138.斬って斬られて憂鬱だった
高原州サーノの中洲、ブラーク城。
男爵とエルザ、いい感じに酔っ払っている。
「しかし結局、ニコラス・リーチの正体が誰であろうと同じことだな。廃嫡公子と無法者ったって、大した差なぞ有るじゃなし」
「でも、いっときは認知された後継者だったんでしょ? 転落すごいわ」
「屡く有るこった。大ポンペイの息子だって海賊だし」
「変名つかって、何しに舞い戻って来たんでしょう?」
「追放になってるんだ。本名は名乗れまいさ。
「そりゃ、そうですけどね」
「無法者に暮らしやすいのは治安の悪い土地」
「それも、そうですけどね」
「だが・・乾児大勢養って面白おかしく暮らせる程に実入りが有る場所って訳でも無いなぁ」
「そうですねぇ。貧民襲っても稼ぎになりませんよねぇ」
それ程に当地の陸路交易は悴凋著しい。
そもそもニコラス・リーチの一味、賞金が掛かって居なかった程度だから、其の悪名の割に実害が無かったのである。
なして飯食っておったやら。
「あいつに聞いてみれば?」
「ああ、左様だ。ひとり取っといたっけ」
フェンリス卿が頭目と思い込んで尋問用にと成敗せずに措いたのが居た。態度も殊勝だったので縄目も掛けず、酒まで飲ませて連れて来たのが確か何処かそこらに置いてある。
「まぁ明日にでも聴いてみるか」
ブラーク男爵欠伸をする。
◇ ◇
メッツァナの繁華街はずれ。さっぱり客の来ない酒場。
客どころか店主さえ何処かに遊びに行ってしまった留守に、女ふたり我が物顔で呑んでいる。
「その船主、いま実ぁ業界で非道く袋叩きに遭ってんのさ。盗賊の手にその小舟が渡っちまったから、今度は賊の手勢がその小舟ん乗って船便を襲い出したってさ。お前の所為で被害が出たってボコボコ」
メッツァナ以北は水運中心だから、陸路に野盗が出たって業者的には痛痒を感じ無かったのである。
「叩かれやがれ。いい気味だわっ!」
「だからその辺を三百代言に噛み付かせりゃ、幾許か脅し取れんじゃないか?」
「お姉さん、そんな知り合い居るの!」
「ああ。あたしゃ勘定に強くってね、この店だって帳場見てやった縁で好きなとき好きに飲ませて貰ってる。無懶な代言人にも心当たり大ありさ」
「本当!」
「まず、明日あんたの旦那の遺品とか見せて貰おうか。回収出来そうな貸金の証文とか探そうじゃないか」
苦境の寡婦、土壇場の際で頼れる味方に巡り逢う。
◇ ◇
メッツァナ、最高級宿のペントハウス。
どこぞの大富豪の女城主、あられもない格好で寛いでいる。
侍女姿の女。
「先ほど質問していたド・ザンテルという元騎士、可成り遣うとクルップが申しておりました」
「お嬢ちゃんへの忠誠心も高そうねー」
「当たり・・ですわね」
「お嬢ちゃんの彼、ちょっと気になるんだよなー」
「取ります?」
「否そういう意味じゃなくて・・うんこ猫の報告によると『度々何かとトラブルに巻き込まれては、その都度首の皮一枚で遁れる』って、彼、何か『持って』そうな感じ、しない?」
「面白そう・・かも知れませんが、貴婦人が『うんこ』とおっしゃるのは・・」
「そういう暗号名なんだもん。仕方ないじゃん」
そう登録しちゃったギルドが悪い。
ちなみに彼女の暗号名は後門の亡霊 *という。
* : ProktPhantasma : Phantom of Anus
これは臀部見霊者を言い間違えた本人の責任である。
◇ ◇
メッツァナ。目抜通りから一本外れただけで随分と閑静な地区になる。式典と晩餐会のあった最高級宿には及びもないが、厳選された『安価な名店』が今日あすの宿泊先である。
「いやぁ、ランチの食い放題もそうとう堪能したけんども、一流店の料理ってなぁ違うもんだなぁ。昼に無理して大食いしなくて良かった」」
「あの・・最高級の団栗豚を丸二日マリネしてから熾火でじんわり焼いたって奴が忘れられねぇ」
「ああ。食いもんってな、手間かけた分うまくなる物だなやぁ」
三人、足音を殺して外出する。
薄暗がりの小さい穹窿の蔭に先客が居る。
「しぃぃっ」
「いいとこか?」
いつもの彼女、月の光に浮かび上がる。
肌にぴっちりしたカートルという服は、服に寄る皺が体の凹凸を一層露わにして丸出しの胸より色気が引き立つ。顔は暗がりの中で見えぬが、喉の動きが男の舌を貪るさまを如実に伝える。
「うへぇ」
「ばか。声出すな!」
やがて背後から裾が捲り上げられ、脹ら脛が月下に姿を顕す。
「ふへぇ」
「お前こそ声出すな!」
「出ちまうもんは仕方ねぇ」
やがて彼女が右膝を胸前に抱く。
「これが小股の切れ上がった先の先か・・」
そして皆の声が揃う。
「セ・・グロース・・」
宿に逃げ帰る。
「インテラム・・罰が当たる」
「明日は、さっさと娼館へ行こう」
◇ ◇
スカンビウム。
エルザ、店に帰ってくる。まぁ最近はマッティの所と何方が自宅だか分からなく成って来ているが、一応自宅に違いない。
「あら、死屍累々」
平時より早い時刻に客が大量に潰れている。
「どしたのこれ?」
「ああ、やたら酒豪の修道僧さんが来てね、カルタの勝負に銭金を賭ける代わりに負けたら一杯干すってルールでやったら、こうなった」と、バイトのおばちゃん。
「んで、修道僧さんは?」
「ぴんしゃんして帰った」
「あらまあ・・」
潰れている民兵隊長の小鬢の辺りを小突く。
「冒険者時代に酒の飲み方も鍛えてやったのに」
「ありゃ仕方ねぇ。修道僧さんに、ぱかすか連敗こいてたもの」
「勝負ごとも鍛えてやったのに」
「そりゃ仕方ねぇ。修道僧さん、ばっか強かったもの」
「何もの?」
「そりゃ修道僧さんだろ?」
釈然としないエルザ。
「何これ?」
「あーそれ? 修道僧さんの似顔絵だって」
「ず・・ずいぶん変わった修道僧さんね」
「そうかい? 普通だと思うけど。僧衣も着てたし」
修道僧が僧衣着てなきゃ普通でないが、着てりゃ普通でも無いだろう。
「ちいっと背がでっかくて天井に支えて困ったけど、座ったら大丈夫だったし」
「それで、やたら酒豪で賭け事がばか強くて背が天井に支えるけど僧衣着てるから普通な修道僧さんが、なんで似顔絵あるわけ?」
「えー・・何だっけ? ガン坊言うにゃ、ナントカ一味が持ってたんだってさ」
「おい! ガンドハート! 起きろ!」
エルザ、民兵隊長の頬をぴしゃぴしゃ叩く。
◇ ◇
メッツァナ高級宿のペントハウス。
僧形のフェンリス卿、来る。
「入って大丈夫? クリスちゃん、えっちな格好してない?」
侍女、振り返って・・
「・・してます」
えっちな格好と言っても何処ぞの異世界では普通の部屋着だが、この世界では事後の娼婦もここまで露出度高くない。
「じゃ、次の間に入るから。ひとと一緒なんで、ふらふら裸で出て来ないように言っててね」
「承知いたしました」
「フェンくん?」
「お連れの方とご一緒なので『ふらふら裸で出て来ないように』との事です」
「裸じゃないもん」
もともと医者の娘として育ち、人体を即物的に考える人間だったうえ、冒険者時代の相棒が猫だった所為か、露出を気にしない生活習慣が付いている。
此のペントハウス、まるひとフロアの建坪なので、部屋は矢鱈と多い。
フェンリス卿、まるで自室に使っている部分にアドルフ・ド・ザンテルを連れて来る。
「このメッツァナという町、良い物は揃ってるけれど決して値段は安くないんだ。誂えるならエリツェをお奨めするな」
「納得でございますが・・」
「それまで腰が寂しきゃ、僕のを貸してあげる。ほら此の通り聖職者の格好だから帯刀しないんだ」
「こんな名剣を忝く存じまする」
「最近ちょっと人を斬っちゃったから、明日特急で研ぎに出そう」
「こ・・これは相当お斬りになられましたな・・」
「うん。三十人ちょっと、かな」
「ぐげっ」
続きは明晩UPします。




