144.貸し手になっても借り手になっても憂鬱だった
スカンビウムの町外れ、河原。
犯罪者が晒されている前。
仕事をさぼって平服のガンドハート隊長、遊び人を気取った下町言葉で語る。
「此処いらで金があるのはメッツァナの船主連よ。船客襲やぁ船主連を敵に回す。瞬く間に賞金首ンなって手練れに追われ、此処にぶら下がるてぇ次第」
「悪事は結局自分に返って来る・・か」
男、感慨深げ。
「舟客を騙して殺して金を奪ったんだろ? どうして面が割れたんだ?」
「ばかだからさ」
「ばかだから?」
「ああ。人を殺して、金を奪って、乗ってた舟も奪った。で、その舟に乗ってまた強盗をした。それで捕まって死んだ」
「なるほど、ばかだな。舟で足が付いたのか。ずうっと『自分たちが強盗です』と名乗ってた訳だ」
「お銭に色は着いて無いんだ。お銭だけ盗ってりゃ良いものを色の着いてる物まで盗るから結局ぶら下げられる事んなる」
「欲掻いたから死んだってか」
「ほら! 『ひとは悪行で生き、欲で死ぬ』ってな」
「なんだそりゃ? 『ひとは善行によって生き・・』じゃないのか?」
「『ひとは『他人のぶんを奪う』って悪行で生き、『もちっとくらい大丈夫だろ』って欲出して死ぬ』って、こないだ会った修道僧さんが言ってたんだよ」
「いろんな宗派が有るんだな」
無駄話を引き延ばすガン隊長、誰か知った顔が来ないか人待ち顔なのは内緒。
「こっちの斬首されてる人は、なにを為たんでしょう?」
・・ほらきた。
「さぁ? 日没までにゃ未だ間がある。町役場行って聞いて来ますかね」
慌てて「いいや! ・・そこまでしなくても」
「強盗仲間なら一緒に縛り首だもの。別口さんなんでしょ。 ・・でも」
「・・でも?」
「ちっちゃくないですか?」
「ひとの体の特徴をとやかく言うのは・・しかも亡くなった人ですよ」
「そりゃあ確かに感心する事ちゃ有りません。けれども人間、時にゃ良心に蓋して生きることも必要じゃありませんか。体の特徴あれこれ詮議するんだって、身元を知りたい司直の方々にゃ仕方ない事かも知れませんよ」
「まぁ仰ることにも一理は有るが・・」
「そもそも首ちょん斬って晒すって云うのも、そうでしょ?」
「そうですとも。ええ。『名誉ある死』であった筈なのに首級を晒すのは・・」
「そうそう。『敵の大将は死にました。生き延びて再起なんて図ってませんからね民の諸君も変な流言蜚語に騙されちゃ駄目よ』って言ってる訳ですよ」
「ですよねえ」
「戦いの真っ最中だって『大将殿お討死!』って噂が立っちゃったら、御大将自ら面頬はずして『嘘うそ! 生きてるってば!』って言って走り回るのが常でしょ」
「ですよ・・ねえ」
男、考え込む。
「こんなちっちゃいんだ。遺児も残してません。絶対! って・・」
「そこまでは・・言わんと思うけど」
◇ ◇
そうしている間に、ブラーク男爵とエルザが来る。
「ああ! 大将に姐さん! 万事恙無く?」
「ああ、万事恙無く。 そちらは?」
「此処で偶然お遭いしまして」
「ほほう、偶然」
「はい、偶然」
「では此処で遇うたのも何かの縁。これから我らは打上げで、如何です? ひとつご一緒に!」
「いや折角のお誘いなれども、もたもたして居ますると、メッツァナで宿の手配が付かなく・・」
「否いやご心配なく。我が家中にも今夜メッツァナに用事有る者がおる。打上げで一杯やってから馬車で向かう算段。最高級と迄は申さぬが、あちらに常宿も有る。宿の手配なら懸念ござらぬぞ」
こう言われると断る方が妙に思われぬかと男、迷う。
もちっと情報収集も出来よう。
「曰く。『ひとは悪行で生き、欲で死ぬ』である」
◇ ◇
メッツァナ、繁華街近くの飲食店。
ふたりの女に男がひとり。塩漬け豚肉と腸詰めと賽の目切りの堅パンをカリッと焼いた串でエールを飲っている。
「人生『飲んで忘れろ』は禁句です! 飲んで気勢を上げましょう。『怨み忘れてなるものか!』」
「こいつがギーリク・ホーエンゲルト。『金融街の蝮』って言った方が有名だ」
「エルダ姐さんの僕って言った方がもっと有名ですよ」
「蛇は豚の餌って言うからな」と豪快に笑う女。頬とかぽっちゃり気味ではあるが締まった働き者の体である。豚より猪の異名が相応しかろう。
「リベカ・ユンクフレヤと申します。最近主人を亡くしたばかりの寡婦見習ですが宜しくお引回しの程お願い申し上げます」
「最新情報を申し上げときます。良い知らせか悪い知らせか微妙ですが、ご主人を殺害した犯人は昨日逮捕されて今朝には処刑が終わってます。遺族に連絡するより先にというのは気に入らないけど、犯人仲間による奪還を警戒してだと言われると抗弁できません」
「なんだって!」
「悪い点は、電撃処刑ですんで奪われた財産がどうなったのか見当も付かない点。良い点は、犯人たちが奪ったスネラー商会の快速艇をスカンビウム町役場が無傷で押さえている点です。上手くすると差押えが出来るかも知れません」
「『差押え』ですって?」
「犯人らは、奪った快速艇を使って他の船主たちの貿易船を襲いました。スネラー商会は快速艇を奪われた責任を全力で亡きご主人に押し付けようとするでしょう。でも、ご主人の商会は既に破産も同然。だから必ずや、取れるところから取ろうと画策するわ。そこが狙い目なのよ」
「こいつ、こういう奴なんだ。最低の三百代言だが、女の味方としちゃ本物だ」
「奥さんの財産をたっぷり確保してみせるわ! 乾杯!」
「乾杯!」
◇ ◇
スカンビウム、エルザの店。
皆、乾杯している。
「だから彼らが海賊行為を・・海じゃないか、でも海でなくても海賊って言うよな? 川賊じゃ格好悪いし・・」
「同じ強盗でしょ」とエルザ。彼女、隣席の美少年オッタヴィアンにボディタッチ多く、マッティ不機嫌。
「・・川賊を始めた動機は収益よりも、カンタルヴァン伯への嫌がらせで有ろうと申されるのだな?」
「左様。アドラー師匠の推理と、カーラン卿の調査結果。結果はみな其のように」
「納得致した。紹介状をお書き致そう。
男の額を脂汗が伝う。
・・今夜メッツァナに向かう馬車で私と同乗するという者達・・先ず若い剣士。どう見ても強いだろ、あれ。ブラーク殿という領主さまの片腕という雰囲気で只の武闘派でもない。
・・次にこの、紹介状を書いて貰ったカンタルヴァン家の剣客。此奴も強いだけじゃなく弁が立つようだ。
・・三人目が色小姓っぽい美少年だが、これ絶対に密偵かなんかだし。
自分、どういう馬車に乗る事になってしまったのだ!
我が人生、今夜終わるかも知れないが、恥ずかしい終わり方はすまいと希う。
◇ ◇
「ディエーゴ殿と仰いましたな」
・・来た。虚偽は申すまい。醜く足掻くまい。
あの隣りに晒される事になろうと。
「はい。主命でメッツァナに赴くところ、船路であと数刻でした」
「そこで、何事が起こったのですかな?」
「自分が烏滸がましく騒ぎ立て、無理を申し辛うじて背の立つ辺りまで船を浅瀬に寄せて貰い、飛び降りました」
「左様迄して、なぜ降りたのです?」
「見覚えのある顔が河原に晒されて居ったからに相違ありませぬ」
「その顔とは?」
「その顔とは?」皆が唱和する。
「前ボスコ公子ヒーディッグ殿」
「あれ、やっぱり本物?」という声ちらほら。
「本物でございます。我が主家ポルトリアス伯爵は公妃殿下と遠縁。廃嫡となった公子がアグリッパに居を構え莫大な無心をなさった時、家中は二つに割れました。公妃殿下とも連絡が取れなかったからです」
「で、結局?」
「お金は貸しました。援助ではなく」
「返済は?」
「ありません」
続きは明晩UPします。




