134.天使がいても憂鬱だった
メッツァナの冒険者ギルドホール。
護身術談義になっている。
「そのとき、ナイフを振りかざした男から武器を取り上げるのは簡単か、難しいか・・って激論になったんです。わたしは『難しい』って言って、あるベテランの冒険者さんが『そんなのは簡単なことだ』と仰る。それで、実際やって試すことに成ったんです」
「それは面白い」とミュラ、水割りの葡萄酒をちびりと呑む。
葡萄酒を水割りにしても美味くないが、水の防腐剤として屡くやる。
ミュラの場合、商売柄あまり酔いたくないのも有るが、地元のエリツェプルでは蒸留酒を加えて日持ちを良くした葡萄酒を、飲む時に復た発泡鉱泉水で割るという習慣が有り、それに馴染んでもいる。
「それで、わたしは先の尖ってないパン切りナイフを逆手に持ち、ベテランさんに打ち掛かりました。彼は、いとも簡単にわたしの右手首をホールドしたんです」
「そしたら?」
「彼が『簡単だろ?』と言い終わる前に、その凄い人は、わたしのナイフを握った手を横から一寸と押して・・そしたら、わたしのナイフの刃が丁度ベテランさんのリストをカットする位置に変わっていたんです」
「逆の先か・・凄いな」
そして凄い人が仰るには「自ら戦うプロは敵の攻撃を受け損なっても自己責任で『勝負は時の運』と諦めればいいけど、素人を教える者は『そう簡単じゃない』と思ったら『敵を制圧する』より『安全に逃げる』を教えるのが正しい」って。
「それは達人だ。出会えたあんたら、二人とも運がいい」
心中『世間広いな』と思うミュラ。
実は狭かった。
◇ ◇
冒険者ギルド。
カナリス部長が口の中だけで呟く。
「・・ああ、来ちゃったよ」
例の『軽舟強盗』被害者遺族の夫人である。
「我々は冒険者ギルドです。護衛とか警備員などに腕自慢の派遣や、浮気調査から訴訟の下調べまで探偵だとか、色々と手広く扱う所謂なんでも屋なのですが、訴訟そのものは代言人ギルドの領分なんで、手が出せません」
代言人なる者は善良なる市民の義務として選任されるのが本来だが、近年急速に職業化して組合まで出来ている。
「もちろん代言人に頼まれて調査員を派遣してますから、知り合いなら居ますよ。顧客として、ですが」
「ならば!」
「そこが難しいのです。『出先で戦争に巻き込まれた場合には運送業者には責任を問えない』という慣習法があるので『運送業者の不適切なコース選択があった』と立証できないと、間違いなく裁判に負けるのですよ」
「そんな! 駅馬車屋さんは皆どこも護衛を雇ってるじゃないですか!」
「それは義務じゃなくて自衛の企業努力です。船便は海賊のよく出る北海州あたりでも無きゃ護衛は付けないのが普通です」
夫人、絶句して落涙。
「河川交通業者組合は『岸辺で困ってる人の振りをする強盗』の手口に要注意だと船頭達に通達して周知しています。だから、貴女は船頭が通達を破って勝手に岸に舟を近づけたと法廷で訴えねばならない」
畳み掛ける。
「どうしたら裁判員が納得します? 彼らは『乗客が敢えてそうせよと命じた』と舟主側が言う方を信じるでしょう。より合理的な説明ですから」
「つまり、引き受ける代言人が居ないと言うことですか」
「いいえ。どんな横車でも押す者は居ます。お金次第でね」
「お金次第ですか」
「と言うか、貴女の覚悟次第です。私も恐喝まがいの事をする代言人なんて紹介は出来ません。迂闊りぽろりと名前を漏らすかも知れませんけどね」
夫人、考え込む。
「一度お帰りになって、緩りお考えになる事をお勧めします」
カナリス部長、帰った帰ったと言わんばかりの態度。
夫人、消沈して退席する。
「こぉの狸・・」とマリア。
だが外見的には彼は狐の方である。
◇ ◇
昼下がりの歓楽街。
「しっかし兄貴、真っ昼間だってのに毎日人が多いよねぇ此処」
「そらぁお前・・出物腫れ物ところ嫌わずよ。ときも嫌うめぇや」
「あれ? いつもの廓ですぜ」
サウルとイッシュが平素散財している店である。
馴染みのお侠娘が顔を出す。
「アレ、また来たのかい」
「またまたお前のまたに来らぁ」
「ちったぁたまにおしよ。すぐ金袋の中身が寂しかろ」
「玉袋なら毎度中身が寂しいぜ。そいつぁお前の所為だろが」
「本日ぁ何だい? 団体様とお越しかい?」
「先頭の小股の切れ上がった姉ちゃん、ありゃ誰だ?」
「よう知らんけど、遠方から来た遣り手の女商人らしいよ」
「遣り手の姉さんにしちゃあ随分とお若ぇじゃねェかよ」
「エッ! あの姉さんが皆のお相手すんじゃねんですかい?」
「そんなの御遠慮して頂くよ。あたしらの稼ぎが減っちまうじゃないか」
「そっかぁ・・あの姉さんが出るんじゃねぇのか」
「なんだよぉ。あんた浮気する気まんまんだったのかい」
「イヤみんな並んでたから俺らも一丁乗ろうと思ってさ」
「乗んなら毎度のあたしにしときな」
「客が『昨夜は見るだけで』って言ってたなぁ、あれナニ見たんだろ?」
「そりゃお前さん、切れ上がった小股の奥の方じゃないのかぇ?」
「そんなもん見したんか!」
「まァ此れだけの数の客引いて来んだもの。大した遣り手だろうさ」
「成る程、婆さんにゃ出来ん芸当だわ」
妙に感心するサウル。
◇ ◇
スカンビウム手前。メッツァナに向かう街道。
エルザ姐さんが民兵隊長と問答中。
「こっから直ぐであたしの店なんだよ。飲み食いする場所の直ぐ近くに晒し者ども吊るすってなぁ、ちょっと討伐功労者に配慮が足んなく毋いかい?」
「船賃惜しんでメッツァナから歩いて来るなぁ商人宿の方に行く奴だろ。実害とか無いと思うんだけどなぁ」
「うちの客ぁ大概が近所の住人さ。ここは通らなくたって近所に刑死者がぶらぶらぶら下がってりゃ食欲げんなりだよ」
「うーん」
「だいたい、船ぇ襲う強盗が捕ったって言って安心させたいのは船の客だ。河岸に晒したら良いじゃないか」
「それも一理あるなぁ」
エルザ、撤去交渉に勝つ。
「ねぇ・・ニコラス・リーチの首と胴体、とっ違ってないかい?」
「あのお侍さん、スパッとひと太刀だったから首級が遠くに吹っ飛んでて、それでいちばん値段高そうな靴履いてた首無し死体とくっ付けたんだけど」
「ニコラスが吝嗇野郎でどた靴履いてたかも知んないだろ! 財布の中身とか丁と調べたのかい!」
「首無し死体の股袋とか触んの嫌だったし・・」
「じゃ、所持品チェックも碌にしてないのかい! このダラ幹が!」
そこへ見事な白馬に跨ったフェンリス卿、通り掛かる。
「あら。もうエリツェにお帰りですの?」
「いいえ、暫くメッツァナに居ります。式の日程とか詰まって来たら改めてご連絡致しますので、叔母上も是非ご出席下さい」
「おっおお『叔母上』?」
「弟の義母様ですから」
「あたしゃ飲み屋のおかみですよぉ」
「大丈夫。ブラーク男爵が『全部任せとけ』って」
相変わらず面倒見のいい人である。
「あれ? あの人の首と胴、別人じゃありませんか?」
「ほら見なさいボケナス隊長! まったく小僧の頃から仕事が雑なのよっ」
「ご覧なさい。切り口が違ってるでしょう?」
民兵隊長ちいさくなる。
◇ ◇
メッツァナの冒険者ギルド。
痩せた男が入って来る。引退間際の冒険者といった風情。
周囲の人みな「只者ではないな」と思う。・・悪い意味で。
「あれ・・絶対に詐欺師よ。すっごく胡散臭いわ」と耳元で囁く同僚の声をよそに笑みを浮かべて話しかけるマリア。
「いらっしゃいませ。メッツァナ冒険者ギルドにようこそ。御用の向きは、ご依頼ですか? それとも仕事をお探しですか?」
あちこちで「天使だ」とか囁く声。
◇ ◇
続きは明晩UPします。




