150.火の海対策も憂鬱だった
メッツァナ最高級宿のホール。
前後から挟撃されたギア・ユンクフレヤ、諦め顔。
後から来た如何にも厳格そうな顔の男が、司祭に向かって大物商人らしい重厚なお辞儀をする。
「プロコップ・ベホエルデスと申します」
「アベ・トルンカと申します」詐欺師司祭、貴族っぽい優雅な礼。
二人、ギアを挟んで左右に深々と腰掛ける。
・・に、逃げらんねぇ。
「しかしながら私思いまするに、家庭に入った婦人が私財を夫の事業に投ずるのは婦道の勤め。ご主人が亡くなられた後も、彼の魂は彼の志、彼の事業の中に永遠に生き続けると信じます」
「美しい浪漫ですね。男子一生の夢が事業として永遠に生きる!」
「事業こそ男の生き様です」
・・暑苦しい奴のようだ。
「ええ、美しいものは守らねばなりませんね」
・・この笑顔にゃ女共いちころ、だな。
「然し血族の財産は血族の中に収めるのが慣わし。女の財産も血族の中に戻るよう仕組みが上手に出来てをります」
「と仰いますと?」
「彼の義姉殿が亡くなれば、彼女の実家の係累から雲霞の如くに顔も見せたことの無い自称相続人が現われ群がり、彼女の全ての財産を分与要求する事でしょう」
「・・つまり!」
「事業が『ここ一番肝腎かなめ、今こそ資金が必要!』という時に限って莫大なる資金請求訴訟が起こされ兼ねません」
「しかし、そんなタイミングで・・」
「生き馬の目を抜く商売の世界。ライバル潰しに一服盛る人間がひとりも居ないとお考えですか?」
・・言われて暑苦しい男、引き気味になる。
「わたくし、入り婿貴族の子に生まれて教会で育ち、この世の汚濁をたくさん見て参りました」
「司祭さま、法務にお詳しいのですね・・」
「教会領の運営には、世俗法廷にも立てる在俗司祭が事務官職を務めないと支障が有るのです。在家の助修士に任せきりでは即決が出来ません」
・・詐欺師の弁舌凄すぎる。
◇ ◇
アグリッパの町、内郭壁沿いの小屋。
冒険者ギルド長マックス・ハインツァーが頭巾の男二人を訪ねている。
「急な訪問なのにお会いいただき恐縮です。でもヒポポタマスとレヴィたんの怪獣大戦争で町が火の海に・・」
「動転なさっているのは解りました」
「とにかく、この手紙を!」
「なるほど、ポルトリアス伯爵が動いたようですね」
「ひ・・火の海でしょうか」
「南の野獣が怒ったら、たぶん。・・でも大丈夫。怒りません」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。だって町を火の海にするより伯爵ひとり殺すほうが楽ですから。あ、っこれは人に言っちゃ駄目ですよ」
「で・・どうしたら良いのでしょう」
「まず、その人に言っていいのは『手紙の宛先ゼンダ・ブルスは市内に該当者訪ね当たりません。もう一人のシラノ・ネモスは市内に一泊だけして翌日朝に東の港を発ちました』これが、ひとつ目」
「淡々と事実を言う訳ですね」
「ふたつ目。『この町に百人超規模の非合法武装組織があったが、先日治安当局が壊滅させた。首魁のゼンダ・バラケッタなる人物たった一人だけ取り逃し、八方を手配中』だけれど『ゼンダ・ブルスという人物は捜査線上にあがってないです』」
「際どいとこですね」
「みっつ目。『ゼンダ・バラケッタなる男は有力者に取り入ろうと、誘拐して来た女性を有力者の不良息子に提供するなどの悪事を働いており、その不良息子たちは既に絞首刑になっている」
「えぐい話までしちゃうのですね」
「よっつ目。『絞首刑になった有力者子弟の中に、大司教座の重要人物アタナシオ司祭が出家前に家族だった者がいた。その司祭は直ちに聖職を解かれ、贖罪の旅に出た』」
「それ、言っちゃうんですか。教会として・・」
「いつつ目。これが最も重要です。『ゼンダ・バラケッタはアタナシオを脅迫して大司教座をアヴィグノ派寄りへと誘導した、と讒言する者が現われた。大司教座は否定して一切の対話や交渉に応じなかった』という極秘情報を伝えて『大司教座が黙殺したので、次はポルトリアス伯爵が脅迫されるのでは?』と、是れはあなたの意見として言って下さい。これが、この町を火の海にさせない策です」
「・・俺が・・言うんですか?」
「言うんです」
「俺・・最前線かよ」
◇ ◇
メッツァナの最高級宿ロビー。
「つまり漠然とした負債にして置けば、弟さんの事業は迥と瑕疵を抱え続けます。ところが確定した負債として償還期限を定めておけば、幻の相続人に怯える必要が無くなる訳です。定期的に運用益を配当すると契約して更に保証人も立てて有れば義姉殿の信用も得易いでしょう」
「司祭さまは商業にもお詳しいのですな!」
暑苦しい男プロコップ、視線が熱い。
・・あ、こりゃ信者になっちまったな。
「義姉殿の資産を過小評価すると、そこが攻撃目標にされます」
・・んまぁ説得力はあるよな。
ギア・ユンクフレヤも術中である。
◇ ◇
南へ向かう緩い上り坂の参道。
「やはり・・ブルクラーゼまでは無理ですね」
ほぼ一本道だから日没後の危険も少ないが、少々強行軍である。
「でも、じきドーザ川の東流する辺りです。先にゴルドーまで宿の確保に一っ走りしましょうか」
「うん・・ミリヤッド、頼める?」
「ねぇ、彼って・・ちょっといい感じじゃない?」
ディアのチェックが入る。
「このちょっと先、さっき話した叛徒の最後の戦いがあった場所なんですよ」
話題を変えるヴィオラ嬢。
「ここから敗走して、参道駆け降りて隠れ里に戻って、惨劇」
「味方の女子供やっちゃ駄目だよね。敵だって逃がしてくれたのにさ」
「でも、怪談が残ってるのは嶺東州の方なんですよ」
この参道はもう南岳の寺社領だから嶺東州ではない。
「噂の『杭ノ森』ってとこ?」
「集団自決の名所『杭ノ森』です」
実はヴィオラ嬢も詳しくは知らない。
「否、誰も現場を見た訳じゃ無いんですけどね。端から順番に仲間の首を引っ張り上げて吊るして行って、そうして最後の一人が木に登ってから飛び降りて首吊ったらしいって」
「踏み台がなくて苦労したわけか・・」
「そう聞くと、もう戦えぬほど疲弊していたでも無いようだ。討ち死にせずに首を吊るとは、俺には心情が測りかねるな」
口を挟むのは元騎士ド・ザンテル。
立派な剣を借りて佩いたら、侍に戻れた気分も一入である。
「よっぽど絶望しちゃったのかなぁ。でも、変に努力していて、あんまり無気力な感じもしないね」
謎なようだ。
さすがに妖術でやられたとか言い出す人がいない。
「あ! ここ」
「ゴルドーから登って来る道の交わる丁字路である。
「ここで、ほぼ全滅」
「ってことは首吊った連中、まだまだ先が有ったんじゃないか?」
「おっかしいなぁ」
左へ折れてゴルドーに向かう。
◇ ◇
ウルカンタ、VIPルーム。
ノックする音。
「こんばんわ」
役人でなく騎士らしい服装のヨーゼフ、花を抱えて現れる。
「来たきた」
「ほら来た」と、リベカ以外の二人。
「勝手にメインダイニング、席をとっちゃったんですが、余計な真似でした?」
「いや、ありがたいぞ」
「僕も嬉しいなぁ」
「喜んでいただけたら嬉しいです。では、エスコートさせて下さい」と騎士、欣々花瓶に花を生ける。
◇ ◇
アグリッパ冒険者ギルド。
「どうしました?」とウルスラ、帰って来たギルマスに声を掛ける。
「どうやら此の町の平和、俺の双肩に掛かって仕舞った様だ」と、とても真面目な顔をする。
「『血風隊』のベン。いるな?」
「あいよ」
「『女子会』の・・東門担当は?」
「宿屋で監視業務を続行中です」
「それじゃ、俺とベンで行って来る」
内郭入り口近辺の宿屋街。
「ここか」
「あい」
「さっき・・前を通ったな」
宿に入る。受付の娘に身分を名乗る。
「あの・・わたしですが・・」
『女子会』の東門担当だった。
「・・変装、上手いな」
「ずっと素っピンですが・・」
ポルトリアス家家臣ダミヤン・ベタンソスの部屋を訪れる。
続きは明晩UPします。




