表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
188/383

151.騙される者は幸いじゃなくて憂鬱だった

 アグリッパ。内郭入り口に近い参詣客向きの宿屋。

 ポルトリアス家家臣、ダミヤン・ベタンソスが投宿している部屋を訪ねる。


 ダミアン、手紙を届ける仕事を依頼した少年が、いかにも上司といった風格ある人物を伴って会いに来たので、察する。

 これは不首尾を詫びる訪問に違いあるまい、と。


 しかし気を悪くした様子も見せず、招き入れる。

 つまり、それほど依頼成功に拘っては居なかったのだ。


 訪ねて来たマックスらに椅子を勧め、自分は寝台の端に腰掛ける。

 そして話を聞いて、青ざめる。

 無論、手紙のうち一通の宛名人ゼンダ・ブルスが、当市内でとんでもない悪事を働いていた疑いを仄めかされたからである。


「いや・・わしは、アグリッパに赴くついでにと言われて、同僚から託された手紙を持参しただけで、このゼンダ・ブルスという男とは一面識も無いどころか、名前を聞くのも初めてだった・・のだが」

「はい。そうかな・・とお察しして、是のようにご相談に参った次第です」

 マックスも神妙な顔。


「ゼンダ・ブルスと、問題の首魁ゼンダ・バラケッタは単に名前が似ているという共通項しか有りません。しかし、我が冒険者アボンチュリエギルドが独自に入手した極秘情報では大司教座を脅迫した謎の集団は、両名を同一人物と断定している模様で・・」


「何者でしょう?」

 マックス、自分の地位までは名乗っていないが、ある程度察しているのだろう。ダミヤンも敬意を払う口調になっている。


「何者でしょうね・・」

 決して誰も口にはしないが、それは子供でも知っている。

 主家たるポルトリアス伯爵は、教会主流派の領袖カラトラヴァ大司教の御実家の姻族筆頭。

 つまり、敵視してくる勢力といえば王党派の過激分子か南岳教団だ。

 キャンキャン煩いのは首都圏の王党派だが、あまり実害があった事がない。

 揉めたら怖いのは口より先に手の出る南岳だが、遠いぶん衝突実績がない。

 王党派のクレーマなら良いのだが。


 大人しくお参りして早く帰ろうと思うダミヤン・ベタンソスであった。


                ◇ ◇

 ウルカンタ旧伯爵邸を改造した高級宿。

「楽師さんの居るメインダイニングなんて僕、初めてですよ」

「あたしもだよ」

 遊芸人シュピルルーテがじゃかじゃか演奏してる酒場なら馴染みなんだが。


「ちょっとお高くし過ぎたんで王侯貴族さんくらいしか利用実績ないんで残念ですけどね。大商人さんとかにも使って欲しいんだけど。御接待とかに最高でしょ?」

 経営者みたいなことを言う騎士ヨーゼフ。


「お坊様とかには特別割引?」

 遠くの席に黒衣の修道僧の姿を認めたオクタヴィアン、何度も目をこする。

「目、どうしたの?」

「いや、なんか遠近感が変で」


 世の中には『みんなが知ってる筈の人なのに誰も彼だと気づかない』という謎のさすらい人ワンダラの伝説がある。詮索しないのが吉である。


「ねぇリベカさん。遺産分割したら、あそこの店だけは留保してオーナーやるとか考えてみません? 貴女だったら歓迎なんだがなぁ」

「あの弟は嫌いかい?」

 エルダ、割り込む。

「嫌いってより、この土地でウケないタイプかなぁ。才気煥発だけど直ぐに他人ひとと衝突する大公さまに悩まされて来ましたんでね。その尻拭いで、あっちらこっちと友好関係修復に一生かけて、報われないまま亡くなったのが此処の先代伯爵さま。だから御当代さまは伯父上たいこうが大嫌い。家臣一同も大嫌い」


「いろんな歴史が有るんだなぁ」


                ◇ ◇

 例の五十人の『巡礼』一行参道から横道に逸れ、東流する谷川に沿い坂を下ると養豚で有名なゴルドー村があった。街道沿いには、わざわざ本場へと飯食いに来る食通のために料理屋兼旅館が並んでいる。

 ミリヤッドが合流する。


「なんと一番人気店の『健康な野豚』亭で大宴会場が空いてました。食事して一杯やって、そのまま毛布敷いて寝られます」


「よく空いてたわねぇ」とディア。

「それが、ウスターの殿様の従弟さんのお披露目に、次々とあっちゃこっちゃから偉いさんが来る事になって、予定が二転三転してるとか」

 ミリヤッド、宿をとりつつ色々聞いて来たらしい。


「なんか、おお事なわけ?」

「今日の会場も、本番の祝宴が先延べになったんで、身内の宴会に切替えになって其れでも席が足りないってんで会場がベーニンゲン市民ホールに変わって、料理は仕出しに変更ですって」


「殿様の従弟さんのお披露目に、次々と偉いさんが!」

 興味を示すディア。


「なんか従弟さん、嶺南州での御前試合に優勝したとかで、俄然いま最高の注目株なんですって。もう若い女の子に大人気だとか」


「それがあの雌ゴリラオーグレの婚約者だと! ただの玉の輿じゃないんかい!」

 愕然としている人もいる。


「いやまた、その優勝賞品ででっかい宝玉を賜り、それを従弟さん指輪に仕立てて婚約者さんのお送りになったら、その宝石が亦たでっか過ぎて指輪を首から下げておられるとか!」


「あんたは?」

「申し遅れやした。あっし本日の案内を店から仰せ付かりやした幇間のサフェジオと申しやす。どうぞお見知り置きを」

「じゃあ、ベーニンゲンのラリサ嬢って、もう婚約者さんと会ってるんだ・・」

「そりゃもう南国ファルコーネまで婚約者さんを訪ねていらして、あっちのお城であっちっちな日々だとか」

 随分な良縁だけど、どういう馴れ初めなの?」


「あの若さでベーニンゲンの冒険者ギルドを仕切ってる遣り手お嬢っすからねぇ。ウスターの伯爵さまと叔父上さんのグロッス男爵が二人がかりで『息子の嫁に!』って口説いたらしいっすよ」

「従兄さんとお父上の御眼鏡に叶った訳かぁ」

「まぁ、毛並みも良いんですよの娘。お祖父さんは地元の誇りと言われた豪傑の名剣士、お父さんも南北戦争の勇士ですもん。ああ! どっかに良縁って転がってないですかね」


 聞いていて肩身の狭そうなミリヤッドの様子に、つい吹き出すディア。

「ブロッホ参事が若い頃『南北戦争の勇士』だったって、初めて聞いたわ」

 ・・お祖父さんは知らないけど、あの温厚な小太りの紳士は何度か会っている。ラリサ嬢はお爺さん似らしい。特に骨格が。


「『敵中横断三勇士』って、地元じゃ有名っすよ」

 包囲網を掻い潜って援軍を呼びに行った決死隊の斥候三人組らしい。本人は別に戦ったわけじゃないが援軍が間に合わなかったらウスター城が陥ちていた。


「いや、あの恐ろしい狼谷ヴォルフスタールを沢登りで抜けるとか、英雄に間違い無いっすよ」

 なんか加護でも有ったのかも知れない。


「ラリサ・ブロッホか・・。個性強そうだなぁ」


                ◇ ◇

 メッツァナ、帰りの夜道。


「あの司祭の格好をした詐欺師、法典に詳しかったな」

 ・・いや、司祭というのも偽物じゃなくて本物の資格を上手く手に入れたりてるのかも。詐欺師ってやつの凄いのは、九分九厘本当のことを言って、残り一厘で騙すところだ。悪魔とよく似ている。


「でも『女が産んだ者には殺されない』と言って無敵を確信させておいて、母親の死後に切開で取り出された子供に殺させるって言うのは、詐欺だよな」

 ・・まぁ、法廷弁論なんてのも、こんなものかも知れない。


「俺も、もちっと勉強しよう」

 自宅に帰る。

 自宅といっても、旅館の一室だ。

 親の遺産はあらかた食い潰したが、この小体な旅館だけは自分が住むのに残して有る。一室だけ自分用に使っているのだ。

 宿代は払っていないが。

 ギア・ユンクフレヤ、手元に私物の殆ど無い暮らしをして久しい。変なところで一回りして修道僧のようだ。欲はたくさん有るのだが。

 そういえば暴飲暴食に賭博もするが、女遊びに縁がない。


 いろいろ偏った男である。




続きは明晩UPします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ