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148.煩悩多くて憂鬱だった

 メッツァナ最高級宿のホール。


 三百代言あくとくべんごしギーリクが大手業者『ギガント水運』会頭を焚き付けている真っ最中に思わぬ闖入者。

 瑠璃盃片手に黒天鵞絨のプールポワンで男装した麗人の登場だ。

 嫌な予感しかしない。

「・・お貴族さま・・?」と身構える。


「盗賊が奪った快速艇の事だろう? 賠償を要求したいが債権を持ってる訳じゃあ無いから、仮処分申請で揺さぶりを掛けて行こうって作戦なら、少々間怠いね」


 瑠璃盃の中の無色の液体を舐めた舌が濡らす薔薇色の唇にギガント会頭の視線が釘付けになる。


「スカンビウムが舟を返還しないのは何故だと思う? 強盗を捕らえた男は犯人に掛かった賞金は受け取ったが、鹵獲した舟の所有権には何も言っていないからさ。善意の第三者が戦闘の末に得た鹵獲品だ。所有権を主張していいだろう?」


「そのとおりです。快速艇の奪回を依頼された冒険者とかとは違います」

「僕が雇い主だ」


「ようがす。旦那の言い値でその舟、うちが引き取りまひょ。遺族の補償に充ててくんなまし。うちゃ銭金じゃあなく、スネールのシミっ垂れ野郎に一発喰らわしてりてぇだけだ」

「よく言った。『ギガント』さんって言ったね。贔屓にさせて貰うよ」


 麗人、席を立って大階段の方へ去る。

 市警の付けた護衛らしき者、数人ぱらぱらと立つ。


「大物だった・・みてぇだな」

 幸いなことに、嫌な予感は当たらなかった。


                ◇ ◇

 ウルカンタ。

 小さな街だが小綺麗で居心地がいい。


「旦那さん、業者相手の貿易業だろ? ここに小売の直営店出そうって、結構いいとこに目を付けてたんだな」

 関税徴収ですべての船が停留させられるから、すべての乗船客が少々時間ひま潰しに下船するし、入港の時刻次第では宿泊する。


「番頭に店を任せて、ゆくゆくは暖簾分けとか、いろいろ二人で計画してたみたいでしたけどね」

 みんな画餅。

義弟おとうとさん、色気出してる訳か」

「せっかく主人が一から信用築いて来た商会なのに、後からちゃっかり受け取ろうって・・根性が気に入らないわ。自分は親の財産食い潰して、主人が資金難の時も舌しか出さなかったのに」

「口じゃなくて?」

「文字通り舌出したわ」


「お役人に『いけ好かない奴』って言われるなんて、一体どんな口の利き方したんでしょうね」

「基本的に『対人関係ダメの人』かな。経営とか無理無理。破綻見えちゃう。まぁ義父上おちちうえさまのご遺徳で商業ギルドには甘やかしてくれる人は居ますけど」


 基本、女の相続権など微塵も認めない男性中心社会だが『寡婦に優しく』という社会通念も強力だ。なにせ騎士叙任の宣誓常套句にも織り込まれるくらいだ。

 ことに血統主義の方が強い貴族社会では入婿による家系乗っ取り等も非常に強く忌避されるから『女城主』のような男性中心社会へのアンチテーゼが存在する。

 貴族社会には、他にも『貴婦人崇拝』のような非・男性中心社会的要素もあって不思議だ。


 そして、男性中心社会の牙城である商業ギルドでさえ『再婚までの繋ぎ』だとか『子供の成人まで』といった例外規定で女性のギルマスを認める慣行もある。

 したがって彼女が『商会を清算する』と意思表示すれば、義弟には財産としての相続権はあっても自動的に商会を相続する権利など無い。

 さっきの役人は、その辺よく分かってて『いけ好かない奴』を排除したがってる訳である。


「僕、この街は三度目なんですけど、足止め食らう人が『止められた』感を味わうの減らそうって結構気合い入れてるっぽいんですよね。さっきのお役人、義弟おとうとさん気に入らないってより、トラブル起こしそうな臭いを嫌ってる気がする」

「ああ、あれ・・色々狙って商会継がせないよう働きかけて来たな。目先の銭の為みたいなこと言っとったけど、そりゃ二の次かも知れん」


 いろいろ裏を読む女たち。


                ◇ ◇

 メッツァナ、『巡礼』たち、まだ宿にたむろしている。

「まぁぁったく! 予定が狂っちゃうわ」

 薄々自分が原因と気付いているヴィオラ嬢、怒って誤魔化しては自己厭悪する。

 ちょっと出来心で、ディアに影響されたのだった。


 そのディアが現れる。

「すっぽんさー様にOK貰って来たわ。ブルクラーゼの町までは無理そうだったらゴルドーで一泊していって」

「ふ・・太っ腹っ!」

「あのひと、人間の本質が賭博師ギャンブラーだから」

「ねぇ、カルタの勝負でお城を取ったって噂は・・」

「それは嘘。それに近い大勝負で勝ったのは本当だけど」


「お互いお忍びで嶺南候様とカルタ勝負して、そんときは負けたってのは本当」

「えらい人って、何やってんのかしら」

「ストレスも多いんじゃない?」

 それは嘘だ。


 未だ酔い潰れている七人が歩ける状態になるまで、出発は待機となった。


                ◇ ◇

 アグリッパの町、東の城門。

 入市審査官の横で、どこにでも居そうな服装した、どこにでも居そうな顔の女がアシスタントをしている。

 審査官の作った書類を証憑資料と一緒にまとめて書類保管箱に収納しまう目立たない女子事務員。冒険者ギルド『沈黙の女子会』チームを知っている者も、四人のうち誰だか多分わからない。


 審査官、村内で生産できぬ必需品を買って来いという村長の命令書を見て、その鞣革の切れ端に捺されている村の公印を見ては事務員の渡す巻物にある村名一覧と照合する。

 此処迄しないと、移住の自由がない身分の者の移動を承認できない。審査待ちの列が長い訳である。


 ちなみに、移住の自由が無い身分の者が、一年以上に亘り原居住地に復帰せざる場合、非自由民は自由を獲得する。それは所有者が権利の上に眠ったことを意味し管理能力無き者と断ぜられるからである。無論、悪意を以て匿蔵せる場合は係争の種となるので、斯様に善管義務を果たしている事実を記録するのであった。


 彼女ら、この何時迄も延々と続く『待ち』の時間が苦痛でない。あたかも事務員が本業であるかのように勤勉かつ淡々と労働している。

 表の日陰で膝を抱えている『下町血風隊』の少年は駄目で、なんか体を動かしていないと眠くなってしまう。

 眠くなってしまう。

 あ、寝た。


 列の後方から、人。

「相済まん。いや後列うしろから相済まん。士分の者は簡易審査と聞いたのだが、同じに並ばねば成らぬのか?」

「いや、家紋で本貫が一目瞭然のかたは、見せるだけで通って結構です」

「それなら最初から列を分ければ良いのでは?」

 成る程と納得する審査官。


「あ、きみ! アナウンスして来て呉れないか?」

 審査官、読み書き要員として教会から派遣されたバイトであって本当の役人ではないから、業務の流れを変える提案など自分からはなかったのであった。


 言われて初めて声を出す『沈黙の』女性冒険者。


                ◇ ◇

 メッツァナ、繁華街近くの飲食店が軒を連ねる袋広場。

 悠然と三杯目のエールを飲んでいる八の字髭の男。白い膨張色の上着でますます太って見える。


「三百代言のシュルケさん?」

 対照的に細っこい遊び人ふうの男が訪ねて来る。


「依頼かね?」

「たくさんお金をふんだくりたいんです」

「いいとも! 女神が『金の斧? 銀の斧?』って聞いて来たら・・」

「・・聞いて来たら?」

「迷わず一発やる。それで二本ともあんたのもんだ」


 二人、乾杯する。


                ◇ ◇

 メッツァナ、南門。

「それでは、本日より巡礼さんらしく徒歩の旅です。健康第一で参りましょう」

 ヴィオラ嬢に仕切らせて楽するディア。

 これまでは貸切の船の旅だったので50人を二人で馭せたが、歩きだと無理だ。行方不明者が出る。


「俺たちのお蔭で美食村ゴルデーでもう一泊だって? ふふふ、お前たち、俺らに感謝するのだ」


 歌う。

   ”三千世界の烏を殺し、あなたとお手玉してみたい ♪ ”



続きは明晩UPします。

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