130.淫風血風吹き荒れてみな憂鬱だった
スカンビウム。夕暮れ。
水路を跨ぐ橋の上から見下ろすと、ゴンドラが一艘、緩い流れを遡って行く。
棹さす少年、少女のような裏声で舟唄を口遊む。
ミュラ、暫く後ろ姿を見ている。
少し歩くと陽が落ちる。宿の裏手、ここ数日馴染んだ放吟が聞こえて来る。
「どう? 賞金掛かってた?」
「ああ」
デュカス金貨四枚渡す。
「おー・・」っと驚くディアマンテ。
「今夜、ちょっと出かける用事ができた。多分遅くなる」
「そう・・」
「抱くぞ」
「えっ?」
ミュラ、ディアの手を執って街路樹の裏手へ消える。
◇ ◇
アグリッパ、川端の料理屋。
「あっという間に話が通った。一発だ! 何も隠さなかったけどな」
「何も隠す事ぁ無い。余計な欲をかいても始まらんさ。向こうさんが情報を抜いて他所へ美味しいところに持って行きたきゃ行くがいい。此方は黙々と出来ることをすりゃ良いのさ」
「いや元々うちだけ独占してる情報って訳でも無いしな。此方がどう動くつもりか隠さなかっただけだ」
「そうなのか?」
「紋所でマークする。これで先方が対策を打って来るようなら、教会側から漏れた事になるが、万にひとつも有るまいよ。自分で調べなくって良いんだって言われて目から鱗さ」
「すっきりしたか?」
「おう」
二人、酌み交わす。
◇ ◇
スカンビウム。或る橋の袂。
誰も防衛上の観点など持っていないが、街の中枢に入るには必ず通らねばならぬ要所が偶然出来ていた。
「済まん。遅くなった」
ミュラ、小走りに現れる。
「問題なし。余裕余裕。こいつ、うちのギルマス。昔は一端の剣士だったんだけど腰ぎっくりやってから、か・ら・き・し。やる時もあたしが上なのよ」
「姐さん随分あけすけだな」
「あたし佳い女なもんで日々『男がいるぞ』って吹聴してないと周りが煩いの」
「納得だ」
「あはは、素直に納得されたのは初めてだよ」
「民兵隊は?」
「日没解散制なんで夜中の変事は集合遅くて困るんだよね」
「大丈夫なのか此の町」
「十人くらいなら二人で凌いでるわ」
「先刻の話よりも随分増えてるな」
「収監したボスの兄弟分どもが夫れぞれの手下を率いて来られると、総勢ちょっと多いかなぁって」
「そんな気はしてたさ」
「あいつの兄貴分が結構大所帯で・・ねッ!」
彼女なにか投げると、暗がりに居た男の喉頸に刺さって斃れる。
一斉に襲って来る。
ミュラ、現役時代に使っていた長めのロンデルを今も短杖の中に仕込んでいる。弓手に持った鞘で襲撃者の剣を払い除けつつ二、三人喉を掻き切る。
ギルマス流石の豪剣で四、五人吹き飛ばしたと思ったら、腰を押さえてあたたと言う。駄目かも知れん。
年増姐さんの柄物は太い鉄串の如きもので、殴るわ刺すわ払った剣をへし折るわという凄まじい凶器である。
呀という間に死体が十数転がるが、寄せ手は未だまだ居る。
「問題なし。余裕余裕」
「姐さん其れ、さすがに虚勢じゃないのか?」
ギルマス一発一発が大きいが合間に隙が出来る。素早い者二人でカバーするのは良いフォーメーションだし、橋を戦場に選んだのも正しかろう。だが、流石に些か敵が多い。
潮時かと思ったその時、風向きが変わる。
援軍が来た。
前後から挟撃された敵方、目に見えて狼狽し始め、一挙に終盤となった。
聖職者の事務服のような身装の優男が、恰も剣ひと振りごと三人斬りかと思わす速度で寄せて来て、もう一人の若い男が手堅く取り溢しを片付けて終了した。
この人数を五人で包囲殲滅した勘定になる。
呆れるミュラ。
「世の中にクラウス様並みの凄いのが、他にいるとはな・・」
姐さん若い男に問う。
「ヴォルフさん、こちらの方は?」
「偶々お城に見えた御客人で、フェンリス卿。本職は図書館の司書様だそうです」
「ありがとうございます。実はちょっと危なかったんですよ、うちの宿六ぎっくり腰なもんで」
いい男には愛想の良さが倍になる。
「頭目らしき者には手ごころ加えて置いたので未だ息がある。捕らえて引っ立てて行きましょう」
「それが御客人、首魁ニコラス・リーチは先程素っ首刎ねてお仕舞いに」
「え? じゃ、あの一番強い奴は?」
「あれは手下でございます」
「頭目が一番強くないんですか・・」
「世間って、往々にして左様云うもんですよ」
「世の中は、無頼の輩の仲にさへ、血縁地縁の贔屓やら、早瀬の波の水柵が、罷り通って居ますのか」
なんか変わった人のようだ。
・・あれ? 彼の方も芝居の台詞みたいな節回し、ときどき為るよな。
直きに物々しい具足の立てる音がして、城から一団やって来る。
「ありゃ終わっとる」
「なんと男爵様まで! 皆様御足労かけました。この侭何卒あたしの店へ来て存分呑み食いしてって下さいませ」
一同『鋭! 鋭! 応!』と少々場違いな鯨波のこゑ。
街の民兵隊、遂に最後まで白河夜船。
◇ ◇
アグリッパ、川端の料理屋でクルツとマックスが泥酔に近い。
「俺ゃ後手ごて引いてるんが口惜しいのよ。探索者さんの秘密結社ぽい伝統体質が教会の裏方仕事に向いてんのは仕方ないけどさ、もうちっと出番欲しいじゃん」
「確かにお前んとこは何かとオープンだしな」
「こんどの第三街区プランなんて、もう完全に蚊帳の外じゃん」
「居住者エリアと一時滞在者エリアをばっさり分けちまうなんてぇ発想、どっから来たんだろうな。けど、お前んとこのギルドが締め出される訳じゃない」
「そりゃ、そうだが」
「企画段階から関わってる探索者さん有利は仕方ないが、後発だって十分伸び代は有るさ」
慰められるマックス。
「けども、退役傭兵が市民として生きてく為の支援事業ってぇのは探索者ギルドの一本独立した部門で、もともと組合の下部組織も市内に出来てた。だから退役傭兵組合を市当局としちゃ素直に公認する運びなんだ。お前さん所が同じ組合の分署を増やすんなら、別の理屈を考えないとな」
酔っ払っい頭には少々無理な話題になって来た。
◇ ◇
モーザ川のランベール城下の湊まち。
街というには小さいが、周辺十ヶ村の流通ハブである。
珍しく、夜も遅くまで煌々と灯火点して賑わっている店がある。
其処では『町から来た美女』を囲んで、荒くれた男どもが盛り上がって怪気炎を上げていた。
それは顔やら腕やらに刀疵も露わな古参兵たちであった。
一同『鋭! 鋭! 応!』と鯨波のこゑ。
「皆さん、とにかくザンテルさんの続報を待ちましょう。姫様がどれくらい領地を貰えるか・・」
「小さきゃ隣国に攻め込んで切り取りゃ良いのよ。家臣団の頭数が揃わなきゃ話が始まらんのだろ!」
「応! 応! 応!」
「姫様を召し抱えようって大殿様は『悪魔侯』って異名をとる戦さ好きって話だ。こりゃ南部行き、存分に暴れられそうだぜ!」
相当尾鰭がついているようだ。
「・・(うーん、収拾つかない感じだけど)少なくとも、皆さんの気性は南部人と合いそうね」
◇ ◇
スカンビウム、旅館。
「俺ゃ・・見た。モロだった!」
「見たって・・あれか?」
「もう内臓まで・・って暗かったけど」
「ああ。裏の川端の街路樹の蔭って・・あのツアコン夫婦・・」
「新婚みたいだけど、昨夜我慢したら今夜は暴走ってのは、相当アレだよな」
「お前ら、なんで呼んでくんなかったんだよ。もう友達でも何でもない。俺たちの友情は終わった」
「この町って・・岡場所とか無いんだよな?」
「ああ、無いって言ってたぞ。隣りのメッツァナが繁華街ド派手で凄ぇから商売が成り立たんのだと」
「せめてお姉ちゃんの居る飲み屋とかは無いか?」
「地元の人に聞ける時刻じゃねぇよなぁ」
「ん? 派手に騒ぐ声が聞こえるぞ」
諸君残念。そこには確かに年増の佳い女とか居るが、多分君らの望む物は無い。
続きは明晩UPします。