149.金が絡んでも絡まなくても憂鬱だった
メッツァナ。『巡礼』たち、南岳大聖堂へのお詣りに出立する。
昨夜から酔い潰れてた7人の所為で、予定時刻を大幅に過ぎて始末ている。
「どっちのコース?」
「参道で」
・・嶺東州の村々を経由して行ったらこの連中のこと、絶対ふらふら迷子になる者が出ますッ、と目で言うヴィオラ嬢。
「おお、さっすが! 短期間で其処までよく掴んだ」
文書上はメッツァナ冒険者ギルド、『巡礼』一行の安全のため警備員を同行さす契約だが、実際は勝手に遊びに行っちゃって逸れる不心得者を捕まえるのが彼等の仕事だ。まぁ実際『安全のため』には違いないが。
◇ ◇
「ヴィオラ姉さん・・」と話し掛けるのは見送りに来た受付職の若手マリア嬢。
「スカンビウムのアンヌマリー嬢が急に故郷を去ったって話で、調べたんですけど確かに、引退したエルザ・マイエルバッハが現役復帰して受付やってます。本人の足取りは・・」
「エルザって! むかし『女マイスター誕生か!』って騒がれてた、あの?」
「・・本人の足取りはウスターで情報が途切れてます。ただ、エルテスに向かったらしいとだけ」
「なんと泥鼈娘が出奔!」
「それでヴィオラさん、エルテスまで行かれるなら何か情報仕入れて来て頂けないでしょうか?」
ヴィオラ嬢、企画力が売りの営業職という感じだったが、最近なにか思うところ有ったのか屡く現場に出る。
「なんと泥鼈娘が出奔ねぇ・・」
韻を踏んで二度言う。
「なんせウスターは、エルザ・ブロッホの婚約話で持ちきりで、アンヌマリー嬢の噂なんて描き消されちゃってまして」
「エルザ・ブロッホが婚約ぅ?」
「殿様の従弟さんと玉の輿って大騒ぎ。次期男爵夫人ですよ!」
「あんの野生の雌ゴリラが!」
「豪傑騎士のお嫁さんで、お似合いカップルだってお祭り騒ぎ」
ヴィオラ愕然。俄然足取り重くなる。
◇ ◇
メッツァナの三百代言人ハルト・シュルケ、いいカモの後ろ姿を見送りつつ実にご満悦という表情。
亡き兄の遺産まるまる頂いて義姉を唐傘一本で追い出そう、という腐った根性が大好きである。彼には親近感を越えた感情すら覚える。すき好んで敵を作りそうなタイプだから、今後自分の出番たくさん有りそうだ。
ただ少々気になる事がある。
最近この商人の町で、以前より騎士っぽい人間を見掛ける事が増えた気がする。奴ら、いやらしい未亡人好き特性持ちの粗暴な人種である。話の通じぬ喧嘩好きの横車押し、しかも強欲だ。
寡婦だまして金ふんだくる仕事には、こんな厄介な敵は他にいない。
「注意するポイントは、そこくらいだな」
干そうと思って口に近づけたエールのジョッキが空だった。
肥満体を震わせて、笑う。
◇ ◇
ウルカンタの街、合同庁舎別館。
昔ここがカンタルヴァン伯爵の居城だった頃の伯爵私邸跡らしい。VIPルームに通された女三人、まだ姦しい。
「あのナンパ騎士、きっと今夜来ますよ。リベカさんご注意。それとも逆にゲットしちゃいます?」
「ちょっとお前さん、あたしは目じゃないとお言いかい!」
「僕だって目じゃないじゃないですか。一緒一緒」
「・・って、お前さんの男装パーフェクトじゃないか。美少年見てあたしゃ思わず襲っちまったよ。あはは」
あんまり笑い事でも無さそうだが三人とも楽しそうだ」
「しかし、いいお部屋ですね」
「庭にテラス付きだよ」
テラスの席に移動すると港が一望でき、絶景である」
「へえぇ、こりゃ殿様クラスに提供する部屋だね」
徴税権を盾に全ての船を足止めする『お邪魔』湊である。足止めされて不機嫌な者を気分良くさせるあらゆる工夫をしている感じだ。
公営の賭場まで有ると聞く。
「さて義弟のグリードさんでしたっけ・・」
「ギア」
「そう。ギアさんに相続権が行くのは仕方ないとして、なんだかゴリゴリ来そうな感じですよね」
この世界の相続法は、血族集団からの財産流出を嫌うのが第一原理である。嫁の再婚で外部に金が流れるなど絶対禁止事項だ。
男児を産んでいない嫁の立場は極度に弱い。嫁いだ娘が死んだら実家が持参金を回収に来るくらいだ。婚ぎ先の側も、受け入れた嫁の事は精々が『本人一代限定で生活保護する』程度で関の山だが、その保護の程度もピンキリである。
夫が死んだら息子を実家に預けて早々と再婚する旧帝国の女も大概だが、寡婦は修道院行きが常識になっているこの国もこの国である。
「聞いた印象だけで其処まで言い当てる勘も大したものですわ。義弟ギアって男はぶん取るやゴリゴリ、強乞るやチュウチュウ、使うやパカスカの男です。フローが大きい」
「んで、気が強くてエラソーと」
「だけど、やることは早い。主人と似てるような・・似てないような・・」
「で、そのゴリチュウパッカー、どう来ると思う?」
「霹靂男で見当も付きません。ホーエンゲルトさんが頼みです」
「ねぇ、相続権は手が付けられないけど、商会を譲るか精算しちゃうかは決定権が此方に有るんですよね? リベカは気分悪いかもしれないけど、事業譲っちゃって忙殺するって手もあるんじゃないかな」
思わず呼び捨てになってるオクタヴィアン。
「うーむ、策としちゃアリだがな」
「ごめんなさい。最後の手段に取っとくわ」
◇ ◇
アグリッパの町、東門外。
下役人が、入市審査の行列に沿って歩いてアナウンスしている。
「入市に必要な出身地証明は、市内在住商人からの発注書と納品書のセットで代用出来ますので手元に用意してお持ち下さい。審査が早く済みます。市内営業鑑札をお持ちの方は身に付けて、並ばずに衛兵に見せるだけで直行して下さい」
連呼して歩く。
「家紋をお持ちのお侍さまは前へ進んで、短かい列にお並び下さい。紋所を見せて家名を名乗られれば名鑑と照合するだけです。ほとんど待たずに入市できます」
偉そうな奴は最初から並んだりせず押し通ろうとして問答になる。アナウンスを聞いて前に進む侍は滅多にいない。
寧ろ、目立ちたくないから並んでいたが遂に業を煮やした奴とかだ。
その男、受付で物静かに言う。
「この短刀は主家ポルトリアス伯から拝領の品で、某の名は・・」
「御主君のお名前だけで信用十分ですよ」
あっさり済む。
ただし尾行が付いている。
◇ ◇
メッツァナ最高級宿のホール。
ギア・ユンクフレヤの姿がある。
先刻ゴリチュウパッカーと命名されたが、その名は無論まだ通用しない。
裕福な商人と思しき初老の人物と一緒なので『チュウ』段階なのであろうか。
「兄上はお気の毒だったな。これからという時だったのに」
「子供も授かる前に、残念です」
いや残念でない。小躍りしている。必死で堪えないと満面笑顔になってしまう。
「君が事業を始めるなら、助力は惜しまないよ」
「ありがとうございます。心強いです」
遺産だけ貰って寝て暮らすのは一番楽でいいが、他から援助を引き出せる当てが有るなら利用しないのも勿体無い。
しかし、見せ掛けで事業継続の大見えなど切っても簡単に見破られたりするから実業界の人間を舐めたら駄目だ。
先日もウルカンタの小役人、態度が妙に刺々しかったが、あれは兄が唾付けてた有利な物件を、転売する気満々なのが見破られていた気がする。
俺はこの『顔に出やすい癖』を克服しないと美味しい目には遭えないだろう。
このギア・ユンクフレヤという男、正しい洞察も刻苦勉励もするのだが方向性に若干の問題があるようだ。
「遺産分割協議は一つのヤマだろう。その気があるなら良い助言者を紹介しよう。会ってみるか?」
お目付け役を送り込む気じゃあるまいな。
猜疑心が湧き上がるギア。
続きは明晩UPします。




