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15.遠いあの日も憂鬱だった

「ゴブリナブールの町で小鬼ゴブリン退治って、洒落になんないわね」

 クレア、小さな声で呟く。


「それで、団長さん? ・・れとも、城砦総兵たいちょーさんとお呼びします? 小鬼ゴブリン共が実在する事はお信じなのですの?」

「信じるも信じぬも、左様そうとしか見えぬ者を多数数珠繋ぎにしておる。我ら傭兵は皆な『食った物ー触った物ー見た物』の順で信じまする」

「その順番、意味わかんないです」

「我ら、幾度も兵糧攻めに遭うなどの苦難を乗り越えて来た者らゆえに、くらうて味わう事は、物が実在を確信出来る事の最たる物で御座るわ。して兵は詭道也。見掛けで他人ひとを欺く戦術は我らの常道ゆえ、触れる物の信憑性が勝る。て如何かな?

 道理に叶った順であろう?」

 (・・あ、駄目。この爺さん結構外連ケレン師だわ)


「ねぇ、もしかしてディードって元傭兵としちゃ、めっちゃ地味の人?」

「周囲に派手目の人が多かったのでな。逆に目立ったぞ」

 傭兵には、所謂『傾奇者』が多い。ド派手である。

「あ・・地味は今の仕事にも合ってるよね・・」

 とんでもない派手な格好の追跡者が来れば、逃げる者はさぞ有り難かろう。

 ・・まぁ、も少々ちっと伊達男っぽい方が受注は伸びるとは思うけど。あたしも少しは誇らしいし

・・てか、それ関係ないわよね。男女の仲でもなし。


 少々焦るクレアであった。


                ◇ ◇

「捕虜のひとりだけを、背後の縄目を緩めさせた。だが上手く独りだけ逃げ出して呉れるかな?」

 ホルスト隊長が不安そうだ。

「利発さの欠片カケラも見えぬ小鬼ゴブリン共だ。殴打されて昏倒したまま、気付かず寝ているかも知れぬし、気付いたら気付いたで、独り抜け駆けで逃げ出さずに仲間を助けるかも知れぬ」


「『賭け』ですかな。戦闘中に他を斬殺し、独り軽傷で逃走させるとかの匙加減が出来ていたら容易たやすかったのだが」

「言うて呉れるな。左右そういう技量は我らはディード殿の足元にも及ばぬ。そもそもが出動の許可を仰いだルーゼルの代官所からは、小鬼どもの殺生を厳禁されておるのである」


「へ? 敵性亜人種を殺しちゃいけないって? んなこと仰せになるの・・どんな聖人さま?」

 クレア頓狂な声を上げる。

「お代官は助修士コンヴェルススでおられる。大司教座の聖職者ではないが、考え方はそちら系の温厚な御方だ。まぁ聖人でなくて聖人を崇敬しておられる階級だな」

「はぁ・・出家してないけど慈愛溢れる坊さんっぽい俗人ね」

「そんなとこである」


 温厚・・悪く言えば八方美人の絶対支配者が居る事は、アグリッパの民にとって幸せなのだが、外部から敵対者が来ると『ちょっと待ってくれ』な状況になる。

 それでも、辺境には元傭兵団を丸抱えで配置するとか、自分達のヘラヘラ微笑み外交の限界を知っては居るのだろう。これが、王国内で最も平和と謂われる当州の実態である。


「その博愛主義のお代官フォクタイ様は、小鬼ゴブリンを殺すなと厳命なされたのか」

「いかにも」

 ・・真意が解せぬが・・と言いたげな表情のホルスト。


                ◇ ◇

「動きました!」と報せの兵士。

「縄目を緩めた小鬼、独り狐鼠々々こそこそ逃げ出したか。やはり、仁義も友愛も無き奴輩やつばらという事だ」

「では追尾に掛かる。ゆめゆめ我らを見失なわぬ様に」

 ディードとクレア、席を立つ。


                ◇ ◇

 夜道。

 よろめきつつ小走りで必死に逃げる小鬼を、気配殺して追う二人。

「兵隊さんたち、ついて来てるよね?」

「問題ない。可成り距離を取っては居るが、確実にこちらの合図サインを読んで、追って来ている」

「山道に入るわ」

 小鬼が小枝を潜り藪から藪を抜けて行くと図体の大きいディードは少々苦しいが、位置は把握できている。膝行が苦でないクレアは余裕だ。


「横穴!」

 藪で隠れた斜面に横穴が有った。逃げた小鬼が奥へと消える。


                ◇ ◇

 シュトライゼンの町の歓楽街、イレーヌの店。食卓に突伏つっぷして、冒険者レッドが寝息を立てている。向かいでは、荷物持ちブリン下腹突き出して爆睡中。アリ坊とレベッカは長椅子でもたれ合い、横にはイレーヌ姐さんの妹分たち。子猫らの塊りが眠って居るような有様で微笑ましい。


「寝床に連れてきます?」

「あたしら二人でどうやって? それより少年、みな寝ちゃったから、お姉さんといいことしよう」

 フィン少年の耳元で囁くイレーヌ副会頭であった。


                ◇ ◇

 レッドは夢の中。

 相変わらず夢見はよろしく無い。

 何だったかのは思い出せないが見覚えある建物に入ろうとするレッド。通用口の脇の壁に、若い男が背凭れて立っている。


「役立たずのレッドバート、とうとう退団クビだって?」

「お前だって役立たずだろ?」

 名前、なんと言ったか思い出せない。よく知った顔なのだが。


「俺は地元貴族とコネ有るから、門番くらいの仕事は回って来るんだよ」

「似たようなもんだろう」

「似た様なもんだ」

 男、少し考えてから言葉を継ぐ。

「役立たずと似た様なもんだけど、門番としては一応役に立ってるだろ? そりゃあ騎士のやるような仕事とは思わないが、従士のやってる門番より強いぞ」

「それは、強い敵が攻めて来たらば屹度きっと役に立つという仮の話だ。実際はぼんやり立ってるだけだからな。農家の三男坊が小遣い稼ぎに御貸具足着て立ってるのと何の違いがある?」

「無いな」


 世間は広いので、すき好んで門番など引き受ける傍ら、趣味の人相見をしている変わり者の騎士も居たりするのだが、今の彼らに知る由も無い。

 レッド、溜め息混じりにコボす。

「領地があって領民がいて、殿様の陣触れに馬廻衆を引き連れて参陣する父上兄上僚友様方を見て、ああいうのが騎士だと思って育った。でも今は、いくさ働きの恩賞に領地が手に入るようなご時世じゃあないしな。泰平の世が悪いと言ったらヒトしだが」

「贅沢は言いっこ無しだ。所詮どうせ実家で燻ってたって上の兄貴の従者で一生を終わるだけだ。騎士に成れただけでも有難いだろ・・って、お前は退団クビだっけ」


「まぁ、騎士身分が剥奪される訳でも無いから、来週からは放浪の野良騎士だな。でも一層いっそ、騎士とか名乗るのはめにして、町で働いて市民権を取るのが良いって話を聞いてきた。変なプライドを持ってると飯が食えずに厄雑ヤクザ者の用心棒あたりに転落まっしぐらだと言われたよ」

都市まちへ出て自由市民になるか。それが良いかも知れん。俺達、叙任のお披露目も合同で安く上げた量産型騎士だからな。日常でも戦場でも、騎士としてハレがましい思い出の一つも無い訳だし」


 二人して悲しい気分になる。


                ◇ ◇

 どっこい今も、剣戟の響きの中で生きる者らが居る。

 ゴブリナブールの町から遠からぬ山中。まぁ、レーゲン川に向かって開けた狭い谷間に拓けた町だ。北も南も直ぐ山である。


「巣穴か。厄介である」とホルスト隊長。

「他にも出入り口が有るやも知れぬ。燻して仕舞うのが早かろう」

 ディード、涼しい顔で提案。

「民間人の虜囚が中に居るのではないか?」

「中の捕虜とりこ達が煙に巻かれてしまわぬように煙量を加減しつつ、目鼻に辛い刺激臭を送り込むのだ。薬物に詳しいお方が御出おいでだろう」


「あああ・・難しい事を仰る」と衛生兵メデク殿。

「他の出口から逃げられる懸念も払拭でき申す。煙の立つ処を追えば良い」

「それでは日の出と共に決行と致そう」


 朝駆けと決まる。


                ◇ ◇

 イレーヌ姐さんの店。

 レッド、ふと顔を上げると食卓の木目の跡が頬に付いている。

 見回すと、長椅子でミドルティーン少女たちの塊りが眠っているので、イレーヌ姐さんの物と思しき膝掛けをかけて遣る。贔屓ではなく、尻出して寝てるアリ坊を優先で。


 ブリンが巨体を反っくり返らせ大鼾かいている。戦場を駆け巡っては星空の下で寝ていた頑丈な体だから問題無かろう。

 冷たいようだけれど自分の足許も若干覚束ぬので、俺は独りで柔らかい寝床へと移動させてもらうのだ。


 廊下に出ると、なんだか色っぽい声の漏れて来る部屋がある。

「・・(あ、フィンのやつ、大人の階段昇りやがったな)」

 まぁ覗いたりとか無粋な真似はせず、自分の寝床に向かうレッドであった。



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