154.追い剥ぎやって憂鬱だった
アグリッパ内郭南口。
朝一番に到着したグレゴリウス『司祭』の前に、儀仗兵のように派手な格好した傭兵が二人。
アヴァンタイルを覆面のように掛けた下から両の目がぎょろり。手にした大きなメイスは装飾的に見えて頭蓋骨を十分かち割れる。
そんな二人が随いて来る。
「あ・案内してくれるのかな?」
「いえ、変態行為をしたら殴れと申し付かっております」
「拳骨で?」
「いいえ、こちらのメイスで」
「それ・・死なない?」
「いえ、死にます」
本当に案内はせず、ただ随いて来るだけだった。
グレゴリウス『司祭』、黙って大図書館に向かう。
◇ ◇
外郭南門。
入市審査に長蛇の列。
いくつか緩和措置を講じたが、焼け石に水で不評である。
士分の者は家紋の提示で身分証明書提出を免除される。商工民は市内業者からの発注書等で代用できる。
一番割りを食うのは新規取引に来る商人だ。これは当局も頭が痛い。景気に直接響くのだ。
体僕階級の出入りも社会問題で、気を使う。移住自由の制限を受けている彼らは村長の発行した通行証の携行義務が有る。それを確認しないで安易に入市させると彼らの領主と揉める可能性がある。
「あれ?」と審査担当の役人。
「この村、うちの州じゃないだろ」
州の越境は村長の発行した通行証では駄目だ。
平時の低地州に厳しい検問とかは無いから、するっと通って仕舞う事が無いとは言わないが、州外に行く通行証を発行する村長など居ない。
役人「うわー、面倒くさいのが来ちゃった」という顔をする。
一見して不法行為の現行犯だが、この男の犯行か村長の犯行か、それは調べねば分からない。だいたい、あちらの領主か州政府に対する不法だから、当市の職員に捜査権限もない。出来るのは入市禁止だけ。
あとは州の役人に通報するくらいだ。
これ、相手の領主と喧嘩する度胸があるならば強気に出てもいいのだが『村長に越境許可の権限を与えました。文句ある?』と言われたら終わりである。
役人、長蛇の列をチラリと見る。
不愉快そうに「不許可」の一言で終わらす。
男、ぶつくさ言いつつ門外に去る。
そのとき、傍に控えていたベンが『女子会』の娘に耳打ちする。
「・・いまの『バケラッタ』って村の名前、昨夜ギルマスが言ってた」
役人のアシスタントをしていた地味娘、ぴんと来る。
・・しかし引き受けた仕事は『紋所の所持者』の尾行だ。逸脱している。
しかも市内での尾行ではない。市外だ。危険度が跳ね上がる。
だが彼女、瞬時に独断専行を決意する。
尾行開始だ。
◇ ◇
メッツァナ、港湾付近。
小洒落た宿のオープンテラス。
三百代言のギーリク・ホーエンゲルト、遅めの朝食をとりつつ書類のチェックに余念が無い。
と、湊に船が入ってくる。
見知った顔の女三人、手を振っている。
「ここで粘って待ってたのよ。遺産分割協議の日程、打診があったわ! そっちの首尾は?」
「まぁ上々かね。おまけに、こいつ結婚決めて来やがった」
「んまっ! 入れ食い未亡人っ!」
「ウルカンタの騎士ヨーゼフって気の利く奴。おまけにあれが特大らしい」
「んまっ!」
「人物がな」
「もしかしてヨーゼフ・フォン・カーラン? ウルカンタ副市長の!」
「え! そんなに大モノだったの!」
「あそこの市長はカンタルヴァン伯爵の五歳の息子よ。んで彼が事実上のトップで伯爵の片腕よ! どうやってそんな大モノ咥え込んで来たの!」
「向こうからフラフラ寄ってきたとこ、ひと口でぱっくり」
「うーん。騎士って未亡人属性持ちなのかね。あたしもちょっとだけ結婚しときゃ良かったね」
「それじゃ金も名誉も一発逆転じゃないの!」
「ああ。昨夜一発クリアだ」
「でも借金抱えて彼の重荷になりたくないわ」
「任せといて! 固有財産取り戻して絶対プラスに持ってくから! この世にゃあ『女が稼ぐわけないから全部死んだ亭主の金なんだ!』とか言って、そっくり亡き亭主の兄弟の懐に入れさせちゃう狎戯た判例が罷り通ってるんだ。ひっくり返してやるから」
意気軒昂である。
◇ ◇
アグリッパ、南門外。
湊のある東門地区から順に再開発が始まって、こちらは未だ昔の猥雑な街並みが残っている。
大司教御座のお膝元、自治市もまたその庇護下であるから、風俗産業が花開かぬお堅い街である。
便所のない家を建てて仕舞ったら、ひとは草叢で用を足す。その草叢が、此処であった。
頭巾被った奴、被ってない奴。いかにも放浪者で入市できる見込み無い奴、今夜女遊びがしたくて街から出てくる奴。そんな連中が犇めく廃屋の塊は屍肉漁り達の戦場だった。
そんな場所を、農奴に化けた男を追って、地味目の女みなみ(仮称)が行く。
男、仲間らしきもう一名と会っている。
たぶん農奴身分の者が受ける差別とか知らない自由人で、無計画な連中だろうと軽く見た。それが彼女の失敗だった。
三人目に背後を取られていた。
「ねえちゃん当局の下請けさんかい? こうやって抱き竦めても犯したい気分にゃならねえのは、自衛の特殊技術ってやつか?」
「・・それ、女のプライド傷つく」
みなみ(仮称)、割りと自意識高かった。
「だが俺も結構軍隊に長かったんで、かなり粗食に耐えられるん・・」
言い終わる前に男、足元に崩れ落ちる。
背後に軍人っぽい男が立っていた。
「では次の二人・・」
男、消える。
農奴に扮していた男と仲間、突然前のめりに倒れて動かなくなる。
先ほどの軍人っぽい男、二人の襟首を掴んで戻ってくる。
三人を人目に付かぬ廃屋の壁際に並べて置く。
ベンが物陰から顔を出す。
「殺したんすか?」
「いや、まだだ」
「なんで連絡に行くの、止めたんす?」
「この町の、立場の有る人間は知らん方がいいかも知れぬからだ」
「なんで?」
「もし、それなりに身分のある者だったら取扱いに困るだろう? 身元の分からぬ只の浮浪者が城外のスラムで行方不明になるなら、誰の責任でもない」
「おじさんは・・」
「おじさんと呼ばれる歳でもない」
気にしているらしい。
「お前は何も見ていない。そっちの女も何も危険な目に遭っていない。そして俺は誰でもない。それでいいだろう、お前ら、もう行け」
そして『いつまでも見ているんじゃない』という身振り。
ベンとみなみ(仮称)、一礼して立ち去る。
◇ ◇
市内、冒険者ギルド。
グレゴリウス『司祭』、息急き切って帰って来る。
書き写して来たメモをばさっと置く。
「紙代、頼むぞ」
マックスとウルスラ、面付き合わせる。
「例のポルトリさんの領地だ。西国の大名だって話だった・・確かにそうなんだが、むしろ本貫より彼地此方飛び地の方が多い。こんな数がある」
「やたら多いな」
「つまり、なんとか男爵かんとか男爵とか膨大な別名持ちだ」
「これ、管理出来てるんでしょうか?」
「さぁな。荘官が事実上の地元領主でポルさんとは金だけの関係とか、結構あるのかも知らん」
「これ、首都圏?」
「領地じゃなくて、単なる所有不動産もある。住む専用の屋敷だけが有って領民がいない土地だな」
「『バラケッタ』!」
「これも領地じゃなくて自治村だな。パトロン関係だ」
「もろ、繋がっちゃったじゃねぇか・・」
◇ ◇
「ギルマス!」
ベンとみなみ(仮称)駆け込んで来る。
「やっちゃった」
「なに! 青い顔して!」
「南門に『バケラッタ』のニセ通行証もった農奴が来て、審査官がバンした・・」
「ニセ通行証だと!」
「そいつを姉ちゃんが尾行したら逆に捕まって・・そしたら軍人みたいなおじ・・にいちゃんがベキベキって!」
「何が起こったの?」
「たぶん傭兵さんだと思います。三人組をあっという間に倒して・・きっと今頃は身ぐるみ剥いで身元不明の死体にしてるんじゃないかと・・」
「あなたの声、初めて聞いたわ!」
ウルスラ、驚くとこ・・そこか?
続きは明晩UPします。