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153.嵌められなくて憂鬱だった

 アグリッパの町、或る横丁。

 ベンが短い両手にエールのジョッキを抱えている。


「なぁお前・・馬鹿が犯罪やらかすのに本名まる出しの偽名使うのと、赤の他人が罪なすり付ける為に馬鹿な犯罪犯すのと、どっちが有りそうだと思う?」


「馬鹿なら本名まる出しの偽名使うかもね。馬鹿だもん」

「赤の他人に罪なすり付ける為に、しなくてもいい馬鹿な犯罪犯すか?」


「馬鹿なら、やるかも」

 エールを飲み干す。

「もっと」

「しょうがないな・・女将、もう一杯、それと俺にも」


 ふたり揃って飲む。

「お前・・『バラケッタ』って村・・知ってるか?」

「・・『バケラッタ』? クールじゃん」

 歌う。

   " バケラッタ クール! クール! ♪ "


「知らんか・・。お前の上司も知らん感じだった。ここの警察もだ。だが・・」

 ・・だが大司教座に密告したやつは多分知ってた。つまり・・

「王都近辺の奴だろう」

 下手するとメッツ伯とか・・の子分クラスかな。

 傭兵団丸抱えにした武闘派とか喧嘩っ早い旗本とか、割と始末が悪い。

 確かに暴力的な連中もいるが・・。


 それでも『赤の他人に罪なすり付ける為に、しなくてもいい犯罪犯す馬鹿』とか反駁したら顰蹙を買うだろう。

 まさに『暗殺者を送って来たろ!』と言い掛かり付けられて『それ、お前の自作自演だろ!』と言い返すのと同じ。

 これは『証拠ありますか?』と静かに返すのが正着なのである。

 相手が泥沼に引き込みに来た時は受け流すに限る。

 それを出来る賢臣が、果たして当家に何人いるか?


「明日は、早く帰ろう」


                ◇ ◇

 某城の一室。

 伯爵グリマルド二世、蝋燭一本しか点していない暗い部屋でチェスに似た遊戯に興じているが、興じていない。表情が苦渋そのもの。


「う・・また歩兵ペドネムに阻まれるか」

「兵卒を能く使うのが兵法でございます」

 ハスキーな作り声の少年に追い込まれている。

「でも仕上げは奔車ルフにて」


「ううむ・・投了致す」

「いいえ、う詰みですよ」


「ふぅ・・何度挑んでも、まるで敵わぬ」

「そう悠然と構えられるのが御歳の功。若造は必ず釣り針に掛かってもがきます」


「ふふ。楽しみだ」


                ◇ ◇

 嶺東ゴルドー村隣の河川敷、娼館街『九軒だな』の一軒。

 綺麗どころが、客と一緒に輪になって踊っている。

 プサルテリオンをじゃかじゃか掻き鳴らして歌っているのは楼主オーナーで、女物の服を着て胸毛臑毛も露わな姿。絵に描いたような遊び人である。


 遊郭も各地で千差万別。いろんな遊び方が有るものだ。

 好みの娘と二人でちょろっと消えた目端のきく客もいるが、大半は飲めや歌えで騒いでいる。


「そこは小手をこう返して、右つま先はこんな感じに・・」

 幇間のサフィジオ、客らに踊りの振り付けなど伝授している。


「あれ? 姐さんは?」

 いつの間にか芸妓さんに混じってディアが踊っている。


「いやぁディア嬢いつも居たら倍盛り上がんのに」と楼主オーナー

「もう結婚したから『嬢』じゃないってば」

 彼女、ご接待のお客様連れてよく来る上得意の顧客である。水揚げして間もない小春プランタンなんて彼女に良く懐いている。


「どう? 最近」

「実家にいた頃とじゃ天国でありんす」

「ベッテル領も最近じゃ様変わりだよ。お嬢さんが忠臣たちを再登用したからさ」

 信心に狂った先の侯爵夫人が摂政をしてた頃は本当に酷かった。

「今よくなっても、親んとこに帰りたくないでありんす」


 利子代わりに借金取りの相手をさせられてた話はディアも聞いている。

 だが今にして思うと、利子を取る商売をして良いのはイディオン人商人だけだ。彼らは金を負けない。ということは、使用人である借金取り達が自腹で納めていた事になる。

「意外に真面目な奴らだったのかも知れないな・・」


 どこも、悪いのは毒親。


                ◇ ◇

 アグリッパ冒険者ギルド。マックス・ハインツァー帰って来る。

 別に残っている仕事がある訳ではない。上の階が自宅なのである。単身者だから広くないが。


「いい御身分ですね。事務員がまだ働いているいるのに」

「いや、クルツとだ。仕事の話してたんだ」


「読み書きと計算のできる事務員、雇ってくださいよぉ」

 ウルスラの泣きが入る。

 冒険者でない専業事務職を採用しないのはマックスのこだわりで、他所ではごく普通にやっている事だから、彼を泣き落とすしかない。


「あ、それと・・グレゴリウス『司祭』に図書館の立入許可が出ました。あす一日期間限定ですけど。すぐ行って来るそうです」

「どういう風の吹き回しだ」

「申し込んだことは申し込んでるんで、条件付きで受理って事じゃないですか?」

「条件って?」

「寺院内で風紀を乱す行為を行ったら逮捕するそうです」

「そっちが主眼じゃないのか? なんか心配だな」


「どうしたんです。疑り深くなってますよ」

「いや、教会のそういうとこ垣間見ちゃったからさ」

「今日の『お客さん』関連ですか?」

「ああ。エサ投げて、どういう態度に出るか様子見する気だろうってさ。クルツが言ってたよ」


「グレゴリウス『司祭』には、どういうエサが?」

「図書館だからな。勉強してる若い学僧たちのお尻とか・・かな」


「それは、危険があぶないですね」


                ◇ ◇

 一夜明けて、ウルカンタ。


「ちょっとあんた、なぜ出血してんだい」

「いえ、事態がよく飲み込めないわ」

「リベカって、何年間結婚してた?」

「もうすぐ十年だったけど」

 あれこれ詮議しながら三人、ベッドで朝食。


「ちょっと理解できない何かが起こったようだね」

「奇跡かも・・」

「ちょっと公表できない奇跡ですね」


「んで、彼は?」

「再婚禁止期間が過ぎたら・・って申し込まれました」

 問題を避けて通ったらしい。


「もう仕事だけど、後で湊に見送りに来るって」

「見送りに来るんじゃなくって、先に湊にいるんだろ」


                ◇ ◇

 アグリッパ、湊。

 ポルトリアス伯爵家家臣ダミヤン・ベタンソスがゴンドラに乗り込むのを、独りベンが見送っている。

 ダミヤン、ベンの頭をぐりぐり撫でる。


「おっちゃん死ぬなよな」

「大丈夫だ。そこまで大事には、ならん ・・たぶん」


 だが、ゼンダ・ブルスとシラノ・ネモスの消息は未だ杳として知れぬのだった。


                ◇ ◇

 王都郊外。

 ポルトリアス伯ファン・テノリオ、不機嫌そうに言う。

「だから、食事中に報告するな」


 執事を呼び付ける。

「免職だ。直ぐ出て行け。無許可の者を通す執事は無用だ」

「押し退けて通られたのですっ!」

「じゃあお前らふたり、決闘しろ。勝った方を赦す」


 騎士と執事、顔を見合わせながら退席する。


「俺が勝つに決まってるだろう。どうする?」と、騎士。

「どうしましょうね・・」

「俺は口頭で叱責された。お前は伯爵様に口答えしたから事実上の処刑って事じゃないのか? どっちも確かに明瞭なルール違反だが・・」

「それっぽいです」

「お前、黙って大人しく馘首クビんなって、息子に家督譲って執事の仕事継がせてりゃ良かっただろ?」

「それっぽいです」

「お前・・『勝手に御前に上がるな!』って言って俺の後ろ足に獅噛しがみ付いてりゃ特にお叱りも無かったんじゃねぇか?」

「それっぽいです」

「決闘のスケジュール合わせしてる間にお前が夜逃げする一手じゃないか?」

「それっぽいです」

「・・みんな、俺の所為だよな」

「それっぽいです」


 騎士、溜め息ついて、結局なにも報告せずに帰る。


                ◇ ◇

 ウルカンタ、湊。

 女三人、定期船でメッツァナに戻る。

 騎士ヨーゼフ、リベカに何か渡す。

「それじゃ・・」

「ええ・・」

 指先が触れ合う。


 船が出る。

「何を貰ったんだい?」

「指輪・・革紐通して首に掛けるようにてあるわ」

「そりゃ当面は嵌められないからな」


「もしかして・・彼って、大き過ぎた?」

「ちょっと・・」





続きは明晩UPします。

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