129.頼んだり頼まれたり憂鬱だった
アグリッパ大聖堂の隅のほう。
「尻魔って、なんだそりゃ?」
「貴様に教会敷地内の『立入禁止』命令が出たとき付いた断罪名なのだ」
宗教裁判というと『火炙り』を連想する方も多かろうが、実際は巡礼や社会奉仕活動による贖罪を命じる判決が大半である。除籍や接触禁止など重い方である。
「俺、ほりほり姦淫の戒律違反とか、やってないのに理不尽だろぉ」
「尻の触り過ぎです」
「減るもんじゃ無いじゃん」
「はいはい、出てって下さい」
「冷たいこと言うなよぉ、ホラっちょ!」
「変な呼び方しないで下さい」
「ホラっちょが冷たい! 嘗ての先輩に冷たぁい!」
「もうっ! 何しに来たんです! わたしは、あなたと喋っただけで叱責を受ける立場なのですよ。敬語だって使っちゃ不可ないんです」
「だから変装して来てるじゃんかよぉ」
「だから通報しないと私が叱られるんですよ」
「聞くこと聞いたら出てくからさぁ」
「わたしは衛兵呼べばいいだけですよ」
「ンなこと言わないで、ホラっちょ『ポルタルアス伯爵』って知ってる?」
「その名前、どこで?」
「知ってんのか!」
「どこで聞いたんです?」
「そりゃ・・ちょっとアレだ」
「言えないんなら、聞けません。世の中、それが普通ですよね」
「つまり、知ってんだな?」
「わたしは、あなたが何処かの貴族を『驢馬のなんたら』と侮辱した疑惑を抱いただけです。さあ! 衛兵を呼びますよ」
「知ってんだな?」
「驢馬の影を論ってる暇は無いんです。さあ! 衛兵を呼びますよ」
「おい! 知ってんだな?」
「おぉぉーーい! 衛兵さぁぁん!」
「げっ」
尻魔グリゴリー、去る。
◇ ◇
レーゲン川遡上の旅、快適に帆走。
「俺の手紙、そろそろ着いてる頃かな」と向こう疵の男。
「最速ならばね」とツアコンの女房、相変わらず愛嬌たっぷり。
「ウルカンタを離れると、俄然治安が悪くなると聞いたが・・」
「治安が悪いのは陸路の街道ね。船路は大丈夫だって。悪い連中って舟持てるほどお金無いから。川岸で急病人のふりしてる旅の家族とか、大抵ヤラセだってさ」
「世知辛いな」
「実は、最近それに引っ掛かって襲われた舟があって、つまり舟を持ってる強盗も居るってヨーゼフが言ってたわ」
「ヨーゼフって昨日の役人か」
「だけど奪われたのって小っさな軽舟だから、この船くらいサイズだったら衝撞て沈めちゃえってさ」
「溺れて流れて来る奴を拾えば役人楽してお手柄か。抜け目ない奴だな」
「そのくらいでないと三十路前で無いんじゃない? あの役職」
◇ ◇
アグリッパ、冒険者ギルド。
若い男が報告している。
「ダメです」
「どんな具合なんだ?」
「下宿で酒くっさい独り寝。つついても寝返り打ってウヘウヘ言うだけで、これがあのクルトさんか・・と」
「あいつ・・如何なっちまったんだ」
「『GがEからHはIだぁ』とか、わけわかんねっす」
「あいつ最近、読み書きの勉強始めたんだったな」
「夕刻にわたしも様子を見てきます。場合によっては医術者さんに診て貰うことも考えませんと」
グレゴリウス『司祭』帰って来る。
「ケンモホロロ」
「そっちも駄目か」
「俺みたいに派手に出禁喰らった者とかじゃなく、さりげなくドロップアウトした坊主崩れはいないのか?」
ウルスラ困惑顔。
「商用文とか俗語の読み書き出来る者なら私とか、それなりに居ますけれども・・図書館の蔵書ともなると、この間の依頼の時でも結局隣りの北海州から出来る人を呼びましたしね。当協会だと、読み書きに強い人材なほど多かれ少なかれ教会的に歓迎されない人ですねえ」
なんせ揃いも揃って偽『司祭』である。
まぁ冒険者が伝統的にこういう職名を名乗ることは教会も笑って許してくれては居るが・・
『修道士』は院から文句が出た。
◇ ◇
レーゲン川遡上の旅。船二艘、スカンビウムの湊へと着く。
「ここは街とちょっと高低差があるんで石段上るの一寸した運動ですけど我慢して下さいね。それと、ウルカンタほどには湊の番兵が居ないから、荷物も全部持って下さい」
「番兵と言っても民兵のようだ。申し訳ないが、昨日の町とは治安の実力がまるで違うんじゃないのか?」と向こう疵の元侍。
「お隣りの領主さんが強くって賊徒は近付かないみたいですよ。それに、こないだ領主さんがお忍びで見えてたとき暗殺されかかったもんで、城のお侍さんも頻繁に来てるそうだから安心ですよ」
「それって物騒じゃないか」
「いやですよぉ、暗殺団はわざわざ殿様暗殺に来るんだもん。物盗り野盗の類じゃないでしょ」
「それ、安心するとこなのか?」
一同、石段を上る。
ミュラ、途中で襲って来た小舟の男二人を縛って引いている。
「撃沈しなかったんだな」
「だって小舟は売れるもん」
◇ ◇
アグリッパ、市庁舎。いつもの場所にいつもの局長。
「なぁクルツ、あんたって自分の執務室が嫌いなのか?」
「あそこは『上』の方々が此方の都合に関係なく突然来やがるからな。いつ来ても迷惑じゃないのはマックス、お前くれぇだ。 ・・あと、あの姉ちゃんも良いけど最近見ねえな」
出張中である。
「ちょっと話した『黒幕』の話なんだが・・」
「今それどこじゃ無ぇぜ・・って時にこそ、お前に動いてもらうのが良いかもな。如何した?」
「名前だけは分かったが、何処のお貴族さんやら。せめて紋所が分かれば家来共が入市して来たときマーク出来るんだが、資料が教会の図書館らしくて見に行けん。なんたって当協会の知識担当は軒並み教会的に歓迎されない人だからな」
「ぷはっ。笑えら」
「笑い事じゃねぇんだよ」
「行けないなら、来てもらやぁ良いじゃねえか」
「その心は?」
「だから、書記官ひとり貸してくれって頼んでやるよ」
「かっちけねぇ」
◇ ◇
スカンビウムの街。
小さいが小綺麗。田舎町だが小粋。
水路が縦横に巡り、堰から滝になってレーゲン川に注いでいる。
宿は大勢が泊まれない高級宿と、大部屋の大衆宿、それに民宿みたいな商人宿の三つしか無い。つまり一択である。
「じゃ、賞金掛かってるか見て来る」
言葉少なにミュラ、縛った二人を引いて行く。
辻に立っている自警団員に道を聞いて、冒険者ギルドへと向かう。
入るなり受付の年増美人・・
「・・弍デュカス」
「二人で?」
「ひとり頭。三人殺して舟を奪ってるわ」
「舟、取り返して来て船着場だ」
「舟主が謝金払うわ。安くはないと思うけど・・」
「けど?」
「・・けど今ひと口。今夜バイトしない? ひと晩弍デュカス」
「ってことは、四、五人来る?」
「助っ人呼んで増えるかも」
受付の年増美人、紙片に何か書く。
「坊主、これをお城へ」
広間の隅に蹲んでいた少年、弾かれたように紙片を持って走り去る。
「それでは、夕食は軽めに済ませよう」とミュラ。
◇ ◇
アグリッパ内郭の壁沿い。マックス、言われたとおりの場所を訪ねると、頭巾の男が二人いた。
「詳しい話をどうぞ」と第一の頭巾。
「『ポルタルアス伯爵』というかたの御領地が何方で如何いう御出自の一族なのか知りたいのです。特に紋所の写しが頂けたら嬉しく存じます」
「如何なる理由で、お調べに為りたいのですか?」
「それを申し上げて仕舞うと誹謗になり兼ねないのですが・・」
「秘密は厳守致します」
「実は先日、大捕物で一網打尽となった事件がございました」
「聞き及んでおります。大層な騒ぎでした」
「その直後、挙動の怪しい男が現れ、蛻の殻となった一味の隠れ家を見て、慌てて逃げ去りました。その者の手に『ポルタルアス伯爵』の紋章を彫った剣があったと目撃証言があり、私共は警備局にご助力致したく、更なる情報を求めているのです」
「なるほど状況は把握致しました。調べますので明日またお訪ね下さい」
頭巾の二人、立つ。
・・これ、帰れって事なんだろうな。
マックス、帰る。
◇ ◇
スカンビウム。水路沿いの歩道。
夕日を背に、ミュラが歩いている。
「明日だといいな」
続きは明晩UPします。




