127.見てしまって憂鬱だった
アグリッパの町、冒険者ギルド。
「ま、とにかくだ・・」とギルマスのマックス。
「今回『ポルトリアス伯爵』という黒幕っぽい野郎の名前が知れたのは、クルトの手柄だ」
「『泥棒クルト』の、ね」
いぢいぢするシーフ。
「とりあえず、その『ポルタルアス伯爵』の紋章を皆に周知だ」
「すいません。俺は、北門付きの書記官がその伯爵の紋章だって言ったのを聞いて下っ端家臣の身なりで剣ばっかり立派だからって怪しんで尾行して見たら、本当に怪しい奴だったんです」
「うん。なんか密命を授けて『この剣を遣わす。これを見せ、我が直々の命令ぞと申し付けて参れ』とか言われたとか、そんな感じがするぜ」
マックス、なかなか想像力豊かだが当たってる気がする。
「いや、だから俺はその紋章自体はよく見てないんです」
「じゃ、その書記官に絵を描いてもらおう。頼んで来てくれ」
「まだいるかなぁ」とか言いつつ出掛けるクルト。当然いない訳だが。
「こっちも出来るだけ情報を集めよう」
マックスが目配せすると、ウルスラが部屋を出て行く。
◇ ◇
モーザ川を遡る快速艇から断崖の上のランベール城を見上げると、一見いかにも難攻不落の堅城に見えるが、実は先日落城した。
今は占領軍の司令部が置かれている。
旧ランベール党員への人権剥奪訴訟は最近取り下げられ、占領軍は宥和政策へと転じた。
入婿だった先代男爵とその子である当代が相次いで死に・・というか殺されて、同家の正統血脈を受け継ぐ夫人が、戦勝者ボーフォルス男爵と結婚したからだ。
両家の正統である二人が結婚することで、期待される次期当主は両家の正統たる統一君主である。永年に及んだ両男爵家の抗争も、遂に終わりを告げるのだ。
◇ ◇
ランベール城下で最も大きい集落べラリアンスの船着場。
桟橋を降りて来る人の姿に、皆の目が釘付けになる。
それは城の大広間の中央大階段を飾る大輪の花束と大甕のオブジェが歩いている如くだと、登城した事のある人が皆思った。
その芳香さえも感じたのだった。
長身の美女がドレスの裾を少し絡げて砂利道を歩き始めると、ついに我慢し切れなくなった一人が声を掛ける。
「あの、馬車を呼びましょうか?」
「ありがとうございます。お城へ伺いたいのです」
◇ ◇
アグリッパ市庁舎。
いつものクルツ局長、いつもの場所でいつもの倍くらいもの書類を抱えている。よほど自分の執務室が嫌いなようだ。
「よう、マックス。なんか面白いことでも有ったのか?」
「いや、大した話は無い。例の組織の黒幕っぽいのを見つけたと言ったろ? その手先っぽい男が組織の壊滅を知って、すっ飛んで逃げた。尻尾巻いてくりゃ万々歳だが、親分に御注進して捲土重来とか思ってたら嫌だなぁ・・ってとこ」
「こっちゃ大騒ぎだ」
「どうした」
「教会が城外の再開発を始めた。徹底的にやる気らしい。遂にこっちの管理能力に見切り付けられたかな」
「再開発だって?」
「外郭の外にもうひと区画作る気だ。市民権のない連中を外郭から追い出す代わり文句の出ないよう『退役傭兵組合』使ってがっちり治安確保する都市建設プランを出してきた。名目的な警察権はこっちに残すから無条件で下請けに出せって具合に一応顔は立ててくれるから、ちょっと断りにくい」
「雇う金は?」
「教会持ちって言われちまって、断りにくい・・じゃなく断れん。今回の大失態もあるからな」
「『退役傭兵組合』って事実上探索者ギルドのコワモテ部門だろ。当協会んとこのお株も持ってかれるのか」
「現有のシェアを取ってくじゃなくて、街ひとつ新たに作る気だから、作った側の総取りだと言われると言い返す言葉もない」
「いつもの逆イエスマンはどうした? ノーマン・ボエルのおっさんは?」
「『おお! 素晴らしい!』の連発してらぁ。 ・・って、そんな名前だっけ?」
マックス考える。
・・ひとの出入り制限ないとこを教会の飼い犬と在家信者で固める町作りって、なんか何処となく巡礼さんから聞いた南岳教団の寺町に似てる気がするんだが・・
◇ ◇
冒険者ギルド。
グレゴリウス元助祭はとある問題で聖職者の籍を失った男だが、冒険者としての職名が『司祭(C)』で、ここアグリッパのような大門前町では名乗りにくいこと夥しい。見た目は破戒僧そのものである。
然し、ここの冒険者ギルドで読み書き堪能な人物といったら、真っ先に彼の名が出る。儘ならぬものだ。
「貴方は『ポルタルアス伯爵』という貴族をご存知ないでしょうか? ただ漠然と西国大名らしいという情報しか無いのです」
対面のウルスラ抑揚なく話す」
「知らねえが、爵位持ちなら調べようは有るさ。僭称じゃなければ・・な」
「僭称?」
「詐欺師は有りもしない爵位を勝手に作るだろ?」
「それは大丈夫です。教会が門衛所に派遣した書記官が、紋章を知っていたという事です」
「それなら大丈夫だ。『伯爵』ってのは王家が地方の判事として認定してんだから王都じゃ名簿で厳格に管理してる。知ってるか? 偽判事は生きながら舌を引っこ抜かれる刑と法律で決まってんだ」
「王都に行かないと調べられないのですか?」
「大司教座の図書館にも写本くらい有るだろう。『伯爵』ってのは大概『どこそこ郡の伯爵』ってな具合に地名が付いてて、相続で家名が変わっても『どこそこ』は変わらねえ。つまり最新の名簿じゃなくても大丈夫なんだ」
「としたら地理誌で『ポルタルアス』を調べる事も出来ますね」
「出来る。『ポルタルアス』なんて"すけべ"な地名は珍しかろう」
「"すけべ"・・ですか?」
「西北海の言葉では『尻の穴の入り口』とかいうふうに読めるな。確か『マウントアス』という伯爵もいた筈だ」
「そ・それは"すけべ"というより、下品ですね」
◇ ◇
モーザ川を見下ろす崖の上。馬車が城門の跳ね橋を渡る。
馬車から降りてくる美女はイザベル・ヘルシング、暗号名『在家の女』。立って芍薬、実の親でも見違える。
広間でミシェル・ジョンデテが女主人のように迎える。
いや、実際に占領軍司令官夫人だから、それで正しいのだが。
「まっ、美人! 主人に会わせるの、よそっ。義兄のところに御案内しますね」
歯に衣着せぬ女である。
「俺がボーフォルス家の家老アンリだ。あいつが代理で送り込んで来るんだ。只者じゃあるまい。ひとつ力を貸してくれ」
がばっと頭を下げても下手に出ているように見せない押しに感心するイザベル。
「正直、いま壁に突き当たってるんだ」
城下を一望するテラスの前で腕組みするアンリ。
「もう聞いてるかも知らんが、ミシェルのやつは入婿男爵の連れ子で、実の父親と腹違いの弟を殺した相手と結婚してる。まぁ直接手に掛けた訳じゃないけれどな。民衆はそういう目で見てる」
「人の心は難しいですね」
「ああ。だから見る人次第で『両家の架け橋となる決意をした悲劇のヒロイン』だ。ちょっとしたカリスマさ」
「でも、見る人次第で・・」
「売国売女だ」
「ボーフォルス家に反感を抱くランベール党過激派にとっては、敵の広告塔という訳ですね。でも・・これをご覧下さいませ」
封蝋で閉じられた巻紙を渡す。
「封蝋復元の技を持っていますので遠慮なくお読み下さい」
アンリ、読む。
「驚いたな」
◇ ◇
アグリッパ。『泥棒』クルトが走っている。
「いねぇ! あの書記官どこにもっ」
東西南北ぜんぶ門を回ったが、何処にも彼は居なかった。未だ行っていないのは艮門だけだが、あそこは特殊だから。
あそこから外の人が入ってくる事は無い。刑場に行く人だけだ。気は進まないが、先入観で外すのも良くない。
・・と思って、行ってみると・・
クルト、見てしまう。
続きは明晩UPします。




