合法組織を使って法廷の審議を妨害しようとしたことで重罪に問われております。縁座とはいえ、その被告発人の近親者を非合法な手段で脱出させる行為は、いかなる罪に問われるでしょうか」


 遂に、びしっと言う。


「無論、そのような非合法活動を行う者をご紹介することも、致しかねます。

 若い男、肩を落として帰る。


 偶々たまたまギルマスに報告事項あって居合わせた『女子会』のみなみ(仮称)、思わず呟く。

「あそこ、やりそう」


                ◇ ◇

「やぁ、ご苦労さん」とギルマスのマックス。

「面倒な客だと思って隠れてましたね?」


「いやいやいや、むくつけきオヤジに断られるより、若い美女に断られる方が断然気持ちよく帰ってくれるだろ?」

 ウルスラ嬢、『若い美女』で相当カチンと来る。

 また面倒にならぬうち『女子会』のみなみ(仮称)、マックスに報告する。


「先日の『軍人っぽい男』から接触がありました。挙動の怪しい三人組が南門外のスラムで一泊、女郎を呼んで『バラケッタの高札』の件を根掘り葉掘り聞き、翌朝そのまま湊から西航路へ去った、とのこと」


「さっと来てさっと去ったか。見切りの早い奴だな」

「自分で方針変更できるってことは、上の方のやつですわね」

「いま俺が、それ言おうと思ってたのにぃぃ」と拗ねるギルマス。


 みなみ(仮称)、とっくに持ち場の南門に帰っていた。


                ◇ ◇

 そのみなみ(仮称)、南門に着く直前に先刻の若い男の後ろ姿を見掛ける。男は門外に出るか暫し逡巡した後、町中に戻って行った。

「ふぅん」


 傍にベンが居る。

「ねぇ、ベン」

「あ、喋った! めずらし!」

「お小遣い、いらない?」

「いまの若い男?」と、話しが早い。ベン、男を追って雑踏に消える。


 みなみ(仮称)、入市審査官の助手席で黙々と事務仕事を続ける。

 最近の彼女、審査官から読み書きの初歩を教わったりと新しい挑戦をしている。南門は湊のある東門とかと違って、人の出入りが途絶える時間帯があるので余暇の有効利用だ。

 女の冒険者は、いろいろな扮装をする。商店の警備には店員に扮するしお嬢様の護衛には御学友のふりもする。引き出しは多い方がいいのだ。


 南門に派遣されて来ているのは、もう若いとは言えない助祭さまだが、気取らず俗語で喋ってくださるフランクなかただ。

「今日は、どんな本を持って来たんだい?」

 教会の市民向け図書館に紹介状を書いて下さったので、好きな本を選んでくる。まぁ短い奴だが。


「最近流行りの格好いい冒険物語です」

「ああ、その作家さんか。ちょっと文体が気取ってて教材向きじゃ無いんだがな」

 ・・えー! せっかく順番待ちして借りられたのに。

「まぁ、好きな物を読むのが一番だ。読んでご覧」

 朗読をアシストして貰う。


「そこに過去形を使うのは感心致さぬ」

 窓口の向こうに大柄な騎士さまが居た。まったく気づかなかった。

「騎士さまも思いますか! 最近の若い作家は文法をないがしろにするからなぁ」

「過去を変革しようという強い意志を表すレトリックとして見ればあながち間違いとも言えぬが、矢張り違和感がある」

 助祭さまと騎士さま、なんか若い作家批判で盛り上がる。


 ・・誰?



続きは明晩UPします。

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