18.疑われて憂鬱だった
レーゲン川遡上の船旅。
「おいアリ坊! あんまり露骨にナマ足晒すなよ。目立っちゃ不可ない逃避行の旅だって忘れるな」
「大丈夫だよ。僕のことなら皆から、ちゃんと男の子に見えてるさ」
「馬鹿野郎! ・・じゃあなくてメロウ。実は世の中、そっちの方が好きな野郎が五万と居るんだよ」
「ふん! レッドもそっち方面でしょ。ナイスじゃないミドルがフィン君みたいな美少年とコンビ組んでりゃ、周りの皆んなも左様見てるよ」
「俺ってナイスじゃないのか!」
レッド愕然。
「レッドさんは結構ナイスだと思いますよ」と、レベッカ。
「でも、桶はメケと言うべきですね」
「お前、あんな状況で変なことは聞いてたんだなぁ・・。イディオン語じゃあ『桶』は女性名詞なのか?」
「いえ、私じつは同胞語よりグレキア語の方が馴染みで・・」
「なに言ってんだか分かんないわ」とアリシアが思案顔。
「おいおい、ゴブリナブールの湊に着くぜ」と、ブリンが樽を持って来る。
「うぇぇ、何時まで是れなの?」
「まぁ少なくとも、追っ手の二人から距離が取れるまで一に用心だ。我慢して樽に詰まっとけ」
「仕方ないなあ、よっこらしょ」
若い娘らしからぬ掛け声。
レッド、蓋をする、
「ぶー」
◇ ◇
図体大きなブリンの背負子、乗せると小さい大樽の、中に詰まったアリシア嬢。樽の上蓋がぽこっと開く。
外を窺っている様だ。レッド、上から叩いて蓋を閉める。
「んぶっ」
ゴブリナブールの湊は賑やかだった。
川を遡る客船は必ず此処で一泊するが、下りの船は遊郭のあるシュトライゼンに客を落とす。アグリッパが大都市の割に遊ぶ場所が少ない所為だ。
だから此の宿場町は上りの船に頑張って営業を掛ける。
喧騒の中でレッド、アリシアに言われた一言を気にしている。
「俺って・・フィンと、ソレっぽいか?」
◇ ◇
桟橋の袂に群れる宿の客引き達は大半が宿のおかみ達。誰もが元気なおばちゃん揃いである。
「変だな」
「うん、変だ」
レッド、ブリンと顔を見合わせる。
「なぜ俺らん処にだけ客引きが来ない?」
船を降りた他の乗船客は粗方片付いて、客引きの案内で宿へと向かった。
「なぁ兄さん・・俺たち別に物騒でも怪しげでも無ぇよな?」
「唯、そうな筈だがな」
「でも、あれって明らかに俺らを警戒してないかい?」
見ると、物陰という程には隠れてない位置で、少女が一人此ッ地を窺っている。歳の頃ならフィン少年らとも乙甲。身装は一見して宿屋の仕事着なので、不審さは無い。
・・どう切り出そうか逡巡していると・・
「皆さん、身分証はお持ちです?」
・・ああ、そっちか。
◇ ◇
この世界、十二歳で法定就労可能年限だが、それは言わば、親権が奉公先に移るだけである。法的には成人は二十一歳だから随分と先だ。男ならば貴族でも年端も行かぬうちからお小姓として働き始める。
下積みは長く成人は遅い。男の道よ何故険し。
だが女の子は十有五くらいで結婚し始める。
ところがアリシアもレベッカも、レッドの持っている親権者代行特任状なしでは旅行も出来ないのだ。まぁ、十八歳の女侯爵が摂政付きで元首している領邦とかも在るから抜け穴だらけの法だが。
同じ未成年でも、ギルド認定の遍歴職人資格を持っているフィン少年は一人旅も可だ。
ちょっと道理が合ってない気もするが、そういう世界である。
「ああ、これ代官所からの命令書。彼女の護送に必要とあらば親権を行使せよってお達しさ。公務ね。それからこいつはギルドで遍歴認定あり」
「あああ、失礼しました。なんか尋常じゃない美少年と美少女を、妙にむくつけきおぢさん達が連れてたもので」
「おい、嬢ちゃん。本音漏れすぎ」と、ブリンが突っ込む。
「あわっわわわ。御免なさい」
慌てる宿屋少女。
「いやっやややや、そのっ・・、誘拐魔人買いの出現注意報が今朝ほど代官所からお触れ有りまして」
「いいけど、こいつらそんな美少年美少女か?」
これは、レッドの方が間違っている。
神経が鈍麻している。
◇ ◇
レッドもブリンも、別に凶悪そうとか胡散臭そうとか、断じてそういう類の外見では無い。
いちおう注記する。
であるが、此処で樽の蓋が開いてアリシアの顔でも見えたならば、確実に十人中の過半数が疑う、というより確信するであろう。『此奴らって美童や美少女を変態金満家に売る悪徳業者だ』と。
子供らの年齢が割と揃っているのがさらに弱点だった。
「これ、今後も祟るよな・・きっと」
悲観するレッド。
「なぁ兄さん・・代官所の御触れって、もしかして俺たちが届け出たアレか?」
「もしかしなくても、アレだな」
「じゃあ、俺たちが怪しまれたのは俺たちの所為か」
「レベッカちゃん連れてることも含めて、な」
身から出た錆とは言いたくないレッドであった。
「直ぐそこが、うちの宿です」
「なぁ嬢ちゃん。他所の宿はおかみさん達が客引きに来てたけれど、あんたん家の母ちゃんは具合でも悪いのかい?」
「母はずっと前に他界して、うちは父と私で切り盛りしてるんです」
「そいつぁ・・悪いこと聴いちまったな・・」
「いえ。これでも私、料理が結構評判いいんですよ」
「あら、わたしも料理が得意なんです。レシピの教えっことか、しませんか?」とレベッカ。
「へー、レベッカちゃんも家事上手か。どっかのお嬢は下手っぽいな」
レッドの余計な一言に、樽の中からブーイングが起こる。そこで宿屋少女が一瞬「あれっ」という顔。
レベッカが話題を繋ぐ。
「うちの両親は、所謂る『吝嗇んぼ強慾金貸し』だったもので、家族から使用人の賄い食事まで全部、わたし一人が安価い食材で作ってたんですよ。金あるくせに。でも美味しいもの食べたいから自然とわたし料理の腕が上がっちゃったんです」
うまい具合に話題が逸れる。
宿に着く。
「レベッカ嬢ちゃんのおっ母さんって、家事しないのか?」
「吝嗇でない金持ちの家生まれのお嬢サマだったから下手っぴ。味に文句ばっかり言う人でした」
「あんたは亦たあんたで大変だったんだな」
「ですから、家事全般できて、修道院で上手くやって行ける自信あるんです」
「そう言やぁ、随分と駆けっこも早かったな」
「あら見てたんですか」
「おうよ。見てたから駆け付けたのよ」
「うふふ。わたしったら、侠気あってイケてるおじさま達に出会えて本当ラッキーですわ」
ブリン、太鼓腹団子鼻の中年大男だが、窮地に駆け付けたホワイトナイツという補正が有るのか将亦元々レベッカの美観が変なのかは定かでない。
「否々、あの非常識に強いお武家さんが居なかったら、俺等しゃしゃり出ただけで返り討ち喰らう阿呆だったけどな」
宿屋少女、割り込むように・・
「あの・・お武家さんって、黒い革鎧着て顔が怖くて、でも実は・・」
「ああ、美人だけど妙に印象薄い女の人との二人連れだ」
「そっ、それって、当家の恩人さんです! 砦の兵隊さんから凄くよく効く傷薬を分けて貰ってくれて、お蔭で父が一命とりとめたんですっ!」
「え! もしかして宿泊客?」
「ええ。でもお礼を言う間もなく、今朝早くにお発ちになって仕舞われて・・」
「ほっ」
「んじゃ、もう樽を出ていい?」
蓋がぽっこり開いてアリシアが覗く。
「ひっ!」と宿屋少女が吃驚。
「みっ未成年違法略取っ」
「ちゃうちゃう、これ依頼状。南岳のエルテスハバール大修道院まで護送依頼」
「お客さん、ろくに字も読めない小娘と思って騙そうとしてません?」
「ちゃうちゃう! 本人に聞いてみろ! 二人どっちも南部教会へ行く旅なんだ。俺は契約受注した護衛兼保護者代行だ」
「そっちの彼のことは衆道院に売りに行くんじゃ?」
「修道院って言ってんだろ。こいつはもう三年以上組んでる歴とした冒険者だ」
「け・・けっこう長いお付き合いなんですね」
「・・(この娘、絶対何か変に疑ってるぞ。俺って本当にソレっぽいのか?)」