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125.綴じ蓋も憂鬱だった

 アグリッパ西区、高級住宅街。

 裏路地をすっと抜ける。広小路に出る。巡回中の警邏隊あかマントに出遭う。


「人々の為に働くかたに聖者様の御加護がありますよう」


 言われて警邏隊員、合掌して礼拝を返す。

 二人の女た裏通りの暗闇を抜ける。

 西大路の繁華街へ出る。


 明るいところで再び見ると・・

「あれ? あんた尼さん・・じゃなかったっけ?」

 今は、どう見ても若い娼婦。鑑札も付けている。

「あれ? あれぇ?」

「尼僧の格好じゃ飲めないでしょ」


「おいこら、営業してないだろうな」とまた警邏隊あかマントに出遭う。

「あぁら、ご参拝に来ちゃいけないってのっ?」

「いやそりゃ奇特だが、その鑑札はなんだ」

「そりゃ住んでる町の警察が発行した優良認定証よ」

「そうか。じゃあ、痴漢に気をつけろよ。出たら『万引き』罪で手首ちょん切ってやるから大声で呼ばうんだぞ」

「ありがとさん」


 痴漢は重罪で、死刑になる可能性が高い。スカートを捲って脹脛ふくらはぎを触ったら婦女暴行罪が適用されて死刑は確実。相手が娼婦の場合は代金踏み倒しの廉で窃盗罪が成立する可能性が高い。ただしいづれも現行犯でないと立件すら難しい。

 上記の『大声で呼ばう』が現行犯逮捕に繋がる刑事告発に当たる。


 刑罰が峻厳なのは古い部族法の由来だが、悪い点が二つある。

 ひとつが、冤罪防止のために立証が難しくなる傾向にある点。

 ふたつ目が、犯罪者を『毒喰らえば皿まで』な気分にさせて必ずしも犯罪抑止の効果に結びつかない点だ。


 警邏隊員、去る。

 裏へ一本入った袋小路の奥の小体な店に入る。そこは某産業の職業婦人がオフの時にたまる店という感じ。


「あれ? マダレーナつったっけ? 素人の子スカウトして来たの?」

「それより、さっきの話の続き聞かせてよ。死活問題なんだからさっ」

 女性客が数人寄って来る。

「話は先刻さっきので全部よ。おっきな潮時がき来るから早々さっさヤサ移す支度するのね。この際いまのオトコとは切れときなさい」


 尼僧だった筈が、鉄火な娘に成っている。

 女たち、自席へ帰って思案し始める。


「うふふ、十シュットだなんて馬鹿だったわ。十デュカス賭けなきゃ」

「ベット歓迎よ」

「わたしは職人街の錠前屋フィデアス・ブルバ親方の娘コニ。ふた月まえ八人組に錠前こじ開けられて、父は十デュカス受け取っちゃったわ」

「ちょっと安いんじゃない?」

「父は二百出せって食い下がったけど値切られた」


「それで自宅トツ?」

「ちょっと違う」

 娘、おかみの注いだエールを一気に半分呷る。


「あんた幾つ?」

「十七よ」

「ええ! わたくしより一つ下!」

「『わたくし』?」

「あんまり驚いて地が出て仕舞いましたわ」

「『ましたわ』?」

「タワー、タワー・・といえばアレクサンドリアの大灯台」

 尼僧だった娼婦、混乱している。


「まぁいいわ。そのあとディックが一人で会いに来たの」

「ディックって、デックハルド・ボエル?」

「? デックハルド・クサンテナーよ。彼は住み込み家政婦の息子」

「父親のヘンリック・ボエルが認知してるわよ。まぁ跡取りは上の兄だから大勢は変わらないけど」


「それでロックアウトされたのかっ!」


「ちっとは気付けよ」


                ◇ ◇

 ウルカンタの湊、船端に腰掛けたミュラとカーラン卿。

 ミュラ、問わず語りに色々話してしまう。


「妻と馴れ初めの頃、彼女の悪友達がこっそり私たちの寝室を覗きに来たんです」

「とんでもない愉快なお友達ですね」

「それが、とんでもない人達だったのです。素人お嬢さんが、ぶるぶる震えながら天井の梁の上に現れた時、私はつい笑ってしまいましたが、実は梁上の客は三人も居たのですよ」

「ぞろぞろと?」

「はい、ぞろぞろと」

 二人、笑う。


「私も今は気配を殺す技を人並み程度には習得しましたけれど、友達二人は斯界の達人だったのです」

 ・・その技に『人並み』って有るんですか。

「それはレンヂャーとかニンヂャーとかいう?」

「名称は知りませんが神技の女達です。その彼女らが、ちらりちらり故意わざと気配を送って来たのです」

「つまり・・交信して来たと?」

「その時、私は見られている事に、初めて興奮して始末ったんです」


 カーラン卿、神妙な面持ちで言う。

「彼女らは悪い変態です」


                ◇ ◇

 「くちゅん」

 アグリッパ西大路裏手、女ばかりの隠れ家酒場。

 「誰かにくさされたわ」

「大丈夫?」

「いいわ。続けて」

「どっからだっけ?」

「あなたがデックハルド・ボエルと付き合い始めたとこ」


「彼は順番が後のほうだったけど錠前と鍵がばっちり合ったと言うか、いい具合に開いちゃったわけ」

「はいはい・・(最近似た話を聞いた気がするわ)」

「それが突然連絡来なくなって・・それで聞いたら実家の方で雇ったガードマンに拉致られたって・・」

「あんたそれ誰に聞いたの!」

「セスト・ヒュッカーだけど」


「それ、のこのこ聞きに行ったの! 大丈夫だったの!」

「あいつらゲームでやってんだから矢の刺さった得点済みの的は使わないわ」

「屑野郎ね。吊るされて『ざまぁ見ろ』だわ」


「吊るされて?」

「え! あんた町の騒ぎなんにも知らないでボエル家トツを繰り返してたわけ? 残り七人はドジこいて、婦女暴行現行犯で絞首刑になって晒されてるわよ」


「えーっ!」


                ◇ ◇

 アグリッパ、ボエル家。

 アカティウス・ボレルが帰宅する。

 父が政治屋に専心しすぎて、家業の経営から業界の取り纏めまで、未だ若い彼の負担は大きい。

 今日の帰宅が遅いのも『金貨二十万デュカスすぐ用意しろ即刻』なんて御無体な発注が来て、町の両替商総出で奔走中だからである。


「父上は?」

「あの・・離れの方に・・」

「チッ!」

 彼の剣幕に怯える使用人。


 従順で控え目な夫人を蔑ろにしている御隠居様に怒り心頭な事実上の御当主・・とか思っているのだろう。

 後ろめたいアカティウス・ボレル。少年時代の『太陽のようだったお姉さん』をあっさり奪った父への嫉妬だからである。

「戻って来たら『相談事がある』と伝えてくれ」


 ・・ふん、どうせ『お前に任せる』しか言わんのだろうけど。


                ◇ ◇

 同家、離れ。

 長男が邪推しているような閨房の睦言ではなくて、深刻な面持ちの二人が対面で語り合っていた。


「わしのて来た事は最善には程遠かったが、なんとか最悪は避けた。それだけは認めてくれるのだろう?」

「ええ・・でも本当は・・」


「はい、そこまで」と遮る者が有る。

 そこにいる筈のない者だ。

 固く門戸を閉ざした屋敷の、外に警備員もいるはずの奥の二人だけの密談の場に見たことのない尼僧がいた。

 言葉もない二人。


「酔い潰して連れて来ました。この娘、御子息に会いたくて後先を考えないだけ。害意は感じられませんわ」

 背負って来た正体のない娘を、無造作に寝椅子に投げ出してひと息。

「この娘が一緒なら御子息も落ち着くでしょう。座敷牢に入れて置きますわ」


 声を挙げてひとを呼んだら碌なことにならぬ、と本能的に察する主人。観念した表情で尼僧のするままにせておく。


 尼僧、戻って来る。

「お裁きが下ったのですか?」

「いいえ。警邏隊本部の地下にひしめく死刑囚は百以上。最悪の事態でも背格好の似た刑死者など見繕うのは造作もなき事なれども、それでは御長男殿の経歴に傷が付きましょう? 万事任せて置きなさい」

 尼僧莞爾につこと笑む。

 ヘンリック、彼女に見入る。

 その横顔を見るマガレーテ、安堵半分「またこの人は・・」と思う気持ち半分。思えば御奉公に上がったのが十有五の春、旦那様のお手が付いたのが秋だった・・とか回想に耽って仕舞う。


「思えば御子息もとうに親離れして良い年齢。別の町で所帯を持ちたいと言ったならかなえて遣るのも善哉」


                ◇ ◇

 座敷牢。

 デックハルド・ボエル、じっとコニ・ブルバの寝顔を見ている。



続きは明晩UPします。

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