155.言われっぱなしで憂鬱だった
アグリッパ冒険者ギルド。
ギルマスのマックス、唖然としている。
「始まっちゃったかヒポポタマス」
「なにそれ」とベン。
「身ぐるみ剥いで浮浪者の横死に仕立てるから、お立場のある人は知らぬ存ぜぬで通してくれ・・みたいなこと言ってました」
「・・素手で三人片付けた傭兵っぽい男が・・か」
「私らも関わり合うなって。『やる気おきない水準の女だけど我慢して犯す』って言った男のトドメ、刺したかったです」
「じょ・嬢ちゃん、ひとたび喋ると過激だな」
四人とも、話すと返答に困るような事言うから沈黙の女子会なのだろうか。
「姉ちゃん、アイツそこまで言ってなかったよ」
◇ ◇
市庁舎、いつもの場所。
「こんところ毎日だな」
「毎日やばいんだよクルツ、ついに始まっちまった・・」
「どう始まった?」
「ヒポポタマスの家来が農奴に化けて入市しようとして審査官にバンされ、それを尾行したウチのやつが逆に捕まって・・」
「戦闘ったのか」
「いいや、傭兵コネクションの奴が三人全員消した。身ぐるみ剥いで城外スラムに捨てたらしい」
「らしい?」
「いや俺らは是の件に『関わるな』と言って追い払われたんで、どう始末したかは見てない」
「傭兵コネクションか・・。奴らの仕事が火消しなのか、煽りなのかは分からんが雇い主が大聖堂方面ならば喧嘩は外でやってくれるさ」
「楽観してて良いのか?」
「少なくとも俺らの責任じゃ無ぇってこった。州の東西南北それぞれ専属の傭兵団直抱えにして守らせてんだ。隠密で動くような傭兵の雇い主ったらば、十中八九ぁ大司教座の中枢だろさ」
「ほっといて良いのか?」
「この件にゃ関わるなって言われたんだろ? 農奴に化けて潜入して来るなんて、向こう様だって危い仕事させる積もりで送り込んで来た捨て駒だろうさ」
「いや、うちの者が絡んでるんでな・・」
「手練れの殺し屋さんの登場、偶然にしちゃ早すぎっだろ?」
「ううむ・・」
「まじで、敢えて『煽り』返す手を打ったのかも知れねぇぞ」
クルツ局長、悪そうな顔。
「思うに今朝帰ったのは穏健派が様子見に送った、それなりに身分ある家臣。いま身ぐるみ剥がれたなぁ急進派の送った汚れ仕事用の下っ端だな」
「けど、汚れ仕事って、なにする気だったんだろうな」
「そらぁ・・誰か消す・・とか?」
「なんだよクルツ、なんで凝と俺の顔見るんだよ!」
「だってマックスよ・・教会のお偉いさんとか市政参事とか暗殺ったら下手すりゃ戦争だぞ。そこぃ行くとお前、民間団体の役員だしさ」
「なんだよ! 俺だと政治決着しちゃうってか?」
「・・ってゆうか、なんとか伯爵が『ふふんふーん、俺だっていう証拠ないし』でギリギリ逃げられる線じゃね? インパクトは有るのにさ」
「おおおお俺だって、そんな理不尽な事されたら全国の冒険者が黙って・・るな」
そこは古典的血族体質の探索者ギルドと違うところだ。
「おおい! 落ち込むなよ冗談だから。狙うならアタナシオ元司祭の口封じあたりだろうさ。教会ももう保護してないだろ」
年下の友人を気遣って話題を変えるクルツ局長。
「しっかし、全方面揉み手外交の大司教座としちゃ思い切ったな。いや、それでの傭兵暗部登場か!」
クルツ、一人で納得している。
「そうか! 『ふふんふーん、教会が指示したっていう証拠ないし』だ。『きっと王党派極右グループの仕業でござりまする! 貴公と当教会との離間策に違いありませぬぞ』でシランカオ」
明らかにホラティウス司祭の口真似をしている。しかも結構上手い。いや、あのひとの喋り、今少しフランクだけどな。声色は似ている。
「宴会芸に使えるな」
「え?」
◇ ◇
メッツァナ最高級宿。ギア・ユンクフレヤ、小会議室を予約した。
右隣に業界中堅の雄プロコップ。亡き父の友人ギルデンハイマー氏がギアの良き兄貴分にという思いで押し付け、もとい紹介した男だ。暑苦しくて迷惑している。
「ギアくん。シュルケという代言人だが、正直なところ評判が良くない。人は選ぶべきだ」
「でも初見殺しの名手と評判ですよ。緒戦の様子見に打って付けです」
「司祭さまが左様仰るなら・・」
なぜかあの美男詐欺師が左隣に座っている。
「皆様おそろいですか」
三百代言人ハルト・シュルケ、汗拭き拭き現れる。
「いや、向こうさん誰も来てないし」
やがて義姉リベカ・ユンクフレヤ、代言人と介添人二人の四人と現れる。
「・・(彼方もまた評判の良くない代言人を連れてきましたぞ)」
「・・(悪い評判は大概負けた側が恨んで立てます。今日は屹度面白いですよ)」
ギアの左右、勝手に目で会話。
「・・(あと二人は、大物会計コンサルタントと敏腕調査員です。また厄介なのが付いてる)」
シュルケの長い挨拶とか、誰も聞いていない。
◇ ◇
アグリッパ市庁舎、大広間のような回廊。
マックス・ハインツァー腕組みをしてベンチに反っくり返る。
「しかし王都近郊に『バラケッタ』という自治村が実在し、しかもポルタルアッス伯爵がパトロンだった」
「ポルトリアスな」
「ポルさん苦しいだろう」
「ああ、ゼンダ・バラケッタなる人物は反対派による捏造で、バラケッタの村長が書いた通行証も偽造で、村民だって言ってたやつも偽物だって主張することに成る訳だからな。だから、なんだ?」
「なんだ?」
「これはスキャンダルだ。訴訟じゃねぇんだよ。ポルトリアスが居直っちまやぁ、ハイ! それまでよ」
クルツ局長、手をひらひら振って見せる。
「被害者が訴えない限り訴訟にゃならん」
「ああ・・そうか。今回も三人ブッコロだが、闇に葬る積もりみたいだしな」
「被害者でも何でもねえ王党派が幾ら騒いだって訴訟にならん以上黙って堪えりゃお終いさ。けどなぁ・・」
「けど?」
「河馬さんちの策士・・ばかだな」
◇ ◇
メッツァナ、小会議室。
代言人シュルケ、口火をきる。
「故トリストランド・ユンクフレヤ氏のご逝去を、心よりお悔やみ申し上げます。早速で恐縮ですが、故人の遺産分割について、ご提案させて頂きたいと存じます。故人の遺された資産は、ご存知の通り不幸な事故によって多く逸失しておりますが今後の回収分については本協議の結果定める按分比率によって逐次分割することで宜しうございましょうか?」
ギーリクが挙手。
「それは例えば、専らギア氏が回収なさっても、その寄与の大小に関わらず一定の比率で按分なさるという事でしょうか?」
「さような提案でございます」
暖簾譲って頂戴ませ、というアピールである。
「・・(譲歩から始めるたぁ、強欲代言人の悪評どおりな男でもないね)」
エルダ、表情隠してオクタヴィアンに囁く。
「さて、両替商に預託してあります総資産額ですが・・」
「・・(来たきた)」
◇ ◇
王都郊外。
ポルトリアス伯の前で僧形の男、少々語気が荒い。
「確かに、ブルスは取り零しも多い男だが、ああまで言われる程の出来損ないでもありませぬ」
立ち去った男の後ろ姿を睨み付ける。
聞こえるように言ったのだった。
少し落ち着いて来て・・
「ただ確かに取り立ててから未だ三代目。地位に相応しい品格が追い付いておらぬと言われれば、返す言葉も無い」
ふんと鼻で笑う伯爵。
「取り込みに行って敵にして来たでは、出来損ないと謗られて仕方あるまい。いや品格にも問題有った。言っておる事は正しいぞ。『女を抱かせれば歓心が買えると思うたか』という痛罵も小気味好い」
「と・・殿ッ!」
「けれども『誰もが己のが主君と同じでないぞ』と言うたあの素っ首、何時か必ず刎ねてくれるわ」
僧よりずっと忿っていた。
続きは明晩UPします。