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141.守るも攻めるも憂鬱だった

 スカンビウム南部、河原。

 縊死者が股引きを履いているのに『ニコラス・リーチ』は全裸だ。

 エルザ、何処からか潰れた麦わら帽子を見付けて来て、『ニコラス』の下半身を隠そうと四苦八苦している。


 多くの場合、被り物は社会的地位を表す。

 伯爵が判事として働く時の丸い三つ山帽とか、代官シュルタイスの独特なとんがり帽とか。

 いまエルザが見つけて来たザルを伏せたような麦わら帽子は、村長のものだ。なぜ河原に捨てて有ったかは知らないが。


「駄目・・引っ掛かるところが無いわ」

「そんな長い棒使うから難しいんじゃないか。手でやれば・・」

「それは・・イヤ」

 変なこだわりが問題を難しくしている。

 受刑者三体のバランスを気にしているのもエルザだ。男たち、彼女の感覚が理解出来ない。


「あれ、男爵さま?」

 民兵隊長、顔色の悪い部下三人連れて通り掛る。

「ガン公、あんたが股引履いたまま吊るすから悪いのよっ!」

 言い掛かりである。


「遺棄する四ダースは軽く土をかけてやる事にしました」

「そうだね。経費を少し補助するよ」

 討伐にも協力してくれたお隣の領主に、世話を掛けっ放しである。


 エルザ、遂に諦める。

「いいや。晒しとこう」


                ◇ ◇

 アグリッパの町、内郭壁沿いの小屋。

 冒険者ギルド長マックス・ハインツァーが頭巾の男二人を訪ねている。


「昨日も参りましたのですが、ご都合が付かないとの事でしたので・・」

「都合が付かぬのではなく、調べが間に合わなかったのです」

 あっさり失敗を認める教会側。


「『ポルタルアス伯爵』なる人物が見当たりませなんだので」

 嘘である。公表して良いか某関係者と協議していて時間を食ったのである。


「結論として『ポルトリアス伯爵』のことであろうと判断致しました。その紋所のスケッチが此方こちらです」

 卓上に紙片を置く。

「取扱注意でお願いします」


「もちろんです。誹謗中傷と取られたら大問題ですので」

「そのようなレベルでは有りません」

「・・と、仰いますと?」


「ポルトリアス伯爵はアヴィグノ派支持派閥の重鎮カラトラヴァ侯爵の姻族です。南岳派の爪牙ガルデリ家との代理戦争に発展し兼ねないのでご注意下さい」

「代理戦争って・・」

「物の喩えではありません。実際にアグリッパの町が戦火に巻き込まれるリスクを負っていると正しくご認識いただき、細心の注意を払って下さい」


「秘密は厳守で」

 頭巾の二人、立つ。


 残されたマックス、暫く立てない。


                ◇ ◇

 メッツァナの町。港湾からさほど遠くない商業地区。


「ふむ。簡単に現金になりそうなのは此の程度か・・。うちで使ってる小僧どもに催促状届けさせてやる。当面の急場は凌げるだろ」

「ありがとうございます。何から何まで」


「しっかし、出先で強盗にやられちまった損害は如何したもんやら・・。ところで貴女あんた、実家は?」

「亡き両親は相応の資産を私に残して呉れましたが、幼馴染の夫に全部預けて事業立ち上げ資金に」

「あっちゃぁ。こりゃ今後ご主人の弟やら何やらが出てきて『遺産分けろ』だとか言い出された日にゃ、始末つかんな。あんた固有の資産を見積もる証憑も探さんと不可いかん」


 戸口閉め切って、秘密の大掃除は続く。


                ◇ ◇

 スカンビウムの冒険者ギルド。

 男爵やら民兵隊やら、なんだか冒険者でない者の方が多く入り浸っている。

 今日は墓掘人ベニヤミンも来ている。


「その人数を、一人では無理だ」

「馬車は調達するし、積み込む作業にも人は出すよ」

「一人で何台も馬車を操れないし、町民達の墓地より遥かに遠くまで行かなくてはならない。馬車から下ろさなくてはならないし、運ぶ土の量もたくさん必要だ」


「ガン公、その交渉も町役場でやる仕事じゃないのか?」

「言わないでくださいよ。ほら、経費補助を下さる男爵様もここに御在おいでだし」

 本当にもう泣き出したい民兵隊長。


 男爵が業を煮やす。

「仕方がない。当家うちで人を出そう。いくさ人は死体を嫌がらぬ。ベン殿には総指揮を頼む」

「俺も戦ったんだ。後始末もするさ」とヴォルフ。

「俺も戦ったからな」

「あたしも」

 マッティとエルザも片手を挙げる。

「この際ついでだ。あの連中の隠れ家を探索しようではないか! 追捕狼藉でさぞ不正蓄財しているだろうから差押えねば、また横車押す誰かの分盗り放題になって仕舞う」

 焼け棒杭ぼっくい冒険者の二人、俄然面白くなって来る。


 ふた昔も前に追放された元御曹司であるが、突然舞い戻って復権を声高に叫べば小領主たち半信半疑でも及び腰になろう。

 なにせ追放した大公いまはボケ老人で権威失墜している。そこへ公子のお戻りだというのだ。

 五十人から引き率れて『正統なる徴税権を行使する』と迫られれば、村方役人が貢納品を右から左へ差し出してしまうことを、どうして責められよう。

 いくら『自称公子』が怪しげでも。


                ◇ ◇

 河原。

 愕然としている男がいる。


「この人・・なんでこんな所で死んでるんです・・」


 内乱があったとか、クーデターやったとか、そういう派手な噂など一切聞こえて来なかった。ただ単に『高原州ホホラントは治安が悪い』という風聞は耳にした。だからこそ今がチャンスだと思っていた。

 大公殿下の後継者に再び返り咲くとか、せめて伯爵領くらい手に入れて来るとか大言壮語は嫌になる程に聞いた。


「それが、これですか」


 状況が、いま一つ飲み込めない。

 結構な手勢を率いていた筈だが、隣りで絞首刑になっているのは二人。絞首刑は不名誉な刑罰の典型である。本人は斬首のようだが胴体とセットで晒されている。

 あまり一般的な扱いとは思えない。


「もしや、ちっちゃい男と辱めるための・・手酷い所業?」


 勘繰る男の佩く剣の柄に、何処かで見たことのある紋所が有った。


                ◇ ◇

 スカンビウムの町役場は馬車三台を調達し、なんぞやを満載して待った。

 やがて黒覆面の集団が現われ、墓掘人ベニヤミンの先導でウルカンタとの地境の或る山の麓に向かう。

 まぁ覆面しててもスカート履いた人が約一名いるので、その周辺の人らが誰だか言う迄もない。


「軽く土を掛けると言う話だったが、この際だからちゃんと掘ろう」


 「うーす。守るも攻めるも穴掘るは、つはもの共のたのみなる ♪」

  「うぉーい。掘ったる穴ぞ、つはものの陣地の四方よもを守るべし ♪」

   「うぉーおー。真鉄の我が剣、我が君に仇なす者を討てよかし ♪」

    「ずんたっ! ずんたっ! ずんたっ! おー ♪」


 覆面野郎ども、勝手に歌い出す。


                ◇ ◇

 アグリッパの町、市庁舎大回廊の毎度いつもの辺り。


「ああ・・クルツ!」

「どしたマックス」

「釘、刺された」

「釘?」


「例の件、機密厳守で極秘扱いで厳重管理せよって」

「刺されまくりか」


「ヒポポタマス伯爵ってのは超大物の影部隊みたいな奴で、南の野獣カリガリ伯と戦争になったらアグリッパの町は火の海だとか」

「なんだか名前が変だが怪獣大戦争か?」

「そういう系の話だ」


「紋所は見せて貰えたのか?」

「ああ」

「やめろとか手ぇ出すなとか言われたか?」

「いいや」

「なら、既定路線を行け。テッテ的に秘密厳守で行けばいい」

「責任重大だが」

「俺たち、今までだって責任重大だったんだよ。平常心で行くんだ」


「ああ、そうだな」

 マックス、深呼吸する。


                ◇ ◇

 スカンビウム北辺山麓。

「ベン殿、あまり森に近いと木の根が煩わしい。工兵の犂を持って来たから、この辺の草地を六フス幅に五レーデばかり深目に掻き取ろう」

「出来れば三フスは深さが欲しい所でございます」

「うむ。一気にやろう」

  「うぉーほほい。掘ったる穴ぞ、つはものの陣地の四方よもを守るべし ♪」

    「ずんたっ! ずんたっ! ずんたっ! おー おー おー ♪」


 覆面野郎ども、働く。







続きは明晩UPします。

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