150.詐欺師に会って憂鬱だった
メッツァナ最高級宿のホール。
ギア・ユンクフレヤ、俯き気味に相手の顔を見上げる。
「いや、恐縮すぎて」
相手に悪意があるとは思わない。死んだ親父の友人だ。
だが善意だけとも思えない。兄が事業を立ち上げて苦労をしているとき「助力は惜しまない」とかは言わなかった。
業界の顔役だ。嫌われて碌なことは無い。だが下手に頼ると面倒な気がする。
こうして時折お相伴に預かって美味い酒が飲めれば十分だ。こういう縁故は極力温存して置くべき手蔓なのだと思う。
「まぁ、会うだけ会ってみるがいい。決して損はしない。そのうち連絡させる」
・・ああ、面倒だ。
「ときにお前、意中の人とか居ないのか」
「・・いやぁ、義姉さんの再婚相手に手を挙げようかな」
・・こう冗談で誤魔化せば執着い勧誘もあるまい。
互いに盃を傾けて会話が途切れる。ほっとする。
◇ ◇
見回すと少し遠くに、やたら美男の司祭かなんかが居る。あれは詐欺師だ。
金持ち女が食い物だ。
それが証拠に向かいに座っている女、一見して金持ちである。ごてごて装身具は付けないが耳飾りはこの距離でも判る真っ赤なルビー。富豪クラスだな。
だが背中から腰のライン、妙に美しい。尋常でない。あれは素人じゃない。
裏社会の匂いすらする。
あれ? どっちが詐欺師だ?
もしかしたらプロ同士の衝突激戦中とかだろうか。
世の中、面白い光景に出会す事も有るものだ。
◇ ◇
アグリッパの町、東門。
やって来たポルトリアス伯の家臣、矢鱈名乗るなとは言われて来たが『伯爵家の名前を出して威張り散らさぬように』釘を刺されたという程度に解しており、入市審査で身分を名乗ることに何も懸念を抱いていない。
同家の家臣が『暗躍した後に消息を断つ』などという事件が続発している事など露にも知らぬ。
当然、自分が主君の家名を名乗ったから尾行されているなどと知る由も無い。
なんら悪びれる事なく大通りを歩いていた。
実は、そもそも尾行の必要さえ無かったのである。
大聖堂代参の仕事のついでに面識のない同僚にと手紙を預かっただけだ。だから本来業務でない人探しなどは、地元の雑務系ギルドでも探して、そこに依頼を出す予定だったのである。
ギルドといえば金細工師のギルド、両替商のギルドなど誰でも知っている。
そして、分類不能なその他諸々の職人を十把一絡げにまとめるギルドが有るのも常識だ。そんな中に『人探し』職人とか『お使い小僧』を仕切る親方がいるはずと漠然と思っている。
ただ西国人の彼が『冒険者』とか『探索者』とか言われて、『人探し』や言伝の業務と結びつくかと言われると、多分ぜんぜん結びつかない。
薬剤師のギルドにいる薬草探し職人が、薬草以外諸々の探し物も請け負うことは知っていたので、まず薬剤師ギルドに行く心算だった。
ただ順番としては投宿が先である。
大聖堂にお参りするのが第一の仕事であるから、内郭入り口に近い参詣客向きの宿屋街へ行く。
「信心篤いお客様に福が来ますように」
「いや、実はそんなに篤くないんだ。ご主君様が願掛けなさるんで、家来は名代であちこちお参りさ」
「ほら、旅行が出来て福が来た」
「ときに、この町で『人を探して手紙届ける』なんて仕事を請け負う業者ったらば何処のギルドを探しゃ良いかね?」
「そりゃお客さん・・おいッ! 小僧ッ!」
入り口でちろちろ覗いていた『下町血風隊』の少年、女将に見つかる。
「こいつらだよ。うちでよく使う」
◇ ◇
メッツァナ。メッツァナ市内からは出たが、まだメッツァナ郡の中。
まぁ郡庁も市内にあるのだが。
郡警備隊も市警からの出向者で成り立っているようなものだ。
要するにメッツァナ市と自治村いくつかで出来ている郡で、実質メッツァナ市におんぶの郡である。
五十人の『巡礼』を引率するヴィオラ嬢の足取りが、重い。
当地の冒険者ギルドに女三人有名人あり。
三とは悲しい数である。二人仲良くなると一人仲間はずれだという。
そして女三人では、十代後半が二人に二十代末が一人なのであった。
三は悲しいのだ。
いま、ベーニンゲンの雌ゴリラが玉の輿に乗って未来の男爵夫人であるそうな。スカンビウムの泥鼈娘は出奔中だ。南へ行った。
残ったメッツァナの蟷螂女二十代末が、いま足取り重い。
「ああ、寿退職・・視野に入れとくかな・・」
◇ ◇
「この辺、気味悪い場所とか有るんだって?」
ディア、意外に怪談が好きだったりする。
「いっぱいありますよ。そんな場所、州境近くにはね。東に南北戦争でチョーさん一門が晒された場所。真ん中には怪談の舞台『杭ノ森』。そして西には町の処刑場です」
「処刑場?」
「もっと西です。近くありませんよ。最近じゃ狼が出て何人も食べられちゃったり村ひとつ焼き討ちにあって全滅だとか色々ありましたけど、街道からは遠いです。此方は安全ですよ」
「『村ひとつ焼き討ち』って穏やかじゃないわね」
「その昔、嶺東州から叛徒の家族が逃げて来て、森を拓いて作った隠れ里とやらが有ったんですよ。それが『親の恨み!』とか言って再戦挑んで、またボロ負けして逃げ帰って来たんですって。それで里で家族と無理心中して哀れ全滅」
「男の変な意地に巻き込まれた家族がたまらんわね」
「その後始末が大変だったんですよ。うちらずっと、叛徒遺族が隠れ里作ってるの黙認してたんですからね。ほら、女子供に出てけって言いづらいでしょ? だけど子供はいつか大人になるんですよ。痛い教訓でした」
南に鬱蒼とした森が見えて来る。
◇ ◇
アグリッパ、冒険者ギルド。
「それでお前、受けて来ちゃったのか・・」
「だって、いつもの小母ちゃんの紹介だもの」と『血風隊』のベン。
「いやまぁ・・いいんだけどさ。つまり、まったく悪気のねぇ奴が来たって事か。ある意味、正攻法で来た訳だ」
・・これ、もしや『アグリッパの町が火の海になる』って怪獣大戦争の危機じゃねぇのか!
「こうしちゃおれん!」
手紙を握り締めたマックス・ハインツァー、慌ただしく席を立つ。
◇ ◇
ウルカンタ。VIPルームの女たち、優雅な午後を満喫している。
貴族家の献酌侍従みたいな格好をした従業員が飲み物を置いて帰ったところだ。
「こんなふうに冷やすって、もしかして山の氷室?」
ウルカンタは北の大司教領との境界にけっこう高い山もあるので、メッツァナで南岳から取り寄せるより寧ろ価格が安いのだ。
「リベカの旦那さんがこの街に目を付けてたって、アリだよね」
ちょっとした高級リゾートだ。
「まぁ、こんなVIPルームそうそう泊まれないでしょうけど」
「あのヨーゼフって役人、ただの若造じゃないね」
「ちょっと惜しくなった?」
・・無論この街に店を出す利権のことである。ヨーゼフの事ではない。
◇ ◇
メッツァナ最高級宿のホール。
ギア・ユンクフレヤ、亡き父の友人が帰ったあと人待ち顔。
「まぁ『軽く飲んで待ってろ』とは言われたものの、酔っ払っても不味かろう」
・・面倒くさい。
と、突然話し掛けられる。
「何か悩んでますね?」
気配をまったく感じさせずに音も無く近づいて来ていたのは、先刻の美男すぎる司祭かなんか・・つまり詐欺師だ。
邪気を毫も感じさせぬ柔和な笑顔。合唱隊のトップ歌手のような美声と控え目な話術。理由もなく湧き上がってくるこの安心感。
・・こいつ、一流だ。・・詐欺の。
「ふぅん・・。つまり相続なさる亡き兄上様の資産の中に、義姉殿の婚資が相当額混ざり込んでいると。そして兄上様ならいざ知らず、ご自分にはそれを義姉殿から投資として預託頂ける自信がない。いや、人徳が無いとお悩みなのですね・・」
・・詐欺師と気付いてる相手にすら、ぺらぺら喋らせちまう此の話術。すげえよ本物の詐欺師って。
「ふむ。自分を分かっている男か・・。面白い」
また誰か来る。
・・め、面倒臭ぇ!
続きは明晩UPします。




