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17.聞いてる皆も憂鬱だった

 ゴブリナブールの町から然程さほど遠くない某山頂、ルーゼルのお代官フォクト眉根に皺寄せ重々しく口を開く。

「ゴブリンは敵性亜人種・・皆は、左様そう思っているのだな」

 誰もが息を呑まぬ筈がない。


小鬼ゴブリン共は、まごう事なき・・ヒトだ。我らと同じヒトなのだよ」

 雷に打たれた雷帝ナブコドノゾールも斯くありけむ。

 水を打ったような静けさ。

「古い遺骨を幾度も繰り返し精査したが、結果は毎度同じだったのだよ。うち続く酷い飢餓は、ヒトの外見をこうも変えて仕舞うのだ。彼らは、飢えて育った十代も前半の子供たちなのだよ」

「な・・なぜ!」と誰かが叫ぶ。


「昔の事は知る由も無いが、少なくとも十数年前に当地を支配していたトゥブロクスキ伯爵が、異民族の戦争捕虜を多数入手した事までは判った。・・・のだが隠し鉱山の運営や捕虜達への非人道的な扱いへの関与までは暴き切れなんだ」

「隠し鉱山!」

「どう洗っても、民間の悪徳業者の所業しか出て来なんだ。それで大司教様は裏で搦手を使って、別件で伯爵を改易に追い込まれたのだ。いま当地が大司教領でなくアグリッパ大司教管理地に為っているのも、其の名残りだ」

 重苦しい空気が流れる。


「『人は同じ神を崇む者を奴隷にること罷りならぬ』という教会法は異教徒なら奴隷にしていという意味では無い。改宗へのいざないなのだよ。それを逆手に取って鉱山主らは虐待三昧。我らが摘発した時は既に異国人の鉱山奴隷は過酷な重労働で皆な虫の息だった。女児らは悉く売り払われ、男児たちは・・」

「男児たちは?」

「行き違いだ。我らの手入れに狼狽した見張りの目を盗んで、山奥へと逃げ込んだ後だった。無法乱伐で坊主になった山へと逃げ込み、鉱毒で獣らすらも死に絶えた奥地で、どう生き残って来たやら。あの当時、まだ悪徳業者ですら苦役に駆り出せなんだ幼児なら今も子供であろう」


「それが、今になって突然出てきて町を襲ったのは・・?」

「其処はそれ・・男の子ばっかりだ。年頃に成ったのではないかな、ははは」

「お代官。それ、笑い事じゃないですよ」と、クレア。

「彼らが犯したのは重罪だ。だが、彼らから教化の機会を奪い獣の暮らしをさせた犯人は他にいる。違うかね?」

「相身互いと?」

「彼らの母親や姉妹が、如何どういう運命を辿ったかも想像して見られよ。此処はひとつ時間を巻き戻して、彼らにヒトとして生きる機会を与えたい。これが、アグリッパ大司教座のお考えだ」


 いやまあその・・『事なかれ主義者』とか『八方美人型』とか誹られる事も多い大司教座だが、そっち方向へ筋金が入っていると言えるかも知れない。

 お代官、小さな声で・・

「昔、鉱山で救出した異国人奴隷、実は何人か持ち直して生き延び、改宗したので解放奴隷として自由人にした。いま儂の部下にるんじゃ」


                ◇ ◇

 どうやら『小鬼ゴブリン』らも『貞操』的な意味で大きな傷を負ったと思われる婦人達も教会が面倒見るようだ。

 宿場の体裁を気にする町自治体ゲマインデの思惑も有之これありで、この事件も直き都市伝説ならぬ田舎の伝承として消えて行くだろう。


「もともと俺らには関わりの無い話だ」と、ディードリック。

「そうね」

「約束だ。船より早い特急便で、南のカンタルヴァン伯爵領まで御案内致そう」


「ホルスト殿、この騎獣は?」

「優秀なる馬喰ばくろの傑作だ。色々と交配を重ね、道なき岩山の斜面を難なく踏破する騎獣を得た。えにしあって我が部隊に何頭か納入して呉れておる」

「俺たちでも乗れるのか?」

「少々頑固な気質だが大丈夫だ。部下に先導させる」


「感謝致す」

 二人、皆と別れて南へ向かう。


                ◇ ◇

 シュトライゼンの町、イレーヌの店。皆で朝食。

「おい、お前って元貴族令嬢だろうが。ぱんつスブリガ丸出しで足組んでんじゃねぇよ。少し慎みってモノをな・・」

「レッドったら、おっさん臭ぁい! これから南に行くんだよ。あっちじゃ普通のスポーツウェアで、アウターにも着てるってよ」

 嘘である。

 それは旧帝国の都だったトスキニア辺りの話で、この国内では南部でも、流石さすがに其処までナマ足は晒さない。・・一部の人を除いては。


「早く飯食っちまえよ。じき船が出るぞ」

「そんなに早くは出ないわよ。ゆっくり食べて行きなさい」と、イレーヌ姐さん。フィン少年に目配せなんぞるので少年赤面する。

「・・(同年配の女の子が二人も一緒だ。こいつが色気づくと少々面倒だな)」

 レッド、取越し苦労する。


「急いで行ったって、どうせゴブリナブールでまた一泊よ。あそこの次の宿場って少し遠いからね」

 実際はそう遠くない。山地に入り、遡るべき流れが強くなるので船足が遅くなり時間が掛かるのである。

「昨日の二人組に追いついちゃうかな?」

「あのお侍さん達にかい? そりゃ無いね。あの町からの出船は朝一番だけさ。でないと陽の有るうちにウルカンタに着けないからね」

「逆に言うと、彼らが何か面倒ごとに巻き込まれて船の乗り損ねてたら、今夜はご一緒ってことか」

「そうなるね」


 アリ坊、また樽詰め確定である。


                ◇ ◇

 州境に近い山岳部。

 クレアとディードを先導する騎兵が彼方を指差す。

「西に見えるあの峠を越えるとウル=カンタルヴァンの町です。しかし、南の峠を目指す方が早い。カンタルヴァンの城下へ入り、セベルニー湖からサーノの渡りを抜けてレーゲン川へと戻れば、流れの急になる区間をスキップした事になります。船足も早くなって快適な旅が出来ますよ」


「此処から山越えしてカンタルヴァン伯爵領へ抜けて行けば、急流を船でもたもた遡ってくより早く先へ急げるって訳ね」

「助太刀頂いた事への御礼としては些か吝嗇ケチ臭いですがお許しを」

いや当方こちらも後顧の憂いを断てて善哉よし


 三騎、南の峠越えを目指す。

此方こなたの州の君主プリンツボスコ大公と仰るのは、大司教座下と余り折り合いが宜しくない御仁ではないのか?」

「若い頃は相当トンがってた人だそうですよ。にへらぁ揉み手の座下とは如何にも相性悪そうですよねえ。ですが、彼方あちらの御家中でもカンタルヴァン伯爵ってお人は昔からなかだち取って万事丸く収めようと動いてくれる一番まともなお方ですからね。心配要らないですよ」


 まともでない人の方が多そうに言い回しに、軽い頭痛を覚えるディード。

「伯爵閣下って、どんなお人なの?」とクレアも不安そうだ。

「いや、本官も面識ないですけどね、大公の異母弟殿の御子息です。ヤバい人だった時代の殿下にズケズケもの言っても首チョンされなかった人とは聞いてます」

「大公、今はヤバい人ではないのか?」

「耄碌してて別の意味でヤバい人らしいですよ」

左様そうか」

「この山越えルートも、下手に人に知られたら伯爵が北への内通者とか謗られてもマズいので、ご内密に」


 色々とヤバそうだ。

 峠に近づく。

 北部高原の湖沼地帯が一望できる。

「峠を越えた向こうの山麓に中道派の信者さんのやってる農場があるので、普通の馬に乗り換えてその先は普通の道を行きます」


「なんだか密輸団みたいね」

「密輸なんてしませんよ。取締まる側です。だから、ルートを把握してる訳です。草木のない岩山は遠くから丸見えですから楽な警備です」

「じゃ、南側からも丸見えなんじゃないの?」

「あちらさん警備してませんから」

「あらま」

彼地あっちは、大司教領みたいに『これはちょっと教会として不許可ですよ』みたいな御禁制品とか無いですもの。船便で楽々持ち込める物を、苦労して山越えしてまで持って行きませんよ」

「つい此間こないだ、拐った女の子売り捌こうとしてた人買い一味を見つけたからボコって代官所に引き渡したばっかりよ。いや、私がたんじゃ無いけど」

「女連れじゃ、この山道は無理です。馬車道は無いし、歩きじゃあ遭難しますよ。お乗りの騎獣、そこらの馬の値段の何倍すると思います? 採算取れません」


「じゃ、逃げてくるお尋ね者とかは?」

「東から沼地抜けてうじゃうじゃ来てるから、山道なんかを監視してる手間かけてらんないんじゃ無いですかね」

「うわぁ」

「グランボスコの治安悪化は相当ヤバいみたいです。まぁ、正常まともな地区を通って行くルートでご案内しますよ。いくらディードリックさんが強くったって、面倒事とか無いに越した事ないでしょ?」

「そう言やぁ、行く町ごと面倒に首突っ込んでる気がするわね」


 横でディードが苦笑い。


                ◇ ◇

 レーゲン遡上の船端。

「ゴブリナブールの町って、変な名前! 怪物とか出ないでしょうね」

「昔の御伽噺さ」


 勿論、出ない。怪物はもう改易された。


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