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152.泥沼で足掻いて憂鬱だった

 メッツァナ、夜。


 酔ったギア・ユンクフレヤは狭い自室のベッドに潜り込んだが、輾転反側。結局古い肘掛け椅子をヴェランダに引っ張り出して寝た。

 見上げると、ちょうど月が雲に隠れた。

 眠りに落ちたとき、なぜか涙が頬を伝っていた。


                ◇ ◇

 アグリッパ。

 『川端』亭でマックス・ハインツァーが飲んでいる横に、クルツ・ヴァルターが居る。


教会あちらさんに言われたとおり進めたけれど、これから警戒体制どうすべきかなぁ」

「そりゃ継続の一手だろ。お前さん、まさかポルトリアス家が一枚岩たぁ思っちゃいまい?」

「んだよねぇ・・」


「人てなぁ大概、こうだったら良いって思ってる方向に予測するもんだ。悪い方に予測すんなぁ悪くなる方向に心配してる奴。つまり心当たりのある奴だけだ」

「なんだい、その謎めいた言い回しゃあ?」

「いや、べつに難しいことは言っとらん。やらかしてる自覚がある野郎ほど深刻に心配するっていう一般論言っただけだ。もちろん了見の甘い馬鹿も居るがな」


「今日のやつは?」

「深刻なことに成らんように願ってるだろうから、おおかた『なんでもケチつける王党派が当て推量で騒いでる』って思ってるだろうさ。そう願ってるからだ」


「あいつにゼンダ・ブルスへの手紙を託した奴は?」

「中身、見たんだろ?」

「ああ、光明卓リヒタフェルで見た」

「なんて書いてあった?」

「『連絡くらい寄越せ』って家族の手紙に似せてあったよ」

「つまり、ゼンダ・ブルスが碌でもない裏工作に出掛けたと知ってる奴らだ。奴ら最悪の事態を予想するだろうな」

「最悪の予想って?」

「そらぁ・・伯爵暗殺とかだな」


「そそ・・そりゃ穏やかじゃないな」

「だからさ、俺ゃ思うわけよ。したかな大司教座さん、この町の情報産業の元締めの名前を使い『専門家の推理』ってカタチでブラフ情報流して、ポルトリアス伯爵の反応見てるんだ・・ってな」


「あー・・『この町の情報産業の元締め』って。俺の事かよ」

「そりゃお前、探索者ズーカギルドとかの名前出したら、生臭さ過ぎっだろ?」


 ・・冗談でなく、奴ら裏で暗殺とか請け負って兼ねない雰囲気はある。この間の放蕩ドラ息子婦女暴行事件なんて、マジで探索者ズーカギルドに裏の『女の恨み晴らし屋』が有るって噂が流れたし。


 実際、女性の立場がとても弱いこの世界、そんな裏稼業が有ったって良いのかも知れない、と不図フト思ってしまうマックス・ハインツァーであった。


                ◇ ◇

 ウルカンタ、元伯爵邸だった豪華な宿。

 リベカ・ユンクフレヤが騎士ヨーゼフにエスコートされて部屋に帰ってくる。

 騎士、彼女の手の甲に接吻して帰って行く。


「おいおい! 返しちゃうのかい」

 物蔭から、エルダが現れる。っ付かれてエスコートしていたオクタヴィアンは反対意見。

「もう少し焦らしたほうが良いって」


「だって、私まだ再婚禁止期間中だし・・」

「お前さんだって、すっかりその気じゃないか」と笑う。


 世の中みんな女性に差別的で、例えば事故等で他人を死亡させた場合の賠償金の相場では、女性は男性の半額である。

 遺族の生活に対する経済的貢献力の男女格差という意味で合理的に考えるならば女性の所得は一般的にその程度という事なのだろう。


 むろん地域差があって、出産可能年齢の場合は女性の方が高い地方もある。嘗てそういう慣習の部族の土地だったのだろう。

 これも女性の価値が出産能力次第という意味では、家畜と同じ扱いとも言える。


 だが騎士が叙任式で立てる誓いに、彼は主君と教会と、そして全ての虐げられた者達のために戦うとある。

 戦士階級と平民で、常識が微妙に違うのだろうか。

 そして『虐げられた者』の典型が寡婦と孤児である。戦士階級は自分がいつ何時寡婦と孤児を残して死ぬか分からぬ立場だから相身互いの精神なのだろうか。


 騎士りったのことを『ないとクニヒト』と呼ぶのは、騎士が貴婦人に『私は貴女の下僕クニヒトです』と忠誠を捧げるからである。騎士たちの女性崇拝、ちょっと変かも知れない。


「あたし達、あっちの部屋で寝るよ。せっかく広いんだからね」

「今夜こっそり彼が来たら、頑張って下さいね」


 ・・何を頑張れと言うのだ。


                ◇ ◇

 嶺東州、ゴルドー村。

 少なくとも五十人の『巡礼』たち、良いものを食っている旅だ。

「あんな分厚い肉ぅ焼いて、ちゃんと火が通ってるって凄ぇな」

 火力の調節技術がない時代、それは凄いだろう。


 満腹して睡魔に襲われている連中の横から密かに抜け出す者がいる。

「サヘージョさんって言ったな」

「サフィジオでやんす」

「あんた、なんで幇間になったんだい?」

「遊郭で遊んで文無しになったんで、そのまんま就職しやした。ま、性分に合ってたんでしょ」


 幇間の案内で足音殺して移動する数人。

「皆さんの下ってきた街道の北っかわゴルドー村。ドーザ川を挟んで南がベッテル侯爵領。そして河川敷に遊郭街でやんす。

 遊郭が七軒ある。

 ちゃんちゃりんこ・ちゃんちゃん・・とプサルテリオン掻き鳴らす音がする。

「おねえちゃん達と歌って踊るのが此処『九軒だな』の遊び方でやんす。

「そう言われると、メッツァナは徒刑囚のガレー漕ぎみたいだったな」

「ヨッ! 戦闘速度!」

 数人揃って太鼓叩く真似をする。


「遊郭が七軒で、なんで『九軒だな』なんだえ?」

「一軒が派遣専門店で、もう一軒が組合でやんす」

 勘定が合っている。


                ◇ ◇

 アグリッパの横丁。

 

「まぁ好きなだけ食え」

 ポルトリアス伯爵家の家臣ダミヤン、『血風隊』のベンに飯をかられている。

「おっちゃん・・エールも飲ませてくれよぉ」

「お前、子供だろうが」


 まぁ此の町、大河の下流域だから水の質は良くない。犯罪者を簀巻きにして川に流したら近隣の漁村からクレームが来るとか、そういう土地である。

「しょうがないな・・。かぱかぱ飲むなよ」

 押し切られる。


 ギルド長マックス、ダミヤンが悪質な人物でないと判断して『女子会』チームを引き揚げさせ、ベンだけ残したのであった。


「お前はその大捕物って、見たのか」

「ああ見たよ。赤マントたちが包囲して刺股で絡め捕って警棒でばっこばこ叩いて容赦なし。町のひとも『ぶっころ』合唱してた」

「街の嫌われものか」

「そりゃ毛虫以上。金持ちのバカボンボンに差し出す女攫って、訴えられないよう凄むって連中だよ」


「死刑になったのか」

「知らんけど、警邏隊本部の地下牢でミンチになってんじゃね?」

「裁判受ける権利なしか」

「バカボンボンは裁判受けて絞首刑だけどね。ミンチでも晒されてないだけ、まだ良いんじゃね?」


 ・・これ、王都で吹聴されたら痛手はかなり大きいな。ゼンダ・ブルスの行方が不明のままだったら最悪だ。言い訳ひとつ出来ん。

 いや大体バラケッタって、伯爵の下屋敷がある近くの地名じゃないか。一体誰がそんな名前使って犯罪やるか?

 いや、ブルス家は準貴族に取り立てた時の記録がしっかり法廷に残ってる筈だし地名も消しようがない。

 是等これら諸々を一から十まででっち上げて大司教のお膝元で騒動起こしたとか、そんな抗弁を誰が信じる?

「まずすぎる」

 ・・いや、ゼンダ・ブルスが恥ずべき犯罪をやらかすのに自分ちの近所の地名を偽名に使うってのも、信じられないくらい馬鹿だけどさ。割と居るよな、そういう馬鹿って。


「じきに死刑になったバカボンボンの家族の裁判が始まるんで、いまが情報集めのヤマみたいだよ。うちらのギルドも掻き入れどきさ」

「家族もか・・」

「バカボンボン共が裁かれる前の晩に、バケラッタ団に告発人げんこくん家を襲撃させたんだってさ。ホーテブジョクだかなんだか罪名で、またいっぱい吊るされんじゃないのかな」

「なんだそりゃ! どこの田舎町のアウトローだ!」


 伯爵家、泥沼に引き摺り込まれるかっ・・



続きは明晩UPします。

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