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158.政治絡みも色々と憂鬱だった

王都近郊、バラケッタ村。


「テンポオ助祭? あいつ、く来てるのか」

「よく見かけやす。あの・・」

 村長、言いにくそうだ。


「・・出かけるとき黒猫に出くわすとか、森でゴブリンを目撃しちゃうとか・・」

「そうだ。それらを見掛けたりすると『縁起が悪い』と考える事は罪だ。真夜中に全裸の少女を見ると雨が降るとか、石を持ち上げて大きな虫がいたらば病気が治るとか、そんな迷信を気にするのも罪だ」


「ですよねえ」

「だが、昼間に裸の太った司祭を見かけたら、それは『運が悪い』ぞ。家に帰って祭壇にお燈明をあげろ」

「いいんですか?」

「ああ。それは本当に『運が悪い』のだ。その日は仕事を休んで家にいろ。家族も出かけさせるな」

「家族も!」


「時に、お前の家族は?」

「女房が神様に召されて以来このかた、娘ひとりりでさぁ。けれど俺に似ちゃって器量が悪くて、おまけに太ってて・・」

「良縁に恵まれますように」


 グスタフ司祭、祝福の祈りを捧げる。


                ◇ ◇

 伯爵邸に帰って来るグスタフ司祭。


「ぷっひぃ!」

「ああ、もうたんから。豚はたんから」


「椅子に座れねぇです」

「立ってりゃ良いだろう、余計な事ばかりしおって・・。それでお前・・ヘンツ・ブルスを最後に見たのは何時だ?」

「昨日の朝方だったか昼前だったか」

「まったく半端な偽造しおって! どこかで無難に追い返されてりゃ良いが・・」


 いや、すでに三人ほど残念であった。


 司祭、窓辺に腰掛けて今日を振り返る。

「本当に今日はクレルヴォのバロンに引っ掻き回されて散々だ」

 ・・所領のクレームだとかの筋道立てた法的な話は何なくこなすのに、煽られると弱いんだよな、殿は。いつまでも『若いから』じゃ済まんのだが。

 まぁ今日は相手との相性も悪かった。


 ゼンダ・ブルスの失態を纏まって聞かされるのは初めてであったが、部分的には昨日あたりから噂には成っていた。

 殿があれだけ苛つくんだから成人前後の従士連中が殺気立つのも理解わかるが・・いや問題起こしてる方が殺気立つのも変だが・・気分は『陥れられた被害者の積もり』なんだろうか・・

 いや自分、昨年彼に『もう手段を選んでいられる段階じゃない』と言っちゃった本人であるから被害者意識など微塵も無いのは当然だが、彼らの中では『王党派の作り話』なんだろう。


 ・・出所はたぶん酒場での若い連中同士の口論とかが関の山だ。

 年齢が若いほどに、身分が低いほどに、敵対する派閥どうしが出会い易くなる。出没する場所を選ぶ理由が似て来るからだ。

 そう、懐具合とか。


 ここでグスタフ司祭の脳裏にひとつの疑問が湧き上がる。

「ブルス弟、情報より行動が早くないか?」


                ◇ ◇

 夕刻が近づくと、安い店ほどオープンが早い。

 理由は簡単で、光熱費のうち照明が高く付くからだ。

 一般的に灯火に使われる獣脂は灼けた臭いがアレなので、食い物屋では嫌われるからである。

 まぁ酔っ払っちゃえば誰も気にしなくなるが。


 国都の場末と屋敷町の境目が微妙な辺りの場末側、もう開いている酒場が有る。先ほど、青年貴族たちの秘密集会めいた場所の隅の方にて見かけたような従者らの顔が見える。

 主人を放っておいて良いのだろうか。

 或いは、先に帰っていろと邪魔にされた者達かも知れないが。


「皆さん万が一だけど、ポル伯んとこの若い衆と鉢合わせしても拳骨げんこは駄目だよ。旦那さんがやり難くなるからね。ま、精々小馬鹿にしてやりましょ!」

 煽ってるのは他でもない、クレルヴォの小姓であった。


 言ったそばからポルトリアス家の若い衆が到着する。

 そのリーダーっぽい男。

「・・(いいか野郎ども。絶対先に手を出すな! そのために態々『目撃者』さん連れて来たんだからな)」

 ぎょろりと見廻す目で雄弁に語る。


「おー! 女衒さんのご入来だ。皆で讃えようぜ」

 歌う。

   " ビバ! ビバ! せにょるゼーゲン ♪ "

      " ビバ! ビバ! せにょるゼーゲン ♪ "

         " ビバ! ビバ! ビバ! 筒を持たせりゃ世界一 ♪ "


 先制のビバビバ攻撃に逡巡たじろぐポル党。

 口喧嘩に徹されては、理由を適当に見つけて『奢るから』と第三者を連れて来た甲斐がない。せめて胸倉くらい掴んで貰わんと意味のないタダ酒になって終う。


 しかしなじり返すネタが無い。


「ふんっ。アグリッパから何もクレームが来てないんだから、ブルスさんが濡れ衣着せられただけなのは明らかだ」


「そんなの、あちらが喧嘩しない大人の対応してるだけさ。そのうち莫大な金額の『寄付のお願い』が来るだろうよ」

「だいたい『ゼンダ・バラケッタ』って名前で手配の高札が立ってるって言うじゃ無いか。どんな言い訳が出来るってんだ!」

「どうせ変な入れ知恵すんの、あのクソ坊主だろ」


 ひとこと言うごと二つ三つと言い返されて立つ瀬が無い。

 一発二発殴られる覚悟で来たが、根本で考えが足りなかった。青菜に塩。


                ◇ ◇

 アグリッパ東門。

「あっちゃあ・・閉まってらぁ」

「それで、前の湊でみんな船降りてたのか」


 船は明朝一番の客を詰め込む為に入港していた。

 見るからに旅慣れぬ客に、ひとことも声掛けてやらない船頭も悪いが、然るべき理由もある。

 感じの悪い客だったのだ。

 船頭もひとである。


「どうします大将」

「しょうがない。門外で宿さがそう」


 とっぷりと暮れてしまった東門外。小綺麗な宿がたくさん普請中だが、開店している所もある。

「お泊まりですか?」と在家信者ふうの男。

「いや、当てがある」と、大将と呼ばれた男。


「・・(あるんですか?)」

「・・(いや、嘘だ)」

 ひそひそ話す。

「どう見ても教会直営の慈善宿だ。息が詰まる」


 既に暗くてよく分からないが、建物を解体したと思しき廃材の山だとか整地中の土地だとか有って、大規模な再開発が進行中なのが判る。

「城外の貧民とかを立ち退きさせて『善き信者たち』に働き口を与えたんだろう。ここの教会の体質が良くわかる」


「外壁に沿って、少し歩いてみよう」


                ◇ ◇

 市内、運河のある辺り。

 クルツとマックスの二人組、連夜一緒に飲んでいる。


「ヘスラー伯領の浮き橋で、偽通行手形の『農奴』がめっかったとさ」

「そいつ、どうなるんですかね」

「さぁな。あそこ、厳しいからな」


「厳しい・・か」

「裁判受ける権利のある身分だと証明できなきゃアレをアレしてアレで・・ けど出来たら出来たで・・」

「出来たで?」

「いや知らん。まったく知らんぞ。紆余曲折面倒ちいから最初から川に流れ着いた土左衛門だった事にしたりして」

 二人、歌う。

   " 土左衛門! 土左衛門! とっても面倒、土左衛門! ♪ "


 既に十分出来上がっているようだ。


「城壁外の所轄の件、決まったんですか?」

「東西南北の四区に分けて、再開発の目処が立った順に警備局が退役傭兵互助会に委託するって具合に参事会が議決したわい。いま、互助会との契約書を詰めとる」


「結局、探索者ズーカギルドの総取りですか」

「でもない。冒険者ギルドおまえんとこの分署を出す件、契約書に盛り込む。ただ・・」

「ただ?」

「城外区の区長を探索者ギルド長が勤める線で固まりそうだ」

「あっちゃ・・」

「でもない。市民共同体コムネの公人にすることで参事会の監督下に置ける」


「みんな、いろいろ考えてんだな」


                ◇ ◇

 国都、場末っぽい酒場。呉越同舟の最中。


「駄目だ・・。くそったれめるでくらいしか悪態が思い付かん」

 逆に同情されるくらいで喧嘩にならない。


 理不尽に殴られた証人にしようと連れて来た中立派騎士の従者らだけが、タダ酒飲んで一人勝ちだ。

 こっちは政治顧問のグズ司祭の悪口言って盛り上がったりしてる。


 余興だと言って踊り出したクレルヴォ家の小姓が色っぽく見えて、ついつい尻を撫でたら殴られた。


 俺、そっちの趣味は無かったのだが。




続きは明晩UPします。

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