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1,旅立つ彼らは憂鬱だった

 その四頭立ての乗合馬車は、ぶ厚いフェルト製幌の出入り口をぴっちりと閉じて街道をひた走り、如何にも北国廻りの車と分かる。


 馬車は南へ向かう。

 藁屋根の並ぶ小さな村の、教会の白壁の前で乗客をひとり拾う。


 河川交通が主流の当地では、大きな町と言えば大概が河沿いに展開している。

それらの町からは、数日かけて内陸部の田舎町や村を周回する路線の乗り合い馬車が出ているのだ。

 その中で以て、北隣の州まで巡ってまさにいま州都に帰らんとする此の馬車は、可成かなり長旅している部類に属する。それでも、何処で乗ってどこで降りても乗車賃は同じ。鷹揚なものである。


 馬車には、前列左の馬に鞍置いて馭者が跨り、ながえ付根の前板に座った二人の男は手綱も鞭も手にして居ない。

 護衛であった。


 治安の良い地域ゆへ、乗合馬車に二人もの護衛を付ける必要など更々無く、州都に用事のある二人の押掛け用心棒に馭者が押し切られての事。乗車賃と護衛料金との相殺バータである。


                ◇ ◇

 退屈そうな護衛たち、無駄話に興じている。

「先輩は、なぜ冒険者あばんちゅりえったんです?」

「言いたくねぇ・・・」

 会話が途切れる。


 先輩と呼ばれた男、歳も半分ばかりの少年相手に言う台詞でなかったかと自らをかへりみバツが悪かったのか、とって付けたように言葉を継ぐ。

「フィンは何故なった?」

「僕はちっさな男爵家の執事のせがれなんですけど、兄さん姉さんたくさん居て殿様に僕にまで仕事をくれとは言いづらいんで、求職活動しにゾンバルトの町へと出てきたクチです」

「ああ、そう言えば前に聞いたっけな。読書ヨミカき出来れば引く手許多あまたで楽が出来ると思いきや、仕事量も夥多あまたで目の下に隈だとかボヤいてたと」

いやそんな『ラクしたい』みたいに言っては・・いな・・い」

 口吻を尖らす少年。

 確かに、是れが冒険者ギルドの門を叩いた当時十二歳の少年の思考だったならばよはひの割に少々世間れし過ぎだろう。


「お上のさだめた就労最低年齢を守っていささかご悠々ゆっくり気味の就職だったのは、男爵様がお厳しかったからか」

 師事した親方まいすたの良し悪しで結構人生決まってしまうもの。世間では年端も行かぬうちから子供を見学等と称して優れた技能者に纏わり付かせ,、入門への縁故を作る親が多いと謂う。

 それで、読書ヨミカきスキル持ちで有りナガら、就活で出遅れたフィン君の落ち着き先が町の冒険者ギルドであった由。もっと早くから動いて居ったならば、今頃お三時に茶菓子の食える職場に席が在ったかも知れない。


                ◇ ◇

「まぁ・・お前は優秀だよ。事務方の手伝いをもコナナガら、規定の三年で見習いれりんくを卒業出来たんだからな」

「でも、これから厳しいんですよね?」

「ああ、見習いれりんくのうちならば親方まいすたが生活も面倒見てくれるし、昇級も全べて親方の一存だ。だからF級からE級へ、E級からその上へと昇格あがるまでなら、或る意味で一本道イッポンみちだ。だがD級の若衆げぜれになると、そっから先は勝手が違う」


 階級社会は格差の世界。武人もののふに騎士/従騎士/小姓の区別が有るように、ギルドの世界にも親方まいすた若衆げぜれ見習いれりんくという序列が有る。是れを更に上下2級に細分化してC級の若衆げぜれとかD級の若衆げぜれとか言うのは冒険者あばんちゅりえギルド独特の制度である。


 親方まいすたに成るのは狭き門ゆえに、前段階のC級冒険者人口がしこって溢れる。それで冒険者ギルドの地域連合会は総量規制の形で、D級からの昇格人数に制限をかけて等級別人口バランスを取ろうとする。

 かく言う『先輩』氏も既に結構年齢とし乍ら、ご多聞に漏れず久しくD級若衆げぜれで足踏みさせられて居た者なので、C級に上って親方まいすたへの受審資格を得てから未だ日が浅い。


「なぁフィンよ。若衆げぜれ昇格あがって最初の仕事が隣りの州って事には、不安は感じてないか?」

「いいえ、むしろ僕はわくわくしています」


 見習いれりんくのうちは、親方まいすたの目の届くところで仕事をする決まり。つまり、昇格したフィン君にとっての初仕事が他所アウェイでだ。

「俺は不安だ。というか憂鬱だ」

「先輩が? さんざ諸国を股にかけて来た人が?」


うん、不安だ。彼処あそこは大きいギルドだ。組合員もたくさん居る。何故に俺らの町ゾンバルトのギルドまでヘルプの派遣を要請して来る?」

「そりゃあ大都会の冒険者ギルドだって、人手が足りなくなる事って有るでしょ。例えば・・」

「例えば、募集条件が風変りな場合とかな。『読書ヨミカき出来る冒険者あばんちゅりえ求む。腕っ節は二の次』とかだ。けれども彼処あそこは大司教のお膝元で坊主の多い町だ。聖職者崩れで読書きの出来る冒険者なんて腐るほど居るんじゃねえのか?」

「つまり?」

「裏事情を知ってる地元の衆が等閑視スルーしてるヤバい仕事なんじゃないかって事だよ。で、隣り州のゾンバルトにヘルプの依頼を掛け、旨々まんまと俺らが釣られた・・。

勘繰り過ぎと思うか?」


俺らの町ゾンバルトで識字率が低いから、ギルマスがヤバい依頼な可能性を見落としたと?」

「飽くまで可能性の話だ。ギルマスが気付いてても力関係で押し切られた可能性も含めて、な」

「成る程、勉強んります。見習いれりんくを卒業するって事は、う万事が自己責任っていう事なんですね」


「なぁあんちゃん達、なんか出ちゃったぞ」と、馭者。


                ◇ ◇

 街道沿いの茂みから七、八人。

 ちぐはぐな武装をした男達が現れる。


「いやぁ・・この辺は何処ドコの町でも民兵の保安隊が有ったり傭兵とか抱えてたりと治安維持ばっちりで、駅馬車強盗なんて見たこともなかったんだがなぁ」

 馭者、なんだか緊張感が無い。

「兄ちゃん達、時間稼ぎゃあ何処どっからか直ぐに警備兵が飛んで来るから、此っちは三人でも余裕だぜ。イヤしかし、乗って貰ってて良かった。流石にオレ一人じゃあ無理だわ」


 馭者、下馬して馬の鞍に挟んであった長剣をすらり抜き、右肩に担ぐ様に構えて襲撃者らの方へ無造作に歩みを進める。

 襲撃者の面々、面喰らった表情。

 その一瞬の虚を突いて、二人の冒険者がながえから飛び降り、左右に散開する。

手には革製の鞘に収まったまま短剣ダガ


 馭者が籠手目掛け斬り下ろす強烈な一撃を、賊の頭目と思しき男は何とか凌ぐが実は、れは防御されることを織り込み済みの初手であった。弾かれた打撃の力に撓んだ長剣の跳ね反へる勢いを乗せて、馭者の返す刀は逆袈裟気味に賊の下顎角の付け根をえぐっていた。

 頭目の首級が飛ぶ一歩手前の様相に、賊一味等しく目をく。

 襲った賊どもが皆、何やら自分らが襲われたような錯覚に陥った其の瞬間、更に彼らの左右から『バールのようなもの』で襲い掛り来る者が有る。無論それは短剣ダガの鞘を逆に切先の方から手に握り、十文字鍔クロスガードを戦槌の如くして脳天殴打しに急迫するゾンバルトの冒険者ふたりであった。

 初合しょごうで引率者をうしなった賊一味は、周章狼狽するいとまも無く二人、三人と打ち斃され最後の一人が怖ぢけて振り返った先に見た物と言えば、駆け付けたる治安部隊の騎行する姿。

 膝から力無く崩れ落ちる。


                ◇ ◇

「いや、ここいらで強盗とか無理だから。めっちゃ治安いい地域だから」

 馭者、剽軽な身振りを交えて言う。

「なんだか矢鱈に強い一介の馭者とかも居るしな」と、先輩氏が呆れ顔だ。


「先輩、こいつらって思い思いの山賊みたいな風体してますけれど、靴が全員同じですよ」

「お揃いの『官給品』かなんかか?」

「それっぽいです」とフィン君。


「ご迷惑かけて済みません。それ、たぶん自分への討手です」

 背後よりひそと囁く声。

 振り返ると、先ほどの教会前で乗った旅人が恐縮している。

 男のなりだが女声だ。

「ああ、諒解します。ナンにも聞きません咎めません。漏らしません。俺らは先約が待ってるもんで。ただ、賊の生き残りを治安部隊が幾人か捕縛しているから、事は早晩露見しますよ」と、先輩氏。

「感謝します。地元の官憲さんも乗客まで調べる動きが無さそうなんで、ひたすら息を殺してます」


 治安部隊は賊を捕縛して去り、馬車はお咎めなく出発する。

 小柄な逃亡者、なぜか冒険者二人の間に、ちょこんと座っている。

「実は私は・・」

いやいや聞きません。俺ら州都に着いたら直ぐに冒険者ギルドに顔出して仕事って契約で決まってるもんで」

「(あらら先輩、全力で逃げに掛かってる。仕事請けるか否かは内容聞いてからな筈なのに)・・・」


 馭者、振り返って言う。

「ほら、州都が見えて来たぜ。アグリッパの町だ」



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