133.その日の午後も憂鬱だった
メッツァナの町、西大通。『二の壺』の広場。
『巡礼』集団のツアコンを勤めるミュラ、焼き腸詰を齧っている。
隣席の『警備員』、小走りで帰って来る。
「ニコラス・リーチ、賞金掛かって無かったです」
「聞きに行ってくれたのか。ありがとう」
「いいえ、第一報ですから此方が有難い情報ですよ。ニコラス・リーチって有名な凶賊ですけど州北部の陸路を荒らしてる奴で、こっちの方には来てないもんで賞金掛かってませんでした。レーゲン川に出た強盗は湊に通報が入った賞金首です」
「あんな大勢の盗賊団が賞金掛かって無いのか・・」
「あっちは領主さんの私兵がそれぞれ自分とこの領地だけ守ってるような土地柄だそうですから。
「それは・・自治村とか大変だろうなあ」
・・そういえばスカンビウムの民兵団あんまり役に立ってなかったな。街ひとつ冒険者ひとパーティに『おんぶ』って感じで。
「此処もよそ様の事ぁ言えませんけどね。郡役所に市警が警官隊を貸してるような有り様ですから、町を一歩出ると街道沿い以外はけっこう怪しいです。まぁそれで冒険者ギルドが食ってる訳ですけどね」
「ふぅん」
「でも、南岳教会の僧兵さん達が来てくれる様になると俺らのメシの種危いかも」
どちら様も、いろんな悩みが有るようだ。
◇ ◇
「ねぇ・・ディアさん。貴女のお尻、なんかやけに視線が集まってません?」
ヴィオラ嬢が年下のディアに敬語なのは、顧客だというばかりでは無い。
「ちょっと刺激したのよ。今日明日と色街通いして賢者になって貰おうと思って。ほら、これからエルテスのお寺参りするでしょ?」
「計画的って事ですか・・」
「旦那とちょっと派手にイチャついて見せただけ。経費ゼロの投資だもん」
「もしかして・・これから案内するお店・・」
「うん。ちょっと心付け貰ってる」
「・・さすが『銭の雌狼』・・」
「なに、そのあだ名!」
実はウルカンタの『高級店』からも金一封貰っていたディアであった。
◇ ◇
メッツァナ冒険者ギルド。
カナリス部長が協会便の通信文を読んでいる。
「マリアくん。『軽舟強盗』の討伐依頼、出すの中止だ。スカンビウムで死刑執行完了だってさ」
「もう捕まったんですか」
「軽舟も無傷で回収したから、船主に連絡してあげて」
「民兵隊のお手柄ですか?」
「いや、南部方面の大手っぽい商会だとさ。謝金吝んない方が良いって耳打ちしてあげてね」
「あそこも舟を盗られたとき船頭と客ふたり殺されてて、経営きついでしょうに」
「舟が戻らんより良いだろ」
「あれって客の方が悪いんじゃありません? 川の辺りで困ってる人のお芝居する強盗の話って、船頭さん達には回状まわって周知されてるんですよ?」
「そんなの三人共死んじゃって藪の中だ。遺族は船主にクレーム付けるさ。盗賊に舟を手に入れさせた事でも同業者から非難轟轟だ。舟を取り戻して呉れた人に誠意見せなかったらマジ潰されるぞ」
商売の世界、なかなか厳しいようだ。
「それよりマリアくん。スカンビウムのギルドに四デュカス送金手配してくれ」
賞金を掛けたのはメッツァナ河川交通業者組合、供託を受けたのはメッツァナの冒険者ギルド、支払ったのはスカンビウムのギルドである。最初から地域協議会の口座に置いておけば送金手数料は掛からなかったのだが、被害が広まったら賞金が上乗せされると踏んでいたカナリス部長の判断ミスであった。
「アンヌマリーさんが週イチくらい町に来てた頃だったら楽だったんですがねぇ」
「そう言えば彼女、どうしたんだ?」
南部で結婚した話はまだ誰も知らない。
◇ ◇
メッツァナの歓楽街。
「ねぇ・・サウルの兄貴、そろそろ金が尽きますよ」
「遊ぶ金が尽きたら、そりゃ働くしかねぇな」
「ねぇ兄貴、俺たちって依頼された仕事、なんにもしてないですよねえ」
「ふはは、俺も昔より利口になってんだぞ。依頼主は俺たちに人殺しなんてさせる積もりゃサラサラ無ぇのさ。逆にそんな力も度胸も無ぇのを知ってるから安心して依頼したのさ」
「また兄貴の自虐自慢が始まった」
「標的の周りを得体の知れねぇ怪しげな奴がチラチラ覗いてるって不気味ネタ以上ぜんぜん期待して無ぇんだよ。分相応だろ?」
「んなもんすか」
「そんなもんだ。それよりお姉ちゃんと遊びに行こう」
「ほぼ最後の金っすよ」
「したら仕方ない。仕事探そう」
◇ ◇
ギルドの受付嬢もとい汎用雑用係マリア、両替商に為替送金の手配に行ったらば修羅場に出会して仕舞う。
「ですから奥さん、船の沈没でも落水遭難でもありません。強盗ですから」
「乗船客を守る義務は無いと仰るんですか!」
「いいえ、でも船頭は護衛じゃないんです」
・・いや奥さん、それ無理ありますよ。だって、船頭さんが業界で出してる勧告無視して勝手にコース変えちゃったってクレームですよね?
「乗船客を守る義務は無いと仰るんですか!」
「いいえ、有るから不審な人の居る川岸に舟を寄せたり致しません」
「でも実際に、川岸に舟を寄せたから襲われたんですよ!」
「ですから、船頭にそんな命令が出来るのは雇い主であるお客様だけです」
「・・(ど、泥沼ッ)」
舟が戻った話をできぬまま、マリア退散。
◇ ◇
メッツァナ最高級の宿の前。
「こちらが当市で最高の宿でございます。わたくしも泊まったことがありません。王侯貴族がお泊まりになります」
ヴィオラ嬢なぜか自慢顔。
「そりゃ市民は市内で宿に泊まらんだろ」
「いいえ。わたしくし残業のあとなど屡くギルドでそのまま雑魚・・いいえっ! 残念ながら皆様のご宿泊先は別のところですが、今夜の宴会場がこちらです。必ず日の入り前にご集合下さい。けっこう遠くからでも高層階が見えてますので、絶対迷いません」
「夕方まで自由行動っと。ふふ〜んっふ〜ん」
「んで姉ちゃん、・・案内してくれる約束だよな?」
「ええ! ご案内しますよ、お相手はしませんけど」
「そんな事ぁわあってんよ。なんせ、あんたのご亭主にゃ敵わんからな。でかいし
・・いや、上背が」
ミュラ、そんな言われるほど大柄ではない。
なぜかヴィオラ嬢が同道して歓楽街へと向かう。
◇ ◇
「ヴィオラさんって、女まるだしの人が嫌いでしょう?」
「そういう訳じゃありませんよ。自分がいろいろ挘り捨てちゃってるなぁ、こいつ痛々しいなぁって思う事があって、それで、成功してる同業者の女性のことをつい妬んじゃう。それだけ。あなたの事は好きですよ。同業者じゃないからです」
「成る程。理詰めで来ましたね」
「ああ! 姉ちゃん『女まるだし』だもんなぁ」
「わっ、ひどい。『まるだし女』だなんて」
「おいおい! 言ってねぇよ。『女まるだし』って言ったんだ」
この時代の若い女性向け婦人服、上半身から太腿あたりまで可成り体にぴっちりフィットする作りのワンピースなので、お尻を露出する場合は相当上の方まで裾を捲ることになる。
男性に暴行を受けたひとの服が必ず破れる理由の一つである。証拠物件になって宜しい。
女ふたり、男ぞろぞろ引き連れて歓楽街にやって来る。
一見して客引き婆さんとかと外見も程遠いので、可成り奇異な光景であった。
◇ ◇
「おい! 見ろよイッシュ! なんだありゃ!」
「何っすかね? 超売れっ子の姉ちゃんの順番待ちかな?」
サウルとイッシュ、並ぼうとする。
「すいません。最後尾、ここですか?」
「ああ、オレだよ」
「すげえ人数っすね」
「ああ! 昨夜は見るだけで我慢だったからな。みんな待ちきれないんだよ」
「兄貴、『昨夜は見るだけ』だったんだって」
「見せてくれんのかよ!」
二人、盛り上がる。
◇ ◇
ミリヤッドと名乗る護身術教官に誘われて冒険者ギルドのホール隅で軽く薄めた葡萄酒など飲んでいるミュラ。
「以前ここで護身術談義にアツくなったときに、すごい人に一手ご教授賜った事がありましてね」
「ふぅん?」
興味を示すミュラ。
知らぬは亭主ばかりなり。
◇ ◇
続きは明晩UPします。




