132.豪華なランチ食っても憂鬱だった
スカンビウムの湊。レーゲン川遡上の旅の終点に向け、あと僅かである。
僅かであるが何故か『巡礼』一行には、寝不足で目の下に隈のある者が多い。
何故だかは知らないが。
「皆さんはランベール領を出て毎日が船旅でした。ちょうど一週を過ぎましたのでメッツァナで一息入れましょう。高原州随一の商都をご堪能ください」
歓声が上がる。
大きいと言う意味ではアグリッパが王国屈指の大都会だが、なにせ大司教さまのお膝元。鹿爪らしくて娯楽に乏しいのである。
『巡礼』一行、その娯楽に飢えていた。
ディア・メタッロ、別にポーズをとっている訳でもないが、船端に佇む彼女へと視線が集まる。
エリツェの探索者ギルドに貼り出される壁新聞で『娼館に居たら絶対通っちゃうイイ女:妄想番付』という週間ランキングの問題記事が有って、高位貴族令嬢から小町娘まで載っている。
よく訴えられぬものだと言われ続けているが、長寿企画である。
そこには不動の上位ランカーが居て、独身時代のディア嬢ついにベスト五位への進出を果たせぬまま嫁ぎ、番付登場資格を失った。
そういう訳で、震い付きたい級の際には非ねど愛嬌で人気だった彼女、現在では結婚してから寧ろ色っぽさが増しているとも言われる。
メッツァナの湊が見えて来る。
しかし、船首近くで船端に片足掛けた彼女のお尻あたりを見ている者の方が若干多いくらいである。
この世界の婦人服、爪先が少しだけ出るくらいの裾丈だが、腰とかぴっちりしてボディラインがもろに見えるのだった。
◇ ◇
スカンビウム。
フェンリス卿が、ブラーク男爵家の小姓ふたり連れてマティアスの住居でもある冒険者ギルドを来訪。結納の品を届ける。
メッツァナの町で大急ぎで揃えた白絹や猩々緋の錦織等の反物は小姓達。宝石や金地金を納めた小箱は卿が手にしての来訪である。
「これは・・」
「実家から『結納の品を持って行け』って言われたとき咄嗟に思い出しましたのが婚礼出席用の礼服に仕立てる素材をお贈りする此方の地元の慣わしでして。こんなものとか持って来ました」
恐縮するギルマス。
「まぁまぁご丁寧に有難うございます! アンヌマリーちゃんも立派なお義兄さままで出来て、なんて幸せな子なんでしょう」
傍目には如何見ても夫婦のマッティとエルザ。
「いやその・・あれの実の母親が・・その・むにゃむにゃ」
「それなんですが、ブラーク男爵いっそ亡くなった姪御さんとマティアスさんとが御夫婦だったことにして、エルザさんを後室って事にしようって仰ってます」
「え!」
「いや、グランボスコにあるアヴィグノ派の教会なんですけれど『南部人が攻めて来る』って噂でパニックになって、みんな夜逃げしちゃったらしいんです。逃げた後には流民が略奪に入って、婚姻の祝別記録なんて全滅ですって」
「あらら」
◇ ◇
商都メッツァナ。高原州南端に位置し、レーゲン川水運の終点にして馬車街道の始発点である。埠頭に沿って納屋衆の倉庫や事務所が立ち並ぶ。
二艘のチャーター船到着を、冒険者ギルドのヴィオラ嬢が手を振って迎える。
陸運業者組合の護衛を一手に引受けているので、ディアらのアルゲント商会とも取引があるのだ。
アグリッパは人口の割に静謐な雰囲気の町で、二人のツアコンでも五十人を引率出来たが、メッツァナの雑踏でそれは到底無理である。ヴィオラ嬢、警備員を数人連れてのお出迎えだ。むろん迷い子対策の警備員であるが。
「みなさま、メッツァナにようこそ。本日のランチは『食い倒れ街』で名物の銘柄豚尽くしコースをご用意させて頂きました。ただ少々人混みを抜けて参りますので案内員から離れぬようお進み下さい」
高原州の薄味料理に飽きが来ていたのか、歓声が上がる。
「お! 都会らしいってか、いかにも仕事できそうな姉ちゃんが出て来たな」
「でも都会的っちうかスマートっちうか、ボリューム足んなくね?」
小声の呟きも聞き逃さないヴィオラ嬢、眉がぴくりと動く。
・・スカンビウムの鼈娘は確かに乳が大きいけど、ベーニンゲンの雌ゴリラは乳じゃなくて胸板よね、ぶ厚い胸板。
ボーフォルス・ランベール両男爵家和合会談では可成り奔走したのに、最後は雌ゴリラの人脈パワーに圧倒されて競り負けた。今回は彼女の留守中。地道に点差を埋めないと。
心中そう思いつつも、お客様には常に笑顔の『メッツァナの蟷螂女』であった。
◇ ◇
メッツァナ西大通りの一部に飲食店ばかり軒を連ねるエリアがあって旅行客らの口づてて広がった名が『食い倒れ街』。正確には西大通りというよりも、そこから分岐した太い袋小路がいくつかも有って、その袋広場を飲食店が囲んでいるのだ。地元では壺広場と呼んでいて、その『二の壺』という地名の広場に六十席ばかりが確保されている。
実は今日の『警備員』は、手の空いているギルド員が『ランチ食い放題』だけで集まった面子である。
ヴィオラ嬢、時々こういう小銭にもならないバイトで人を使うのが逆に人気だ。
「あっちこっちに『豚と団栗』の絵の看板が出てるぞ」
「あれは嶺東ゴルドー村産の本物の『団栗豚』を仕入れてないと立てちゃ不可ない看板なんですよ」
「え、ここって銘々皿システムなのか!」
汁物以外は二、三人でひと皿を共用するのが常識だが、南のほうでは食いかけが他人のぶんと接触するのを嫌う人が多い。
給仕が大串に刺したままの焼けた肉塊を持って来て、皆に切り分ける。
「焼き加減や味付けがいろいろ有りますから、各自自由に声掛けて切ってもらって下さいね。それと、肉を乗っけるのに使ったパンを足元に捨てるのは、禁止です。野犬対策の条例が出てるんで」
ポイ捨て禁止条例が出てるらしい。
さすがに最近郊外で狼害事件があった話はしない。
◇ ◇
ミュラに『警備員』が話し掛ける。
「お客さん、相当にお強いかたですよね? 自分本職は素人さん相手に護身術とか教えてるんですけど・・いや、弱っちいんですけどね。護身術の基本は『強い人を見分けて喧嘩しないようにすること』って教えてるんです」
「それは極意ですね。お見事です」
「あ・・いや・・恐縮です」
「ときに『弱い相手を見付けて、突破して逃げる』という手もありますが、誘いの隙のこともあり、難しいです。やはり囲まれる前に逃げるのが一番」
「逃げ方を教えてると腕自慢の面々からバカにされちゃうんですけどね」
「実戦を知らない人には言わせて置けばいいです・・」
ミュラ溜め息。
「斯く言う自分も昨日だめな失敗をしたばかりです。小舟に乗って船を襲って来た盗賊がいて、弱そうだったもので捕まえて仕舞いました。そうしたら夜中に大勢で『お礼参り』が来たんです。川に突き落として逃げれば良かったのに」
「大勢! どう凌がれたんです!」
「偶々スカンビウムに天下の剣豪がいらして皆な蹴散らして下さったので事無きを得ましたが、余計なことを為るでは無かったです」
「天下の剣豪!」
「ええ、嶺南州指折りの剣士さまが偶々。さもなくば自分、今頃民兵隊の霊安室で検屍を受けてました」
「小舟に乗って船を襲う盗賊らの話はメッツァナでも話題で、ギルドに討伐依頼が来る寸前みたいな噂でしたが」
「賞金四デュカス貰っちゃいました」
「それじゃ『お礼参り』の大勢って・・」
「ええっと・・『ニコラス・リーチとその一味』とか言ってたですね。剣士さまが『ちょちょちょんちょん』と全滅させてましたが・・」
「うぉっ! ちょっと失礼!」
護身術教師、骨付き肉を持ったままヴィオラ嬢の席に飛んで行く。
「そっちも賞金首だったのかな」
続きは明晩UPします。