143.盗っても盗られても憂鬱だった
高原州、カンタルヴァン領に近い辺りの森の中。
兵舎のような造りの一軒家、玄関。
「ほほう・・此処が『公子殿下の仮宿舎』とな」
ブラーク男爵、平然と州政府の監察官と名乗り、書類に目を通す。
「知らぬかね? 公子殿下から露天の栗饅頭売りまで、税務監察官の差押命令には従うのだよ。そぉれ押収ッ!」
男爵のひと声で配下一同家屋に踏み込み、廃嫡公子一味が数々の『追捕狼藉』で溜め込んだ財物を次々と馬車に積み込む。
留守番していた初老の女、目を白黒。
男爵、馬車の納品書にサインっぽく『アホウ!』と書いて渡す。
「執行令状の写しである。不服申立てはこの住所まで」
「あ・・あの・・」
留守番女が何か言おうとするが、知らん顔して早々と引き揚げる。
◇ ◇
「旦那、あれでいいのかい?」
「公子殿下から不服申立てが有ったら受けて立つわい」
「いや本当に有ったら怖いんだけどさ」とエルザ、口吻を尖らす。
「馬車屋には言っといてやらんとな。『ニコラス・リーチが訪ねて来たら、知らぬ存ぜぬで押し通せ』って」
「くっ・・黒いわね」
「考えてもご覧よ。在来系の村に行って『公子殿下だ金よこせ』って言えば絶対に争いになる。抵抗運動が始まっちゃうよ。人が死んで、当然儂んとこにも知らせが来てるだろう」
「なるほど」
「それが、大公支持のヴェンド人系の村なら『本物だべか?』『大公さまの勘気が解けたんだべか? とりあえず払っとこうや』になって、後で領主が知って慌てて緘口令を敷く」
「そ・それっぽいわ」
「それで『凶悪な盗賊ニコラス・リーチ州北を荒らしまわる!』って噂だけ流れて『あの廃嫡公子殿下が戻って来た!』情報ゼロっていう今の状況になるのは、このケースだけだ。奴らはヴェンド人系の村を狙い撃ちしたんだ」
「なんで領主が緘口令を敷くと?」
「そりゃあ皆んな、南北戦争でチョーサー伯爵家がどんな惨状を舐めたか痛いほど知ってる。『メッツァナは上手く乗り換えた! さすがは商人の町だ』って誰もが思ってる。肖かりたいと思ってる。『我が領内で大公派が巻き返しを始めた!』は絶対に緘口令だろ?」
「つまり『大公さまバザーイ!』派は居なかった訳かい」
「居たら今頃、話題沸騰だ」
「なる臍。『公子殿下カンバーック! 南部人ゴーホーム!』んなってるわね」
そこへマッティ、ひと袋背負って追い付く。
「『ニコラス・リーチ』幻のバック情報、漁った来ました」
「おお! 流石に素早いな! だが儂は、これが決定版だと思うぞ」
男爵の手に、留守番女の持っていた『二百七十グルデンの借用書』が有った。
「借主ヒーディッグ・フォン・ボスコ。貸主ポルトリアス伯爵フワン・テノリオ」
◇ ◇
アグリッパ冒険者ギルド、小部屋。
ギルド長マックス、密かに中を窺う。
「彼女ら、何をしてるんだ?」
「ですからギルマスの言い付けた『仕事』でしょう」とウルスラ膠も無い。
小卓中央にマックスの渡した例のスケッチを置いて、四人で四方から囲んで凝と視ている。
「よく見て図柄を覚えるように仰ったでしょう」
「言った・・」
四人、小卓の下で手を繋いだまま無言。ずっと無言。
「チーム名『沈黙の女子会』って、まんまだな」
「いい事じゃないですか。『下町血風隊』はネーミング詐欺って苦情来てますよ」
シーフの五人組である。
やがて四人、両手を前に突き出し、八つの掌が八葉形に合わさる。
「あれ・・教会が屡く摘発してる儀式じゃ勿いよな?」
「知りません。そういうこと干渉しないのが冒険者ギルドです」
「だな」
◇ ◇
高原州、スカンビウムの町に向かう路上。
「これ、どうするんです?」とマッティ、荷馬車をちら見る。
「町として平和破壊罪の適用宣告して押収するか、儂が私闘勝者権限で分取るか。どっちにしても在来系領主の権利回復に使わせて貰おうよ。追捕狼藉の被害者から返還請求が有ったとき善意取得者として対抗しやすいのは儂のほうかな」
夜間に闖入した武装者鎮圧には町の民兵が不関与で、やったのが殆ど在来系領主関係者である。
マッティとエルザは在来系領主零落組の町民でフェンリス卿はその親類。
ヴォルフが助っ人に駆け付けた隣りの領主の家臣で、余所者のミュラはエルザが雇ったバイトである。見事に揃っているのだった。
◇ ◇
不図見ると、かなり先で路肩に佇んでいる男がいる。
マッティ警戒する。
「大丈夫」と、男爵。
「たぶんカンタルヴァンの交渉人さんだろう。儂に用だ」
近づくと、男進み出て丁重な礼の仕草。
「カンタルヴァン家のお使者殿かな?」
「食客のアドラーと申します。お初にお目に掛かり恐縮でございます」
「廃嫡公子の狼藉について貴家の関与無しという件の証人にならば、喜んで」
「御配慮ありがたく存じます」
「嶺南のクラウス卿とはお目に掛かれましたか?」
「(・・ウッ! そこまで・・) 唯、目下お忙しいご様子でしたが、好意的なるお言葉を頂戴する事が出来ました」
「それは宜しう御座った。州の三判官のうち最も頼りになる御方だとお耳に入れて置いて、少しでもお為になれて居ったら幸いです」
「厚く御礼申し上げます」
声を細めて・・
「此処だけの話、廃嫡公子殿下の背後で蠕動く者の名はポルトリアス伯爵フワン・テノリオですぞ。お心なされよ」
言い置くと男爵、駒の歩みを進める。
一礼して見送るオーレン・アドラー。
「凄い情報を貰って仕舞った」
◇ ◇
アグリッパ冒険者ギルド。小部屋から女子四人出て来る。
年齢は同年輩で服装はみな地味。雰囲気も良く似ており、誰リーダーか見分けが付かない。追跡や監視の仕事に適性が有るようだ。
右から二番目の娘が「それでは明朝より現場入りします」と言うが、彼女が皆を仕切っている様子でもない。
「うむ。各ゲートの入市審査官には話を通してある。審査官の助手のような態度で傍に控えつつ、さりげなく受審者を観察してくれたまえ」
皆、揃って頷く。
「武家の家紋など付けた所持品を携えた者は多分、下級武士のような身なりをして主君から拝領した品を一点身に付ける、というようなパターンが一番ありそうだが先入観には囚われぬように」
皆、無言で頷く。
「お侍の審査時間は短い。『身分を表わす品を見せたら即パス』という具合だから判断も行動も迅速に」
皆、揃って親指を立てる。
・・頷くのと親指と、どうニュアンスが違うのだろうか? たんなる『了解』と積極的な『任せて!』くらい違うんだろうか。
余計な事を考えてしまうマックス。
「連絡係は背後に控えさせる。君らが対象者の追跡を始めたら、その君らを追う。そして君らが監視業務続行中で動けないあいだ、本部その他のベースと行き来して近況や伝言をバックに伝える役目だ。最初の顔合わせは各ゲートで」
皆、頷く。
「質問は?」
娘たち、顔を見合わせ一瞬で意思疎通する。
「ありません」
左から二番目の娘が答える。
四人、立ち上がり、目礼して去る。
「ふたり声が聞けましたね」と、ウルスラ。
◇ ◇
スカンビウムの町。
民兵隊長ガンドハール、ギルドの様子を覗きに行くが居るのはマグダおばちゃんと暇そうな冒険者だけ。孫に小遣いやるのに良い具合の仕事は無いか・・みたいな話をしている。
エルザらも夕刻には帰る様な話をしていたので、早上がりして店に向かうが当然炉の火も入っていない。
手持ち無沙汰で河原に行くと、晒し者の前にひとが居る。
ぴんと来るものが有って、咄嗟に遊び人の振りをする。
まぁいい若いもんが此んな時刻にぶらぶらして居たら、振り為なくても遊び人に見えるだろうが。
「兄さん、こいつら盗っ人かい」
「いいや。河原で急病人の小芝居やって、心配で寄って来たひと殴って殺して金を奪った悪党だとさ。さぞや地獄でも刑吏が待ってる事だろね」
「そりゃ救いようない悪党だな」
「男の目が泳ぐ」
続きは明晩UPします。




