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145.七面鳥も憂鬱だった

 スカンビウム、エルザの店。

 ポルトリアス伯爵家家臣ディエーゴ・ダ・コロンバ、もう腹を括った。


「ボスコ廃公子については家中でも意見が分かれてまして『迷惑な金食い虫だ』と露骨に嫌がる者もあれば、一発逆転して『次の大公殿下かも』と欲目を輝かす者も居ました。大公妃殿下の没後は『もう金貸すな』派が強くなって、でも大公殿下が老い先短いとか聞くと一発逆転狙いが勢いを増すとか、もはや下々の者には何やら分かりません」

 大きく溜め息。

「ご本人、返り咲く気満々でしたからね。いや、お金の無心をする為の虚勢だったかも知れませんけど」


「殺しちゃったけど、どうしようね」


「判りません。『よくも殺したな』って喧嘩を売るほど血縁が近くないし、貸した金すっと諦めるほどは鷹揚じゃないです、伯爵家は」


「晒さずに埋めてやった方がいいと思う?」

「そこも微妙かと。アヴィグノ過激派あたりが公子生存説なんか流布すると面倒になりそうな気もします。わたしが伯爵家に一報入れて、伯爵家が埋葬嘆願するのが筋かと。『捨ててくれ』って言うかも知れませんが」

「そうだなぁ。死亡確認はしといて貰った方がいいなぁ」


 とりあえず廃公子の横に晒される事態は避けられたかと一息つくディエーゴ。


                ◇ ◇

 メッツァナの歓楽街。

 サウルとイッシュ、娼館で警備の仕事をしている。

 警備と言っても娼館じゃ検断沙汰けいじじけんは直ぐ警察呼ぶから、警備の仕事は雑務寄りの体力仕事である。


 酔い潰れて目を覚まさない客を背負って仮眠室に運んだ帰り、ひとりの女の子を巡って殴り合いを始めた客を見付け、布団にくるんで引き剥がす。

 接客係のおばちゃんが二人に一杯飲ませて落ち着かせている間、隣室で待機だ。


「楽じゃねぇな・・稼ぐってさ」


 ・・いや、治安の悪い某町に居た頃に比べたら天国のように楽だ。

 あの頃は、金回りの良さそうな馬上の男を大勢で取囲んで、金せびろうとしたらナンと馬が気の荒い軍馬で、仲間が哀れ蹴り殺されたりした。

 だが幸か不幸か負け続けだったので、今の今まで犯罪歴が無い。


「世の中、負けて幸せなことも有るんすよね」

 ・・いや、死んだ仲間は幸せじゃないが。

 しかし地道にこうして就労日数を稼いで行けば、自然と準市民への道が開ける。彼等そこまで理解していないが、景気上向き甚だしい此のメッツァナに流れ着いた事が幸せだったのだ。


「でも、今夜は綺麗なお姉ちゃんと遊べないっす」

「おいおい、お前忘れちまったのか? えっちな新婚夫婦が夜な夜な・・」

「アッ! あの話!」

「明日は出発しちゃうって云うから、今夜が最後のチャンスだぜ」


 テッテ的に気楽な連中である。


                ◇ ◇

 スカンビウム、エルザの店の前。

 男爵の馬車に、男爵でない四人が乗り込む。

 男爵、まだ飲んでく気まんまんで見送る体勢。


「じゃヴォルフ、頼んだぞ」


 馭者が馬に跨り、出発する。

 ブラーク男爵、本人様はお気楽だが敵も結構いるので、弓矢での襲撃にも備えた構造で馬車が狭い。

 

「あの・・カンタルヴァン家のかたは公子さまの面倒を見ていたポルトリアス伯の事は苦々しくお思いでしょうね?」

 『廃』公子と『廃』を付けずに失敗したと悔やむディエーゴ。


「当家の主は大公殿下の甥御で身内なれど、大層険悪な仲である事は周知の事実。廃嫡公子どのとも不仲だったと聞きましたが、自分が代って大公の後釜にとか夢々お考えになりませぬ。『食うに困って死にさらせ』とは仰いますが援助した方まで悪様あしざまには申しませぬ」

「ああ・・『食うに困って死にさらせ』とは口に出して仰ってるんですね・・」

「はい」

 ・・わわわ、これでアヴィグノ過激派とか噛んでいたら・・

「『嶺南候襲撃未遂』事件に関与していた疑いもあり、あっさり斬首して始末った事が悔やまれます。車折くるまざきに処すべきだった」


 ・・わわわわ、しかして俺は処刑の為に護送中なのか? そういえば俺以外の三人、みんな黒っぽい服を着てるじゃないか。

「あの、しかして・・」

「ええ、お察しのとおり・・」とヴェルフ。

「・・メッツァナに報告に参るところです」

 ・・わわわわわわ。

「ちょうど良い機会です。ディエーゴさんはこの件にポルトリアス伯が不関与だと弁明なさると宜しい」


 ・・ああ、処刑じゃなかった。

 もう南部教会に帰依していい気持ちになっている。


                ◇ ◇

 メッツァナの町、夜道。

 仕事の終わったサウル達と娼館の客、足音を忍ばせて進む。


「こっちで、良いのか?」

「そんなの分かるもんか。でもあの発情新婚、宿舎が入れ込み式大部屋な日は必ず近くのどっか外でイチャ付いてるから運まかせだ。暗がりを丹念に探してきゃ絶対見つけられる」

 この男、なんだか探す方のゲーム性に憑かれてる気もする。

 かく言うサウルとイッシュも、すけべいなリワードより探索自体が楽しくなって来ているのだった。


「・・(おい! かすかだが、女の声っぽいのが聞こえるぞ)」

「・・(あっちだ)」


 全神経を研ぎ澄まし、あえかな声のするかたに、そろりそろりと移動する。

「・・(いた!)」

「・・(当たりだ)」

 僅かな月の光にも、ましろく浮かぶその影は、女の太腿に相違ない。

「・・(来た! 来た! 来た! 来た! )」


「・・(あれ?)」

「・・(如何どうした!)」

「・・(う〜〜〜〜〜ん)」


「・・(如何したんだ?)」

「・・(いや、男のあれが普通だ)」

「・・(なんだそりゃ)」

「・・(いや、すけべい若夫婦、旦那の方が俺の三倍くらいなんだよ。毎度いつも、もう若妻ぱんぱん)」

「・・(お前、解説プロか)」


「・・(普通! 良いじゃないか)」

「・・(ああ。人間普通が一番だよな)」

「・・(それじゃ、俺らは普通に覗こう)」


「・・(なあ。あれってギルドの、お固そうな姉ちゃん違うか?)」

「・・(確かに、それっぽい)」

「・・(なぁなぁ。ぷるるん若妻よりそそられねえか?)」


 あの時のぷるるん若妻が見たかったサウル。


                ◇ ◇

 アグリッパ冒険者ギルド。

 ギルマスのマックス、一人で晩酌している。ウルスラ、書類整理中で付き合わない。


「なぁ、ボエルの末っ子、町を出たんだって?」

「ええ。錠前屋の娘と遠くの町で所帯持つって」

「手に職・・あんのか?」

「さぁ」

「俺が心配する事じゃない・・か」


「で、無口娘たちには、どんな連絡係を付けたんだ?」

「話しませんでしたっけ? 『下町血風隊』ですが」

「走ってる途中に鼻血出す小僧ゆんかたちか。いちど医者に診せてやれよ」

「出なくなったら、チーム名変えないといけませんね」

「そう言うもんでも無かろう」


「クルトの具合は?」

「良好です。近々に復帰も出来そうですが・・」

「『ですが・・』?」

「身の回りの世話に行かせたおばあちゃんが・・」

「まさか、手を出してないだろうな!」

「大丈夫です。五十代までは赤面してましたが、六十以上にしたら、遂に大丈夫になりました」

「それ・・復帰できるのか?」


 ギルドには共済会的な側面が結構あって、病人の世話もそれなりに焼く。現役を引退した高齢者のシルバー人材活用にもなっている。スカンビウムのように組合の登録会員全般がシルバー傾向のギルドすら有るが。


「それより問題が・・寝言なんです」

「男にキスされたとかいう内容か?」

「それが・・『ヴェーヌスの山ヴェヌスベルク』って単語が聞こえたとか、聞こえないとか」

「そそそ・それ、あそこのぷっくりした膨らみってエロ単語じゃないよな? もろ本格的に教会的にやばい禁句の方だよな?」

「はい・・『あなたの愛を知らぬ者よ。行け! 行け!』とも」

「それ・・『行け! 行け! トルコへ』でも無いよな?」

「東帝国の観光局とも関係ありません」


 酒を一気に喇叭飲みして『七面鳥は飛んでいく』という歌を謡い出すマックス。

 ボリウムもマックス。





続きは明晩UPします。 


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