156.余計な事してて憂鬱だった
国都近郊、某伯爵邸。
クレルヴォ男爵出て来るや、肩や胸あたりの塵でも払う仕草。
「首尾は如何でした?」
小姓、牽いて来た芦毛馬の手綱を渡す。
「すかっとした」
馬に飛び乗る。
「薄ら笑いを浮かべて見せても、さぞや臓腑は沸え繰り返っていたろうなぁ。いや愉快愉快」
果下馬に乗って並走する小姓も笑う。
「ではその愉快、早くメッツの伯爵さまにも分けて差し上げませんと」
二人、馬を飛ばす。
「腰巾着の生臭坊主も地団駄踏んでおった」
「未ぁだまだです。奴が鼻血吹いて悶絶する所まで参りましょう」
◇ ◇
着いた処は一見普通の酒場だが、正とした厩舎番がいる。
入り口には『本日満席』の札。
中では若手貴族達が政局談義を繰り広げていた。
「お! クレルヴォ男爵ヨハニスご帰着!」
「どうだった? どんな顔した?」
ヨハニス、卓上に駆け上がる。
「或る下卑た男が如何にして某零落貴族の寡婦殿の窮状を知り、その困窮の原因が息子の乱れた交友関係にあることを知り、そして彼女が死別でなく夫の出家により寡婦となった経緯を知ったか!」
「知ったか!」皆が呼応。
「否実は其れは順番が逆で、聖職者達の血縁者を鵜の目鷹の目探し出して、強引に付け入る先を如何に洗い出したか! 是を有体に述べると、グスタフ司祭の顔色は見る見る土気色に!」
「土気色に!」と呼応。
「怪僧め! 吐血して死ね!
「いや下血だ! 奴は下血死が相応しい!」
「あら皆さん鼻血より過激だわ」と小姓、鼻先に達する黒い前髪を掻き上げる。
「して下卑たる男が、如何にして青少年たちに女を抱かせて歓心を買って行ったか聞かせてやると、悪僧手足をばた付かせ足を踏み鳴らす!」
「踏み鳴らす!」呼応。
「そして、あの男は『癡にも己のが主君に為たようにすれば誰の歓心でも買えると心得違いした下郎』だと言ってやった瞬間、ポルの伯爵の米噛に血管が!」
「切・れ・ろ!」「切・れ・ろ!」「切・れ・ろ!」
「切・れ・ろ!」「切・れ・ろ!」
大合唱と相成った。
◇ ◇
メッツァナ、小会議室。
代言人シュルケ、発言を続ける。
「現時点でのユンクフレヤ商会の総資産額ですが、両替商に預託されておりまする現金は、商会設立時の故トリストランド・ユンクフレヤ氏の所持金とリベカ夫人の持参金相当額の合計額に比べまして約三分の一と、著しく減少しております」
「在庫資産の評価額は?」とギーリクが質問。
「評価が難しく、量も少ないですね」
シュルケ、続ける。
「従いまして前述の合計額を分母、リベカ夫人の持参金相当額を分子として比率を精査し、これを現時点での預託金総額に乗じた金額をリベカ夫人の所有財産として分離するのが妥当と存じます」
シュルケ、着席して咳払いする。
「無論、今後の資金回収分も同じ比率で按分し、夫人に還付されます」と付言。
「失礼ながら・・」とプロコップ氏。
「ご提示の案は、あまり我ら事業主の常識的感覚と近くありません。この町で民事訴訟をする場合、かなりの確率で我ら事業主が裁判員の過半数を占めるでしょう。つまり訴訟になると負ける案だと思います」
「詳しくご説明いただけますか?」とシュルケ。
「我ら事業を始めてから安定するまで自分の信用に投資するのです。それが無形の資産だと考えているのです。ギアくんが兄上の事業を引き継ぐ時、兄上が十年近く培ってきた彼の信用をも引き継ぎます。つまり、彼の受け取る分与は現金比率よりずっと高いのです」
「それが事業主さん達の感覚ということですか」
「そう。彼が今後付き合っていく同業者達の感覚です。それに沿わない分割協議は彼にとってマイナスでは無いでしょうか」
「・・(ううん、こっち陣営でちゃんと意思統一する打ち合わせをしなかったのは失点だったな)」
シュルケ、また汗をかく。
◇ ◇
国都近郊の一見酒場っぽい集会場。
若い貴族たちが大勢で盛り上がっている。
「おいおい」と奥の暗がりから声。
「此処で喜んでいるだけでは所詮ただの我らの娯楽だ。きゃつ等への脅威には全然ならんだろうが」
親分の風格を漂わすのはメッツ伯グリムバルド。
爵位の大枠の中では伯爵と男爵は同じグループだから君臣ではないが、王党派の若い連中が大勢集まって来る。
事実このように顔を出せば数人駆け寄って来る。
「どうやって脅威に育てまする?」
「言わずと知れたこと。噂を流すのよ」
「あいつ、またキレて喚き散らしますよ。うざいですよ」
「だからグスタフ司祭に狙いを絞るのよ。さすれば、ポルの奴が『名誉毀損だ』と騒げぬだろ?」
他人の名誉のために訴訟は出来ぬ。
というか訴訟は被害者が起こすものだ。聖職者にはそんな俗っぽい事は出来ぬ。
「あれが更迭になって、代わりに『中身のある』知恵袋とかが来られても薮蛇だ。揶揄う程度に小出ししとけば良い」
むろんポルトリアス伯も自動的に恥を掻くが、それで訴訟なんぞを起こせば更に恥を掻く。
◇ ◇
やはり王都近郊、バラケッタ村。
トンスラ剃髪した肥満の男が納屋にいる。
間違って嶺東州ゴルドー辺りに生まれていたら誤って調理されているに違いない体型で、これまた同族っぽい女の尻に齧り付いている。
「テンポオ助祭! テンポオ助祭!」
村長、彼を探している様子だが、裸なので隠れてやり過ごす。
「あっちの方かな」
舌打ちして彼、体僕の居住区の方へと探しに行く。
「なんだよ急に・・って、これか。縮尻った」
尻を掻きながら僧衣を着て、隠しに入れたまま忘れていた村の公印を取り出して村長宅へと返しに行く。
「帰って来ねえ今のうち、返してかねぇとな」
残った女、尻に付いた歯形の跡を擦りながら自宅の方に帰って行く。
◇ ◇
アグリッパ探索者ギルド。
ルテナン・ルドルフ、金庫長に経緯を説明している。
「いちおう処理前に尋問しておいたが、標的は予想通りアタナシオ元司祭だった。驚いたことに、彼がまだ現職だと思っていた。内郭まで潜入して大司教座の司祭を殺害しに来たことになるが、正気だろうか?」
「報告入れとこう」
「所持品の一部を首都圏の盗人市に流して、京兆府の司直に入手させては如何かと提案する」
「一部って・・偽造書類のこと?」
「肯定的」
「それも提案して許可を求めて来よう」
「それと、アタナシオ元司祭狙いで他のチームも来ている可能性がある」
「これは・・庇いようが無いな」
◇ ◇
メッツァナ、小会議室。
代言人シュルケ、質問を続ける。
「先ほど『訴訟になると負ける』と仰ったのは、具体的には何かを想定なさっての事でしょうか?」
プロコップ答える。
「業界大手のギルデンハイマー氏が、ギアくんの後見人ないし保証人になる意思を表明しておられます。氏は、お二人の亡きお父上の友人で、元をたどればお父上が起業したユンクフレヤ通商の復活を希望なさっておいでです」
「ギルデンハイマー氏と言やぁ立派なかただよ」
エルダ、リベカに耳打ちする。
「つまりギアくんが一人前の経営者になるよう、氏が彼の後見人となり、奥様にも出資者として参加していただき、安心してご出資を頂けるように私も保証人として加わるような形を理想と考えておるのです」
リベカ、少し考えて話し始める。
「わたし・・二人とは幼馴染で、主人が育てたユンクフレヤ通商を、またギアくんぱっぱかお金遣って無くしちゃうんじゃ・・って疑いの目で見てました。けれども立派な後見人さまに見て頂けるのなら・・」
和解の兆し。
◇ ◇
再び王都近郊、バラケッタ村。
「テンポオ助祭! テンポオ助祭!」
「今度ぁ何だ? グスタフ司祭か」
村長宅に公印を投げ込んだテンポオ助祭、今度は服も着ているので出て行く。
「なんですかぁ?」
「お前また、なんか余計な事しとらんだろうな!」
「メッソウもない」
続きは明晩UPします。




