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131.慶事も弔事も憂鬱だった

 スカンビウム、町外れの宿酒場。

 上記に二点問題がある。

 第一点、『町外れ』といえば『町外れ』には違いないが、メッツァナから街道を徒歩で来た場合は最初に着く場所だ。つまり『町外れ』というのは正確性に欠けると言える。

 第二点、構造上は『宿酒場』だが、酔い潰れた近隣住民が其のまま泊まってしまう雑魚寝スペースが有るのであって、態々わざわざ宿泊客が泊まるような施設ではない。


 こんな瑣末な説明をする意味が何かあるかと言うと、実は無い。

 で、それが『エルザの店』である。


 ちゃんとした旅館に泊まっている『巡礼』のうち、にはかにむらむら遊びたくなって仕舞った約三名、賑やかなる騒音に惹かれ、やって来る。


「あれ? 貸し切りかい?」


「いいや違うよ。でもウチは常連多いから、社交性振り絞らないと寂しい思いするけどね」

 見れば女将は結構色っぽい大年増だが、望んでいた『お姉ちゃんの居る店』とは明らかに違う。

「やっほう!」

 ツアコンの姉ちゃんが挨拶。彼女の濃密な情事を覗いた二人、これは気まずい。

 しかも客層が異常である。

 鎧武者まで数人いたりする。

「これ、何が起こってるんだ?」


 隅の方ではミュラが司書殿と話し込んでいる。

「それじゃ従兄弟さん!」

「うん。伯父貴の奥方様の甥御がクラウス卿だから血は繋がってないんだけれども幼馴染だよ。愛馬の毛並みで黒騎士だ白騎士だなんて呼ばれたりして。そういえばファルコーネ城で会った時は殆ど話してなかったよね」

「あ・・あの時は大殿様とか凄く偉い方々がいっぱい被在らっしゃって、恐縮さでコチコチでした・・」


 恰幅の良い人物が来て、背後から二人の肩を抱く。

「いやぁ、皆さん凄い凄い! 十倍から居た賊をアッという間に殲滅だなんて! がちゃがちゃ鎧を着込んでて出遅れるとは我等赤面ですわい」

 言われてミュラ、頭を掻く。

「あれは、ギルドのお二人の作戦勝ちですよ。橋の狭いところで応戦して、救援の皆様が見えるまで頑張って凌ぎました。しかし、フェンリス様が御在おいでだったなんてラッキーでした」

「実は野暮用でブラーク男爵様にお願いがあって、丁度お訪ねした所だったんだ」

「そうそう。其の途端にこの騒ぎ。お話を伺う間もなく飛び出して参ったわい」

「申し訳ありませんねぇ」と女将、飲み物の追加を持って来る。


「イヤ実は、愚弟が突然『嫁を貰う!』と言いだして、偶々たまたまメッツァナに居た僕のところに『お嫁さんの実家を探して、結納持って挨拶に行け』と来ましてね。右も左も分からないから男爵様をお頼りしたんだよ」

「まぁ! ご慶事とは」


「それが『スカンビウムのアンヌマリーさん』とだけ言われて、いったい如何したもんかと」

「え! アンヌマリーちゃんが!」

「なんと!」

「ご存知ですか」

 女将、飛び上がる。

「ちょっとマッティ! アンヌマリーちゃんが! アンヌマリーちゃんが!」


「いや、知ってるも何も、身内みたいなもんですわい。それで弟ぎみがとな!」

「イヤ愚弟で申し訳ないが、あれでも嶺南の参審人で明公とのの股肱。腕も立つし地位財産とも人前に出して恥ずかしくない男で、恥ずかしいのは少々軽佻浮薄というか

・・イヤ聞かなかった事にして下さい。いいお嫁さんが来れば落ち着く事でしょう

・・きっと・・たぶん」


「え! あいつが嫁に!」とギルマスが来る。

「イヤ愚弟がベタ惚れしちゃって、う仮祝言を挙げちゃったみたいなんですよ。『仮』と言ってもヴェルチェリ副伯夫人ヴィスコンテッサと七人の騎士が立会ってファルコーネ城で本式に挙式しちゃったんだけど親戚一同も居ないじゃサマになりません。本祝言はエリツェかエルテスか大々的にやるとして、本日はこの兄がお詫び方々・・」

「いや・・お詫びが剣持って加勢たぁお侍らしくて最高だわね」


「でも、俺は侍捨てて久しい町人風情だし、釣り合わんのじゃあ・・」

「それじゃあ、わし此の年で独身だし、うちの養女にするか・・いや一層いっそマッティお前がわしの養子に来るか!」


 酒の席のノリである。


                ◇ ◇

「あのぉ・・」

 今更ながら町の民兵隊長が現れる。

「町役場まえの橋の袂に死体がごろごろしてんですけど・・」

「リーチ一家のお礼参りだよ。ギルドと当家で駆除しといたから死体おろくの取り片付けくらいちょうでやってよなぁ」

 ヴォルフ、男爵の専属護衛ボディガードだったが城兵の副隊長に出世した。

「ずいぶん沢山あるけど・・」

「リーチ一家ともうふたグループくらいだな。壊滅したよ」


「片づいちゃったですか」

「誰かさんが若い女房とイチャイチャしてる間にな」と街の常連客が揶揄からかう。

「ニコラス・リーチの遺体は首がもげてるから、うまく集めて晒しといて」

「うええ・・」

 ヴォルフに言われて、嫌そうな民兵隊長。

 これ、市民共同体と隣りの封建領主が険悪だったりすると『平和破壊罪の容疑が云々』とか言うかも知れないが、言えた義理ではない。


「町役場の地下牢にいるニコラスの弟分は?」

「そりゃ役場の判断でお好きに。手下はたぶん死体」


 連中、レーゲン川の航路を行く船に小舟で接舷し、乗り込んで船頭を脅して岸に寄せさせ、待機していた子分が略奪を働くという手口で既に何艘か襲ったが、昨日ミュラに殴られて終わった。朝にはぶら下がる運命である。

 ニコラスにご注進したのはその子分であろうから、現在は橋の袂に転がっている死体である。突然の腹痛で不参加でなければ。


「俺って、ここで酒飲んでて良いんですか?」

「良いんじゃないか? 命拾いした次手ついでのご祝儀だ」と兵隊。

 フェンリス卿に手加減されて生き残った男、なぜか酒場にいる。


「盗賊は捕まったら縛り首でしょ?」

「なりたいか?」

「なりたくないけど」

 地方によっては『縛り首にして死ななかった者は赦免』という風習が有ったりもする。簀巻きにして川に流す処刑もそうだ。

 処刑にしろ決闘にしろ、生殺与奪に神意を伺う一種の儀式だという古来の観念が有るのかも知れない。


「赦免じゃなくって、捕まらなかった事にしてやるってさ」

 まぁブラーク男爵のことである。人材のリユースとか考えているのかも知れない。


                ◇ ◇

 ディアマンテ・メタッロ、エリツェの市民であるから嶺南三剣の高名はよく知るところ。

 亭主がそのうち二人と仲良くしているのが嬉しくてならない。まぁ彼女・・変な功名心とは無縁なので単純に強い男の仲間なのを誇らしく思っている訳なのだが。


 そして、彼女にとってより大事な強い男の要素は、主に夜の方の事である。

 先刻の急な情事を思い出し、にまにましている。

 これから命懸けの戦闘だ、という瀬戸際で求められたのだと後で知って、御満悦なのだった。

 余計な心配させぬ武骨な気配りにも惚れ直す。

「にひひ」


 そういう心情が色気になって滲み出したのかも知れないが、こそこそ彼女を窺う実見組二人と未見の一人、当てられている。

 一人、意を決して話し掛ける。

「なぁ姉ちゃん、明日ってメッツァナだよな」

「そうよ」


「どういうスケジュール?」

「もう割りと近いから、着いたら昼食。それと・・夜はこのツアーのスポンサーに御挨拶するから、そのまま宴会よ」

「・・じゃあ、夜は・・自由外出出来ねぇのか・・」

「昼食後から晩餐会までの間は自由時間よ。ちょんと遅れずに帰って来ること」

「・・・」


「もしかして・・女の子と遊べる店に行きたいの? そういう事なら、あんしんなお店を紹介してあげるわよ。メッツァナくらい大きな街になると、しっかり毟られちゃうとこも有るから情報仕入れとかないとやばいもの」

「・・お願いします」


                ◇ ◇

 ブラーク男爵と家来衆はお城へ帰投。フェンリス卿はお城へ結納品を取りに行き明日改めて訪ねるとのこと。

 ツアコン夫婦と『巡礼』らも旅館に帰った。

 残るはマッティとエルザに地元常連客。


「アンヌマリーちゃん玉の輿かい!」

「大丈夫かしら・・母親・・」

「・・誤魔化そう」


                ◇ ◇

 旅館裏の川端。

 男達が匍匐前進している。

「・・(いたぞ! 今度は奥の方の街路樹の蔭だ)」

「・・・・(ボーフォルスに奇襲掛けた時を思い出すなぁ)」


 男達、進軍する。



                ◇ ◇

続きは明晩UPします。

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