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142.掘っては埋めて憂鬱だった

 スカンビウム北辺山麓。

 覆面野郎ども、凄まじい勢いで穴を掘っている。


  「うぉーおーおー。真鉄の我が剣、我が君に仇なす者を討てよかし ♪」

   「ずんたっ! ずんたっ! ずんたっ! おー おー ♪」


「穴掘るの、早っ!」

「自陣設営でも城攻めでも、我ら穴を掘りますぞ。『土方まがいの工兵』なんぞと暴言を吐く将軍は部下に裏切られ死ねば良い。勿論、味方の戦没者を埋葬も致す。

・・いや敗走中でなければ」


 穴を検分する。

「こんな具合で宜しいかな? いや誰も『狭ぇよ詰めろ』と文句は言うまい」

 覆面男爵以下総出で運び終え、覆土作業に掛かる。

 馬車荷台の底板なども使って覆土を叩き締め、電光石火の作業を終わる。


「矢張り少々臭うかな・・」

 幸い、直ぐ東は眼下にレーゲン川が流れている。

「いっちょ水浴び行きますか」とヴォルフ。

 黒覆面を脱ぎ、皆で河岸に降りて行く。


 岸辺で皆の後ろ姿を見るエルザ姐さん。「ま・いいか」と呟くと、コッテ一枚になって川に飛び込む。


                ◇ ◇

 アグリッパ、冒険者ギルド。

 ギルマスのマックスが帰って来る。


「胃の痛そうな顔ですね」

「実際痛いんだよ・・。ウルスラくん、うちのギルドで『秘密厳守』で動けそうな人間ったら、誰だ?」

「・・・」

「あ、悩まないでくれ!」

「ギルマスも悩まないで下さい」

「悩むよ・・ところで、クルトの具合はどうだ?」

「八割がた復調したんですが・・」


「二割って?」

「言いにくいのですが・・」

「センシティヴなところ、か?」

まさにそれ。異常に『えっち』なんです。私の顔見ただけで真っ赤になっちゃってハァハァ言って・・私の顔で、ですよ!」

「き・きみは魅力的な女性だと思うけどね」

「あれで表に出て、若い女の子なんて見たら・・」

「暴走するか」

「いいえ、真っ直ぐ立って歩けないので、走れません」


「それ、本当に二割か?」


                ◇ ◇

 レーゲンの河岸。

 男達が澡浴している。

 まぁ、女性も一名いるが。

 彼女は素肌の上にコッテという格好。これ、色っぽい下着とかではなくて無地の素朴なワンピースである。ただ流石に濡れると透ける。

 川に飛び込む前に「まぁいいか」と言ったのは、左様そういう意味だ。


 二十年前に花も羞らう美少女であったが現在ぜんぜん羞ぢらわないと云う訳でも無いので、ブラーク男爵の命令一下みんな他所を見ている間に普段は地肌に直接は着ないウールのドレスカートルを着た。

 途中、定期船が通り過ぎてしっかり見られたが其の事自体記憶に無かった事にする。

 その後、例の作業中に着た木綿の仕事着は、皆と一緒に洗濯大会となる。


「天気のいい午後で良かったねぇ」

 河原で兵糧ふうのパイなど焼いて食し、そこらで折り取った枝に洗濯物をまるで旗指物のようにして丘の上に戻ると、馬たちが平和に草を食んでいる。


「平和ですねえ。馬泥棒とか湧かないんですかね」

「儂の馬、なんか有ったら呼びに来るから」

「賢いんですね」

「なんか有ったら敵をぼりぼり喰って待ってるお馬さんも知っとるぞ」

 男爵なぜか敬語。

 蹴り殺すならば理解るが、なぜ喰う? 本当に馬なのかと激しく疑問を感じるが関係ない話と割り切って忘れる事とするマッティであった。


                ◇ ◇

 アグリッパの冒険者ギルド。

 ウルスラ女史が、若い女性四人組を呼び出した。


「わたしの知る限り、当協会うちいちばん・・と言うか唯一の、口が固い者たちです。ちょっと個性的ですが信頼できます。チーム名は『沈黙の女子会』」

「お・・おう」

 確かに、ひと癖ありそうな娘たちである。


「さっき『秘密厳守』で動けそうな人間って聞いたら悩んでいたのは?」

「彼女ら、任務遂行中でしたので」

「チェンジさせたのか」

「問題ありません。クライアントからも言われてましたので。『もっと愛想のいい者と交代させてくれ』って」

「そ・そうか」


「では任務を説明する。『秘密厳守』の極秘調査だ」

 四人、無言で頷く。

「町の四方のゲートに常駐し、入市管理官の仕事をワッチする。そこで・・」

 例の家紋のスケッチを見せる。


「・・ゲート通過者の所持品にこの紋所が有ったらば、そいつをマークして尾行し市内での行動を徹底監視する。万が一にでも対象者マルタイに知られては不可いけないので、このスケッチは渡せないから此の事務所で何度も見て覚えて欲しい」

 神妙な面持ちでスケッチを凝視している。


「連絡要員を各一名づつ付けるが、仕事内容を知らない者だから、その点承知して使うように。そして報告・連絡は密に。市内での任務だが危険手当を上乗せする。請けるか?」

 四人、無言で親指を立てる。


                ◇ ◇

 スカンビウム北辺。


「さて用件ひとつ済んだ訳だが未だ昼日中ひるひなかだ。ひとつ連中の隠れ家でも探索しようではないか」

 ひょおぉと口笛吹くマッティとエルザ。


「旦那様のおかげで随分と楽な仕事になった。なんかお手伝いさせて頂ける事とか有りませんか? 穴掘りで鍛えて力仕事には自信ございます」と墓掘人ベン。


「それじゃ皆で探索行と行くかね。ナタン、先導を頼むよ」

「彼、そういう名だったんですか」

「今朝、儂が付けた」


                ◇ ◇

「ここから先には、ギーズ伯に仕える騎士、カンタルヴァン伯配下の騎士、それにただの地主階級に落ちた在来系の元騎士などの領地が入り組んで混在しています。つまり一円を管理できるような上位者がいない地域です。上手い場所に入り込んだものだ」

 暗に『訳知りの誰かが手引きした』と仄めかす男爵。

 もう少し東へ行くとサーノ川水系の湿地になる。つまり陸の孤島めいた地形でもある。


「あら、小川があるわね」

「この際だ。馬車も軽く流しときましょう」とベンヤミン。

 小休憩する。

 それでも町役場に返却したら直ぐに、丸洗いのバイト募集が来るんだろうなぁと予測しているエルザ。

 今日はギルドの食堂をマグダおばちゃんに託して出て来たから、急な求人とかは常連客が適当に熟しているかも知れない。田舎町の冒険者ギルドなんてそんなもんである。


                ◇ ◇

 メッツァナ、歓楽街。

 サウルとイッシュがいる。

 昨日見知った顔に話し掛ける。


「あら、あんた連日かよ」

「だってさ・・ツアコンの若夫婦がお盛んなんだもん。昼からエールって此処の開店待ちだよ」

「おい! それ何処でってんだ?」

「公演じゃねぇって」

 笑う。

「あんたらも連日か?」

「いや、俺ら今日は警備員だ。しつこい酔客ぁつまみ出すぜ」

「出される側から出す側かよ」

「いや、出す側から出す側だ」


                ◇ ◇

 もうカンタルヴァン領に近い辺りの森。


「なんだ! 隠れ家ちっとも隠れてないぞ」とヴォルフ。

「五十人から暮らしてましたからね」

「留守番は?」

「賄いのおばさんが一人」

「随分と不用心だわね」と、人のことを言えぬ筈のエルザ。


「『さきの公子殿下だぞ』って名乗っただけで皆を平伏させてったんだろうか」

「もしかして街を襲ってきた時もかしら?」

「いや、名乗ってなかったし」

「まぁ人間、ちょっとした成功で俄かに慢心したりもるものだ。ナタンは今少し隠れておれ」

「はっ!」と黒覆面する。

 マッティとエルザ、その怪しさに吹き出す。


 男爵、平然として戸口に立つ。

「あー、州政府の監察官レヴィゾルである。開けなさい」と、叩く。

 小さな声で「・・本当だぞ。むかし辞令を貰っとる」


 仏頂面した初老の女性が出て来る。

「会計監査の臨検である。法定の調査に入るぞ」と男爵、馬車の納品書を見せる。

「困ります。ここは公子殿下の仮宿舎ですよ」

「あー、その証拠を見せなさい」

「お待ちください」

 女、二百七十グルデンの借用書を持って来て、胸張って突き出して見せる。


「うわっっ! いい勝負だ」

 マッティとエルザ、吹き出すのを必死で堪える。



続きは明晩UPします。

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