159.縁座も上意討ちも憂鬱だった
国都郊外、自治村バラケッタの役場。
村長が首都圏の夜警に平謝りしている。
「はぁ、確かにこの皆さんは顔見知りで、私も親しくしてる人が多いです。だから代って、このとおりお詫び致します」
「その『代って』と仰るのは?」
夜警も警官そのものではなくて、都市警察に協力するボランティア自由市民団体だから、権柄づくな態度でも無い。
「はぁ・・この皆さんは村域に自宅を構えて居られとりますけれど、ポルトリアス伯爵家の家臣で、組頭なさってるブルス従騎士さまの御支配になりますんで、いま留守なさってるブルスさんに代って、私がお詫びを」
いい年して未だ従騎士身分のままなのは困った傾奇者か、名を捨てて実を取った実務系の役人か、両極端なので下手に粗略にも出来ぬと思う夜警。
「その組頭さんがお留守と?」
「んで羽目外しちゃったんでしょう。何卒ひとつ穏便に」
「相分かった。だが伯爵家に苦情入れるか否かは上司判断なので、穏便なご沙汰をとは願い出て置く」
夜警、帰る。
「どうしちゃったんですよぉセストさぁん!」
「すまんのだ。俺にも良く判らん。いつもは喧嘩っ早い旗本奴どもが今日は何だか余裕かましやがって口喧嘩・・ってより、一方的に詰られ吊し上げられた。それで鬱憤溜まっちゃったんだろう」
「そんな『だろう』って無責任なぁ! 夜警さん相手にひと立ち回りしちゃったんでしょ!」
「ああ・・。小川ばたで休憩中に『どこまで帰る?』って夜警に訊かれて、誰かが『うるせぇうんこ』って叫んだら、もう収拾つかなかった」
「セストさん副組頭でしょ!」
「ああ・・」
クレルヴォのお小姓のお尻の感触思い出して夢現だったなんて言えないセスト・ブルス。ゼンダの従兄弟だ。
◇ ◇
伯爵の館。
グスタフ司祭、臥床の中で眠られない。
彼の肩書は政治顧問だが、文書行政に向いた人材が希少な状況で、実際は可成り実務に関わっている。
ゼンダ・ブルスの活動資金を決済していたのは事実上、彼なのだ。
命じたのはアグリッパ市内での『橋頭堡』建設と大司教座へのロビィ活動だけ。細目も見ずに『あと幾らくれろ』言われて諾々と承認していた。
ひどい丼勘定である。
だから、今回のゼンダの不行跡については、一手に責任を負わされて処断される虞れがある。
「本当にこれ、ゼンダの独断なんだろうか? 本山の過激派連中が何か吹き込んで無いだろうか?」
とも思うものの、立証は無理だ。
「まぁ死刑は無いさ。聖職者だもの」
そう思うと、少し頭痛がおさまるのだった。
もうひとつ。
クレルヴォ男爵とかの王党派の若手連中が、果たして自分なんぞを槍玉にあげて嬉しいだろうか・・
否否と思うと・・安眠が訪れて来るのだった。
◇ ◇
アグリッパの下町、どこかの家の玄関前の階段。
酔っ払いが二人座り込んでいる。
立ち小便とかの迷惑行為には及んでいないのが救いだが、彼らが暗殺されて此の玄関先に死体が転がっていたら相当な迷惑だろう。
市の警備局長クルツと冒険者ギルド長マックス、狙う者が1ドゼ居てもぜんぜん可訝しく無い。
「ねぇ・・ヘスラー伯って例の不審者、殺しちゃったですかね?」
「さぁな。でも味方だ。こっちに良いように配慮してんだろ。だいたい『浮き橋で発見』って、不審者を逮捕したのか、土左衛門を引き揚げたのか分からん言い方をしてるし」
「言い回しって大事なんだね」
「そりゃまぁ、そうさ。当市だって書類不備でお引き取り願っただけだ。そのあと市外で死骸んなってても知らん」
「城壁外だけど市民共同体の管理下にあるはずの土地を放置して、スラムにしてて良いのかってクレーム、昔からありましたよね」
「だから、今回の改革よ!」
「再開発が及んでない地域で起こった犯罪は『まことに遺憾』で終わりと?」
「終わりだ」
◇ ◇
東門から南門まで歩いた『大将』一行、結局スラムで宿を確保した。
「大将、結局ずいぶん高く付いたよ」
「東門で素直に慈善宿に泊まってりゃ、無料だったですよね」
「るさい」
一言で黙る一行。
「こういう所ならではの情報収集も出来る」
一行の一人、女を呼ぶ。
「いや、大将の指示だ。『こういう所ならではの情報収集』ってやつだ」
誰に説明してるやら。
「で、女はもう帰ったのか」
「へぇ、いい女はもう郊外の遊郭街に移ったそうで。今はもう廃業予定の大年増が少し残ってるだけだって」
それで惜しげもなく帰らせたようだ。
「そんな徹底した改革が始まってるのか」
「市内に大勢の武装集団が入り込んでたのが相当頭に来たんでしょう。入市審査も厳しくなったし城外のスラムも一掃ですって」
「で、指名手配になってる『ぜんばら』ってのは・・」
「あの女、字が読めなくて高札は耳から聞いたそうで」
「兄貴のことで間違いなさそうだな」
「まだ捕まってないって事ですよね?」
「ならいいが・・『バラケッタ村のゼンダ・ブルスが犯人だ!』と晒してるような気もするな。正面から喧嘩せずに『うちの殿が黒幕だっ!』ていうスキャンダルで揺さぶりを掛ける陰湿な手口に見えて来る」
「んでも陰険な報復されそうなこと、やっちゃいましたよね」
「殿の指示だとは立証できないと分かってるからな。『ゼンダ単独犯行』説じゃあ妥協しない積もりなのは間違いなさそうだ」
「で、どーします・・これから」
「兄貴には悪いが、探すのは諦めだ。無理筋だ。急いで村へ帰ろう。いや、待て。殿が『ゼンダ単独犯行』説で押し通す気ならば、大司教座に送る詫び状の添え物に『犯人の弟の首級』が付くかも知れん」
「縁座で斬首・・あるかも」
「そこはお前、慰めろよ」
「ブルス本家はお取潰しで、従兄弟のセストさんが名跡継ぐとか・・」
「だからお前、慰めろよ」
◇ ◇
ポルトリアス伯爵の悪徳は女を漁ることで、美徳はそれに権力を使わない事だ。
ほとんど身分を明かさないので金銭や権勢目当てに縋り付かれる事もなく、彼の人間的魅力もやや乏しいので、女の方から去って行くことが多い。
本来あまり面倒を起こさぬ男である。
今日も今日とて夜半過ぎ、馬を駆って女の許から帰って来る。
正確に言うと、女の鼾が煩くて逃げて来たのであった。
見た目は良かったのに残念。
ふと見ると矢張り真夜中に疾駆する者あり、刺客でも出たかと少しく警戒するが近づくと知った顔であった。
姉からの急使と偶然出会ったのだった。
聞くと、ヒーディッグ・フォン・ボスコの死の件だった。息も荒い急使に「既う知ってるよ」とも言いづらいので驚いた顔して聞くと、果たして知らなんだ情報も有った。
「ヒーディッグ殿は嶺南騎士に討ち取られた由」
・・ははぁ、これか。
ダミヤンが気にかけていた『伯爵に対して無関係だ』という箇所。
ディエーゴが手紙の検閲を惧れて言葉を濁したのは『ヒーディッグは嶺南騎士に殺されたが、嶺南の伯爵とトラブった訳ではない』とは明瞭と書き辛かったという事か。
ボスコ大公が南部教会に屈したから後継者を名乗る邪魔者が消されただけ、との意味なら筋が通る。僧兵が殺ったんじゃ露骨だから嶺南の騎士に手を下させた、と云うのは有りそうな話だ。
「大公殿下が勘当して領外追放した息子が勝手に舞い戻ったので上意討ちと相成り殿下のお側にいた嶺南騎士が斬ったという意味でいいかな」
「さぁ、詳しい事情までは・・」
合理的な推理だが、ぜんぜん当たっていない。
「殿下には、ヒーディッグ殿を匿っていた事をお詫びすると与に、遠縁の者として彼の埋葬をお許しくださるよう嘆願しよう」
使者を労って、館で緩々休むよう誘う。
続きは明晩UPします。




