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147.誰でも闖入者がいると憂鬱だった

 メッツァナ、港湾付近。

 裕福な船客向けに小洒落た宿が有る。

 オープンテラスで軽い食事や商談が出来る。


「なにこれ、美味しいわ」

「白葡萄酒を嶺南名産の発泡鉱泉水で割った飲み物で、最新話題のと或る貴婦人が流行らせたんですって。とってもお洒落ね」

 ギーリク・ホーエンゲルト、流行に敏感だ。

「手形が無事に戻って来たのは二重にラッキーよ。これが使われていたら、預金がごっそり抜かれちゃったわ。それと、ご主人の死去で口座が閉鎖されちゃっていて遺産分割協議が整うまで金融屋は預金を引き出させてくれない。でも、署名入りの手形があるから、これは所持者である奥さんが現金化して使える」


「でも、ポッケに入れちゃう事も出来たのに、ブラーク男爵様って高潔なかたね」

「まぁ・・功徳は巡って環って来るものとか、信仰でなく処世訓で信じてるタイプかな・・」

 ちょっと嬉しそうなオクタヴィアン。


「奥さんの持参金、というより実家の財産をご主人の事業に投資した形になってるから、これを上手く引剥がさないと遺産分割協議が乗り切れないわ。ここはひとつ任せといて」

「じゃ、わしらは亡きご主人が行く筈だったウルカンタに向かうわい」

「僕が案内します」


 定期船の出航時刻が近づいて来る。


                ◇ ◇

 メッツァナ中心街。

 ポルトリアス伯爵家家臣ディエーゴ、困惑している。


「だから、ここぁ空家だっせえば」

「教会が空き家って・・どういう・・」

「夜逃げ、しただぁよ」


「教会が夜逃げだなんて、そんな・・」

「こそこそ逃げただ」

 意味がわからない。

「どうしました?」

「あ! お巡りさん! 助かった。此処の教会は?」

「夜逃げしました」


「えー!」

「エルテスの僧兵が攻めて来るとか意味不明なことを言って騒いでると思ったらば燭台とか銀食器とかから聖具まで売り払って逃げちゃいました。内妻連れて」


「じゃ・・この町には教会って?」

「今、左官屋さんが水回りの工事中です。司祭さんなら市役所の礼拝堂に居ます」

「じゃ、教会便のお手紙とかは?」

「市役所で大丈夫です」


 アヴィグノ派、評判悪そうだ。


                ◇ ◇

 安くてお得な良い宿。

 例の『巡礼』たちが朝食中。


「七人も足りないって、どういうこと!」

 ギルドのお姉さん怒っている。

「いや、近くまで一緒に帰って来たんだよ。ところが寝床に戻って来ねえ」

「最後に交わした言葉とか、覚えてません?」

「うーん・・」


「そうだなぁ・・えっちなお姉ちゃんギャップ萌え・・とか」

「!」

「ミリヤッド! 一緒に来て!」

 小走りに階段を降りる。

 走る。


 果たして、路地裏の植え込み蔭に六人・・七人。

「こんなとこで酔い潰れて、もうっ!」


「やれやれ。とりあえずベッドに運ぶから、大の男をかつげる奴、呼んで来て」

「姐さん。俺、真剣に考えるから」

「真剣に呼んできて頂戴」


                ◇ ◇

 寡婦ら三人組、出港する。


「どうする? スカンビウム・・寄ってくかい?」

「いいわ。今さら仇の目玉つついたって何の溜飲が下がるでなし」

「ははは。逆に溜飲上がって来るわな。気持ち悪いだけだ」

 ・・目玉はとっくに烏が食ってる、とは言わないことにするオクタヴィアン。


 間もなく河原に、吊るされてる男二人と磔みたいなの一人、遠く視界に入る。

 他の船客が口々に安堵の声を漏らすが、三人は反対側の舷側に移動する。


「ウルカンタに店舗を出す計画だったんですね?」

「いい条件の出物があるからって物件押さえた矢先の事でしたわ。なんとか違約金値切らないと」

「ギーリク連れて来りゃ良かったかな」


                ◇ ◇

 アグリッパ、冒険者ギルド。

 ウルスラ胸を張る。


「クルトの容態! 劇的に改善しましたわ」

「どう良くなったんだ」とマックスなおも心配顔。

「毛穴から吹き出して部屋中に充満するようだったイロ気が抜けて、ぐっと尋常まっとうな人間に近づいたんです」

「おまえ、それを『近々に復帰も出来そう』って言ってたのか!」

「だってイロ気じゃ人は病気になりません」

「クライアントが辟易すんだろ」

「大丈夫。むくつけき野郎相手に専念させる予定でしたから」


「ま・・教会に目ぇ付けらんなきゃ良いけどな。で、どうやった?」

「それが『瀉血』の応用なのです! わが協会屈指のえっち娘プロサピナちゃんに『瀉血』して貰いました」

「ああ、ホネだったわ・・。でもこの調子ならば三晩でひと並み、四晩でパサパサにできるわよ」

「三晩で止めとけ、死ぬから」


「でも気になるのよ。あいつの口走った暗い闇の妖精・・薔薇の唇に百合の白肌と咲き誇る黒髪のカール・・なんか聞き覚えがあるの」


「あいつの妄想だ。ほっとけ」


                ◇ ◇

 泝流のぼりだと一泊二日のウルカンタ〜メッツァナ間。下りだと呀ッとも思う間だ。


「さぁ、気を引き締めて参りませんとッ」

 下船すると三十路手前くらいの軽い感じの騎士がすっと寄って来る。


「もしかして、『ユンクフレヤ通商』のリベカ夫人?」

「は・はい。貴方様は?」

「ここの責任者です。ヨーゼフとお呼び下さい」


「わ・私をご存知ですの?」

「いや、存じません。ただ、雰囲気で・・ぴぃんと」

 エルダが「こいつ油断がならないね」と目で合図して来る。


「亡きご主人が賃貸契約を結ばれたのは合同庁舎内の一等地で、それはもう大変な優良物件なのですが・・キャンセルなさりたいですよねぇ?」

 オクタヴィアンが「こいつ絶対リベカさんの肉体を狙ってるから、気を許しちゃ駄目!」と目で合図して来る。


「亡きご主人、目がお確かと云うか機を見るに敏と謂うか、直後にすぐ倍近くまで値が付いたのですよ。嗚呼勿体無い」

 勿体付けて来る。


「商人の世界の常識は知らぬ。ただ、川から掬い上げて納棺までしたひとの遺族が困り居るのを見ぬふりは出来申さぬ」

 オクタヴィアンが「ほら! こいつ・・美しい御婦人から金などは取らぬ。ただ他の物を・・」って言うぞ、と目で言う。


「すべて無かった事にして、た一から再募集を掛けるなら、今のと倍額で契約が取れるのですよ。ところが『自分ユンクフレヤ通商の次期当主だ。元通りの条件で契約続行だ』と言って来る男がいる。ギア・ユンクフレヤという者だが」

「主人の弟ですわ」

「いけ好かない奴なんですよ」

「あ、それ・・同感です」


「嗚呼、もし夫人が『ユンクフレヤ通商は清算する。事業は継続しない』と仰ってくれたら、一年分の先納家賃と敷金はまるまるお返しするのになぁ」

「あ・・こいつ『女の肉体は好きだけど、お金はもっと好き』な奴だ」

 と、オクタヴィアン目で言う。


「今夜はウルカンタにお泊まりですか? よろしければ、旧伯爵邸だった市庁舎のV IPルームが有りますが」

「お願いします!」

 エルダとオクタヴィアン、声を出して言う。


                ◇ ◇

 メッツァナ最高級宿のホール。

 名物の鉄板焼き料理を食する人々。

 一般的な鉄串焼とひと味違う工夫が評判だ。一部のひとを除いては。


 昔の南北戦争で、恐ろしき鉄板焼の刑にて某伯爵家の人々が虐殺された、という都市伝説を信じている人を除いては。

 実際は鉄串で焼かれたのだった。


「わが『ギガント水運』だけじゃないぞ。皆が怒ってる。あそこは業界の決まりを破る常習だ」

「スピード優先です。差押えは無理でも、処分禁止の仮処分を申請しましょう」

「ああ! スカンビウム町役場が快速邸を返還する前に申請しないとな!」


「業界のことは知りませんけどね。船会社が顧客に責任押し付けて、あろうことか顧客の遺族を困らすってのが・・市民として黙ってられません」

「同業界だって、そうだ。恥ずかしいことだ」


「あら・・女を泣かせてる業者とか、いるの? 嫌な話を聞いちゃいましたわ」

 男物のプールポワンを着た美女、瑠璃盃片手にふらりと来る。


 もの凄く嫌な予感のする代言人ギーリク・ホーエンゲルトであった。




続きは明晩UPします。

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