135.ぶらぶらしても憂鬱だった
メッツァナ冒険者ギルド。
胡散臭い男が現れた。
「ひと探しの依頼をしたい」
男、マリアに案内されてデスクへ。
「お名前を伺ってよろしいですか?」
「俺はエーリヒ・ブロイハウス。ノビボスコの住人だ」
「どなたをお探しですか?」
「スカンビウム冒険者ギルドのマイスター、マッティ・ウゾーの娘アンヌマリーの行方を探して欲しい」
「? スカンビウムのギルマスはマティアス・マッサリオさんでは?」
「出生時の姓がウゾーだ。父親の代で領地を失なって改姓しているが、本姓はデ・ウゾーだ」
「親御さんでなくエーリヒさんが、ひと探しの調査を依頼する理由を、お聞きして宜しいですか?」
「マティアスはギルマスだ。当然自分で依頼を出せるのに出さない。それは、彼が再婚したからだ。遠慮しているのだろう。だから俺が依頼する」
「エーリヒさん、お友達想いなのですね」
マリア、目が潤々している。
後ろでの囁き。
「引っ掛かっとる」
「天使が騙されてるわ」
◇ ◇
ここメッツァナは王国を縦貫する南北交通の要所にして、河川交通と馬車道との乗り換え駅。中央の山岳地帯を抜ける隘路に栄える一大商都である。
もう一つ、名刹エルテスへの巡礼が必ず通る町。つまり精進潔斎の前なり後なり人の欲望が爆発する地である。
欲望の対象は無論、美食と美女。
巡礼が清貧の旅なのは教会から贖罪を命じられた者か素で余程敬虔な者。多くは領主様から貰った通行手形で普段は到底出来ぬ旅の自由を楽しむ者らである。
それでも札所では身を慎むから、その前後が『慎まない日』だ。
ここメッツァナは、その舞台なのだ。
只今、爆発の現場は安価あんしんの人気店。若い娘たちが多いのは、皆さっさと稼いでいい男めっけて足洗う、というサイクルが短いからである。貧農の娘が泣く泣く売られて来る地域とも、愛欲の女神の巫女と密かに崇められている地方とも、ひといろ違う色街がここである。
大広間を衝立で幾つも小さく仕切ったブースのひとつ。不覚にも蝋燭一本燃切る前に終了したサウルが世間話をしている。
「今日の遣り手の姉ちゃん、色っぽかったよなぁ」
「終わったからって他の女の話すんなおぅ・・てまぁ、商売がたきに居たらやだねアイツ。素人で良かったわいなぁ」
柔くなったサウルを引っ張って遊ぶ。
「もう一人姉ちゃんいたろ。あれ、顔はそこそこ美人なんだけどなぁ」
「ちょっとウチの女将の妹さんに似てるわ。男つくらず客とらず帳場仕切ってもう幾年」
「あら! それ同感! あたしも確かに似てるって思ったわ」
と、隣りのブースの女。衝立の上から顔が出ている。
女の下から男の声。
「もう一人姉ちゃんって、ギルドの人のことだろ? 俺、守備範囲だぜ」
奇特な人が居た。
◇ ◇
スカンビウム、町役場地下の霊安室。
「さすがにこの人数、ちょっと置いとけないですよ」と民兵隊長。
「嫌だからって後回しにすれば状態どんどん悪くなるし、調べずに埋めちまったら最悪だよ!」
「親玉は死んでるんだし、これ以上に害は広がんないんじゃないですか?」
「あんた! この町の警備責任者なんだよ! そぉんな小僧の頃みたいな責任感でどうする!」
エルザに叱られる。
小さい町である。世襲職である墓掘人こそ居るが、処刑人とか居ないので民兵が対処する。だが負担感が大きい。自由市民から重犯罪者が出るとカンタルヴァンの治安判事に御出座を頼む次手に刑吏も借りるが、滅多に有る事ではない。無法者の処分は自治体でせねばならぬ。冒険者は戦闘なら引き受ける。しかし縛られた者を手には掛けない。
結局民兵がやるしか無い。
傭兵が試し斬りの人体を金払ってでも欲しがるなんて話、同業者以外の知る由も無いのだった。
エルザ、ニコラス・リーチの首級を手に、五つの首無し死体と切り口を比べる。
民兵隊長、嘔吐を堪える。
「これだ」
ぱっとしない服装の体と合わせる。
「所持品を改めよう」
襟に袖口、懐に股袋。衣服を全部脱がせ、丹念に調べる。
「ほら、指輪が相当値打ち物だ。頭目に相応しいね」
裸にした体の特徴を板切れに絵で描く。
「あんたは葬儀屋でも処刑係でもなく警備責任者なんだ。敵のボディチェック術は教えたろ?」
「教わったのは、生きてる奴のですよぉ」
「左の胸に刺青で "NEMO EST"・・どこの言葉だ・・?」
男根を指先で弾く。
「ちっさいわね」
「姐さん、そこは優しくしちゃろうよ」
「いや、風采は上がらないし服は地味だし、あんまり強かぁなかったそうだし・・此奴、なんでボスだったんだろうね。この短剣・・」
華奢な造りの小さなもので、一見して実用品ではない。
銀鎖で首から掛けてたのが、首が飛んだときに服の中に落ちて臍下で股引の紐に挟まったのだろう。
股間にぶら下げていた物ではない。
ちなみにベルトから股間真ん中に短剣を吊るすのは、よくある。ぶらぶら邪魔でないのだろうか。
「・・『アレ斬られないように』って誰か言ってたわね」
変なことを思い出す。
事実、衛兵の使う斧鉾術では、よく股下から斬り上げて来る。止血しにくい太い血の管の有るあたりが狙いらしいが。
「やっっぱり、気になるわね・・これ」
「アレですか?」
「違うわよ。この短剣・・」
「・・そして、これも」
財布から出てきた、小さく折り畳まれた紙片である。
「どうしよう・・。下手にいぢると襤褸けて崩れそう・・」
「アレの大きさでボスになる訳じゃないですし」
まだ誤解している民兵隊長。
◇ ◇
メッツァナ冒険者ギルド。
胡散臭い男、帰る。
「どうした? 面倒な客でも来たのか? 休憩入ってもいいぞ」
・・と、カナリス部長が奥から出て来る。
暗に「自分、面倒な客の相手して疲れたから休憩してたんだよぉ」と言い訳顔。
マリア莞爾にこして・・
「いいえ、いいお話でしたよ」
平然と平常業務に戻ると、同僚に取り巻かれる。
「スカンビウムの泥鼈娘のことでしょ? なんか旅に出たっていう・・」
「フィリップさんが何か知ってんじゃない? 今日来るわよ」
そういえばギルマスも今夜重要な会合が有るとか言っていたが、昼から留守だ。フィリップさんもそれに合わせてだろうか。
「それよりさ、ホールのお客さん・・ほらミリヤッド兄さんとずっと話してる人。甘いマスクで格好良くない?」
◇ ◇
ホールの方。
ミュラ、無口な彼には珍しく、まだ護身術教室のミリヤッドと話し込んで時間を潰している。いや単に、夕刻まで手持ち無沙汰だったのかも知れないが。控えめな性格のミリヤッドが少し気に入ったようにも見える。
美味くもない水割り葡萄酒を舐めて粘っている。
「この短杖なんだが・・」
滅多にひとに見せない物まで見せている。
ドンゴロス袋を担ぐ人足の使う鉤の手のようなフックが先に付いた、検品用具の様でもあり、火掻き棒の様でもある杖。握りの手を捻って引くと長めのロンデルが出て来る。
「あ!」っと驚くミリヤッド。
それは強靭な鎧通しで鎖帷子を貫くし、切先近くは双刃が付いていて、刃部分が肉厚すぎるからナイフのようにこそは使えないが斬撃も可能だし、根元の方は断面正方形の鉄棒という感じで殴打に使える。武人たちは戦場で副武器に使うが、十分メインも張れる代物である。
ミュラ、刃を戻す。
「こんなふうに中に仕込んでなくても真剣で斬り掛かられたとき受け流しに使える護身具に十分なるし、警棒とかに見えない拵えも出来る。ほら」
見ると、身に目盛りなんかも刻んである。工具か何か汎用の道具に十分見える。
「武器に見えない護身具っていろいろ有るよ」
まぁ実は、ぼやかして暗殺術の手口を語っているのだが。




