140.きっと彼岸で憂鬱だった
スカンビウム、冒険者ギルド。
マッティとエルザ、帰宅する。
「お水、ちょうだい・・」
残念ながら、水は防腐剤がわりに若干のアルコールを含有しているのだった。
「この似顔絵の修道僧さん・・実在するのか」
主に体格について言及し顔の描写はほぼ無いので、正確には『似顔絵』でない。
「目撃者のうち二名から聴取。『間違いない』と証言を得ましたぁ」
「ガン公と?」
「マグダおばちゃん」
「こんな背の高い修道僧さん・・」
「まぁ誇張でしょうけど、わかりやすい特徴よ」
「つまり・・『ニコラス・リーチ』は偽名で、残虐行為の数々も単なる自己宣伝。そういう虚像を立てといて、こんな人探しだか暗殺指令だか知らんけれど、なんかミッションを請け負ってたと、そういう結論か」
「肯定的」
「小舟強盗は?」
「ガン公があっさり吊るしちゃったんで詳細不明だけど、いくつか下部組織作って『実業』やらせてたか、虚像作りの宣伝部隊だったか、それとも元々盗っ人だったグループを舎弟に加えたか・・」
「あいつも惰性で仕事してんなぁ」
「で、この修道僧さん何者なんだ?」
「さて、さっぱり」
二人、寝床に潜り込む。
「やっぱ、これくらい無いとね」
◇ ◇
メッツァナ、早朝。安くてお得な良い宿。
例の『巡礼』たちに朝食のポリッジが評判良い。
「今日まる一日自由時間なのは、一週間旅から旅だった皆さんへの労いと此処一番『巡礼』らしく為て頂く下拵えです。昨夜の貴婦人が皆様の直接のパトロンですが其の上はエルテスの大司教さまですから」
ツアコン女性に向けられる視線で、だいたい今日一日の行動が想像つく。
◇ ◇
彼らと別行動の男がひとり。
旧帝国ふうのロビーで、元騎士アドルフ、恐縮している。
差し向かいの相手、公文書館の司書として市民に接する公共サービス勤務の時と変わらない物腰なのだが、武術に或る程度の嗜みがある者には嶺南三剣のひとりと明晰に認識されて仕舞うのだ。
二人、いちおう談笑しながら、品のいい薄味のスープと焼き立てのパンで軽めの朝食を済ます。
宿の副支配人が傅いて剣を受け取る。
「特急でございますね。日没までには必ずっ」
昨夜のうちに予約入れてあるので副支配人、自信を持って確言する。まぁ無理を言った自覚は有るが。
「アド君てさ・・うちに仕える気、無いでしょ? そしたら是非とも君の御主君にお伝えして呉れないかな。うちと仲良くしたなら絶対損はさせないって。名のある剣士が結構いっぱい居るんだよ」
気に入った相手にべたべたする南部人の性癖が露骨に出ている。
◇ ◇
メッツァナ。商業地区で、港湾からさほど遠くない辺り。
「ここです」
「荒れてるねぇ」
女ふたり、入る。
「勝手に入って来ようとする自称債権者を追い出すだけで精一杯で・・」
「それで鍵掛けて出掛けてた訳か」
「留守にしてれば、不審者は警備員が捕まえてくれますから」
「ああ・・中に居たなら、ガンガン扉を叩き続ける奴も不審者にならんからなぁ。警備員への支払いは?」
「週末まで先払いしてあります」
「もたもたは為てらんないね。店主と番頭が死んだって聞いたら、次々蝿みたいに群がって来る有象無象が現れるだろうからさ」
「週給で先に支払ってる筈の使用人も姿見しゃしません。飛び去る方も早いったらないわ」
女、腕を引っ込めるようにして袖から抜き、腋下のスリットから出しての腕捲り。空っぽの袖は背後で結ぶと襷掛けしたような格好になる。
「それじゃ・・探すかね」
◇ ◇
スカンビウムに向かう西街道。
馬が二頭と口取りする男で都合三人、喋りながらのんびり歩いている。
「それじゃお前、あの連中とは短い付き合いなのか」
「んまぁ・・『加勢に行け』って言われて行ったらとんでも無い所だったってのが正直なとこです。まぁ追捕狼藉やって地元の侍衆が黙ってたから、いきなり精鋭に討伐されるとは思わなかったけど」
「俺、仲間を何人か殺しちゃってるけど気にせんの?」
「仲間って云うか・・何か馬鹿にされたみたいな扱いで、ちっとも仲間に入れちゃ貰えなかった感じですかねぇ。そんな、お偉い御身分の面々にも見えなかったんだけどなぁ」
「偉そな態度だったのかい」
「皆さん『最近まで浪々の身だったけど由緒正しいのだ』って、胸張る割には服が襤褸いと・・」
「そういうもんだよ襤褸着るとさ」
ヴォルフとの会話にブラーク男爵が割り込む。
「それじゃお前さん、今まで追捕狼藉だと思ってたのかい」
「へぇ・・そのうち所務の御沙汰で詮議んなって、敗訴したら監獄か・・とか」
「んじゃ、最後の夜討ちは?」
「あんとき初めて『あれ? これ危くね?』って思いました」
「一見して明らかに既う領主同士の権利争いじゃ無いからな。市民の自治共同体に攻め込んじまった」
「あんとき、皆が『不当逮捕に抗議だ!』って言って興奮しちゃって・・」
「抗議で、夜中に抜刀して突撃するか?」
「・・し・ません・・」
「まぁ、隷属的立場にある者には『自分じゃなくて命令者を罰してくれ』って言う抗弁権があるからな。・・いや、お前元々あの場所に居なかった事にするのが早いか。あんまり見てる人いなかったから」
「そ・・それじゃ」
「お前、人生やり直せ。面倒見てやるから」
ブラーク男爵らしい結論であった。
◇ ◇
男爵たち、スカンビウム冒険者ギルドの前まで来る。
入ると、マッティとエルザがいい感じな雰囲気を醸している。
こういう閑静な街は冒険者も週毎の契約が多く、朝一番から求職者が並ぶことは少ないので、焼け棒杭カップルはスイートな朝食後のようだ。
「こいつ、前から当家に居たことにしたから」
「そうですか」と驚きもしない二人。男爵の性分は先刻承知である。
「チョーサーの小普請役の三男坊とかで、公子んとこの加勢に割と最近遣わされて来たんだと」
「あそこが噛んでたんですか」
「丸く収めようとする度に粗出して呉れて困っちゃうねぇ。追捕狼藉の助っ人だと思ってたんだってさ」
「こっちの推測でも、実際はその程度の活動しか為てなかったんじゃあ無いかって思うんです。これ見たこと、ある?」
マッティ、例の似顔絵擬きを見せる。
「いえ・・これは初見です」
「これ、持ってる人が数人いましてね。以前この人を捕まえようとかして失敗したのっかなー・・って」
ブラーク男爵、横から覗き込む。
「ああ・・失敗して良かった。下手したらこの州、滅んでましたぞ」
「え?」
「このかた・・たぶん・・嶺南候です」
一同しばし沈黙。
「あの・・昨夜うちの店に居たみたいなんですけど・・」
今度は男爵の口が開いた侭になる。
◇ ◇
男爵、徐に何か悟ったような顔付となり、胸に手を当て、あたかも朗誦するかの様に語る。
「伝説にも有ります。何処の誰かは知らないけれど、誰もが皆な知っている、あの『さすらい人』。誰ひとり、彼が誰だか知らないのです。そうしましょう・・」
溜め息ひとつついて続ける。
「・・向こうから来ちゃう其の日まで」
◇ ◇
五人で河原へ。
ミュラに取り押さえられた小舟強盗の二人が絞首刑になっている横に、添え木で固定された『ニコラス・リーチ』、一応頭と胴体がセットされて地上約三フス高に立って居る。
「彼の事はよく覚えとらんが、此奴は大公妃に似てるな・・」
「・・ってことは、不美人だったの?」
「密通して他の男の子を産んだのに大公ぜんぜん怒らん程度には」
「服、着せといてやれば良かったかしら。絞首刑の二人の方は股引き履いてるのに不公平だったかも」
検屍のために脱がせた本人、後悔している。
「気にせんで宜しい。今更恥づかしがりもすまい」
恥づかしいかもしれない。
続きは明晩UPします。




