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137.五里も十里も憂鬱だった

 メッツァナ一番の高級宿。


「うへぇ・・まるでお城だなや」

 その通りである。この宿屋の一階ホールは、どこだったか実在のお城の大広間を模している。

 調度が旧帝国ふうだから、トスキニアの何処かかも知れない。


 侍従の如き服装でサマになっているのは宿の専属護衛で、来客の貴族に見えるのはウスター伯が用心に送って来たお侍さま。無理して上等な服を着ているのが冒険者ギルドの人で、物腰が生硬なのが市警の警備チームだろう。たぶん統制はぜんぜん期待できない。

 でも、何かトラブルが発生しても、このひと一人で大丈夫な気のする人も居る。若い司祭の扮装をしたフェンリス卿である。


 ミュラとミリヤッド入って来る。警官らしき二人組がすっと動くが、侍女らしき人物が「お身内です」と耳打ちすると静かに原位置に戻る。

「ミュラさん『お身内』なんですか!」

「うちの依頼主だ」


                ◇ ◇

 表の道路。

「兄貴、えべべ着た人が入ってくとこへ巡礼さんたち行っちゃいましたね」

「貴族さんのお布施でご馳走らしいぞ」

 安宿を今夜までは宿賃支払済のサウルとイッシュ、先ほど遊郭で遊び、これにて目出度く文無しである。


「おいこら、そこの毎日怪しい奴! 今日も怪しいと駄目だぞ」

「ほらな俺らは信用がある。怪しくったって悪者じゃないってお巡りさんも認めてくれてるぜ」


「怪しきゃ駄目だと言うとろうが!」

「これまで毎日、怪しいだけだったじゃねいですかい」

「毎週の木曜日に餌もらってた七面鳥が、次の木曜日にゃあ料理されることだって有るだろうが」


「旦那、七面鳥ってなんだ?」

「そりゃ・・ヌミヂア産ポルポラ鳥のことだ。これは間違いない」

 警官、跋が悪そうに去って行く。

「ジャガイモ・・ジャガイモ・・」

 遠くでまだ呟いている。


「まぁ不審者って呼び止められるのも面倒だ。あっちへ行こう」


 二人、去る。


                ◇ ◇

 スカンビウム、エルザの店。

 おかみ、今日は所用で休みらしいが、近隣のバイトのおばちゃん連中で問題なく回っている。客も常連ばかりだからだ。

 民兵隊長、若い部下を三人連れて来ている。


「なぁ、おばちゃん・・俺って、くさくない?」

「ああ、ガン坊はいつも臭いよ。辛気臭い」

「ひでえや」


 バイトのおばちゃん、隊長の母親の友達だから完全にガキ扱いして来る。

「なぁ・・そこの浅鉢いっぱい火酒注いでくんない?」

「アホウ、そんな飲んだら腰抜けるわ」

「飲むんじゃないって。手が洗いたいんだ」

「どアホウ、んな勿体無い。そんならお飲み!」

 おばちゃん無茶苦茶言う。


 隊長、火酒を張った浅鉢を持って裏庭の釜場に出ると、指先から順に手を洗う。掌を漬けて、その手で鼻から襟足まで拭う。

「うひぇ」

 目に染みて声が出る。

 うがいして、少し飲む。

「あたた・・」

 あちこちヒリヒリするが、少し清浄きれいになった気分で店内に戻る。


「ああ? ガン坊、酒臭い」

「そりゃ・・そうだろ。浴びて来たもん」


 安置所で屍体調べて来たとは近所の人たちに言えん。

 ・・けど、こんな仕事を墓掘人のおっさん一家に押し付けて、街外れに住まわせ近所付き合いしないとか、俺ら大した『人でなし』だよなぁ。兵隊にられた場合ときゃ一から十まで全部自分らでする事なのに。


「腸詰焼けたけど、あんたら食う?」

 おばちゃんに聞かれて若い部下たち・・

「・・今日はなんか、野菜が食いたい気分だなあ」

 目の下に隈が出てる。


 そのとき、表の扉が開く。

「邪魔致す」

 入って来た人物を見て、民兵隊長と部下三人、目を剥く。

「居たよ、ほんとに」


 それは普通の人が子供に見えるほど背の高い黒衣の修道士で、頭巾の隙間からは整った黒い顎鬚が見える。

 低い天井に難儀しながら店に入って来る。


「この辺だと頭ぶつけないで済むかねぇ」

 おばちゃん難儀しながら席を探す。

二倍火酒トッペルコルンは御座るかな」

「誰かさんがどんぶり一杯飲んじまってねぇ。ピンピネラの薬酒なんかどう?」

しからば其れを」


「あの・・不躾ながら、自分はこの街の民兵隊長ガンドハールと申します。これを御覧下さいますか?」

 例の『人相書き』を見せる。


「成る程、是は不穀われである。く描きをる」

「何故このような物を賊徒が持って居たのでしょう?」

 修道士、酒盃を叩く。

 「扨ては是、見たら襲えと言う指示か」コンコン

  「見たなら逃げよと言う指示か」コンコン

   「伯兮喝兮邦之桀兮」コンコン

 酔客一同手拍子で歌う。


 黒衣の修道僧、懐からカルタを取りだす。

 (わっ! 破戒僧さんだっ!)

いや々射倖の賭博に非ず。負けた者が罰盃を干すのは何如?」

 隊長と部下ほか近在の数人、勝負に乗る。

 四半刻後、修道士のほか皆酔い潰れる。


「いやぁ、売上げ伸びた伸びた」と、おばちゃん。

「お坊様、ろはにしとくよ」

かたじけなし」


 僧、去る。


                ◇ ◇

 メッツァナ、高級宿のホール。

 北から来た『巡礼』が皆着席したかディアが素早く確認してサインを出す。

 来賓が入場する。

「なんのセレモニーが始まるのかしら?」

「チャリティ?」

 ハイソな感じの宿泊客が興味を示す。


「あれって次期市長さんよ」

 その隣にいるド・フネス氏はまだそれ程は顔が知れ渡っていない様だ。

 政治家の祝辞もあまり人の興味を引かず、司祭さんがハンサムだとかの声ばかり聞こえる。


 しかし、ひときわ艶やかな女性が登壇すると衆目が集中した。

 古風な振袖ブリオの色艶が東帝国産の最高級シルクだとか、そんなお喋りの声が次第に消えて、しんと静まり返って仕舞った。皆が彼女の腰から太腿への曲線に魅入られ押し黙ったのだ。

 あまりの静けさに、誰かが生唾を飲み込む音が響き渡った。


 ド・フネス氏が彼女を嶺南ファルコーネ城主と紹介すると再び響動とよめきが起こる。

 然し、彼女のスピーチは殆んどの人の耳に夢の中で聞く音楽の如くに響き、サブリミナルに脳内へと染み透ったと思われる。


 だが、ひとが五十人から居ると、魅了に抗える人間もいる。

 そんな一人が挙手。

「我らの姫の、現在の御待遇は如何様に?」


「ランベール男爵令嬢は、ヴェルチェリ副伯夫人ヴィスコンテッサの庇護下で我がファルコーネ城に御客人として逗留中です。新たなる男爵家の当主たるに相応しい人品骨柄の如何を見定めさせて頂きますわ。言う迄も勿く、彼女の許に馳せ参ずる郎党衆殿は重要な評価対象です」

何方どなた様がご評価を?」

「我が従姉の副伯夫人ヴィスコンテッサから嶺南候へと奏上致しますが、我が耳目も令嬢に近侍して居りますのよ。随時近況が届きおります」

「ご健勝であられるか?」

「勿論」

「安堵仕りました。何卒宜しく申し上げまする」

 深々と礼をする。


 祝杯が行き渡る。


                ◇ ◇

 ブラーク城。

 男爵とエルザ、差し向かいで一杯っている。


「でもさ、あの人も同情の余地は有ったんでしょ?」

如何どうかなぁ・・ちょっと主君として仰ぎたくないって判切はっきり言っちゃってる者も結構居たしなぁ」

「ダメの人?」

「大公まだ、時々癇癪起こして言うこと支離滅裂っての、そう頻繁だった頃でなし

・・少し待ってりゃ上手く行てったかも知れなかったんだよ。詰まり、あんまりお上手な人じゃなかった」

「我慢が足りないタイプ?」

「いや、あの人本人がどれだけ本気だったかは知る由もない。けれど公子派連中は大公を押し込めて州の政権握ろうと動いちまった」

「そいじゃ、本人は・・」


「ひとたび行動を起こした大公は『往年の小覇王、斯くやありけん』ってな感じで電光石火の公子派潰し。大公妃幽閉して、あの人は廃嫡のうえ追放」

「殺さなかった、と」

「理由は知らんけどな」


「やっぱり実の息子かも? って思った?」

「それは無い」

「無い?」


「儂は見た」

「何を?」

「ナニをだ」

「・・・・・」

「もうすっかりボケちゃった頃、メイドがお世話してるとこに居合わせた」

「それって・・」

「大公って、王座を夢見ちゃった摂政殿下の孫で、同じ王族の一家皆殺しは外聞が悪いから処刑されずに改易されて都落ちして来たんだ。まだ子供だった頃だろうに酷いことするわい」

「ちょんちょんされてた・・と」


「だから大公妃が愛人と作った子を知らん顔して世子に立てて、暗に王家に対して嫌味でも言いたかったんだろうなぁ」

「んじゃ、もしかして公子派が妄動したのは?」


「今となっちゃ、五里霧中さ」






    

続きは明晩UPします。

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