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123.じいさんに嫌味言われて憂鬱だった

 高原州ホホラントウルカンタ市街西部。夕刻というには早い頃。

 埠頭近くには合同庁舎と旅客の必需品を扱う店、飲食店などがひしめくが、一行はチャーター船で到着したために定期船の客とかち合わず、ゆったりと上陸する。

 公営の宿へと順次案内される。


「高原州は治安が悪いって聞いたけど、そんなこと無さそうだなぁ」

「ここの税収が領主さんのメシの種だから、持てる兵力の大半を置いて此の町だけ治安いいんですって」


 見れば辻という辻、あちこちに揃いの陣羽織たばあどを来た兵士が立っている。

 先ほどの、三十路手前くらいの見た目ちゃらちゃら男が事実上の総司令官だとは言われて信じない人も少なくなかろう。

 誰あろう彼がヨーゼフ・フォン・カーラン。レッドの同期で、倒産騎士団唯一の出世頭である。

 唯一だと、出世頭とは言わないかも知れないが、まぁ気にするな。人間あたまは一つである。


 領主のカンタルヴァン伯爵じたい未だ二代目だという新しい家である。この町も小さいが、新しくて綺麗だ。

 公営の宿は大広間に寝床が整然と並んでいるだけで兵営の如くだが、金持ち連の行く高級保養地の豪華お休み処に似ていなくもない。これが、子供の小遣い程度で泊まれる。此処に寄港せずに素通り出来ない事への不満を抑えるために、いろいろ考えているようだ。


 そんなふうに漠然と合点する者は当然おねえちゃんと遊べる店にも期待するかも知れないが残念、高級店しか無い。

 実はディアが供出した五枚の割引券を巡り、熾烈な争奪戦があった。彼女、その状況を把握している。


「駄目ですよ今から遊びに行ったら! 夕食が先です」


                ◇ ◇

 嶺南西部、大穴の秘境。

「壮観であるな」

 円形に窪んだ大地の底に白い崖に囲まれて鬱蒼とした暗い森。

 思わず黒備え騎士の口から驚嘆の言葉が漏れる。 

 滑車で吊り籠を引き上げる。


「もう日暮れも近い。俺が一人で様子を見に行く。直ぐ戻る」

「本当に直ぐにお戻り下されよ。何やら妖気が致す」

 騎士ディードリック、単身で降りる。


「何とも面妖であるな・・」

 穴の底。

 岩壁の端、腰高くらいに舞台の如く高まりが有る上で睥睨する。

「変事ござらぬか!」と崖上から声。

「暫し偵察致す。綱を三度引いたら引き上げて下され!」


 底の草地に降りて崖沿いに少々歩く。

「森には立ち入るまい」

 ・・と、ひとの気配がする。


「・・ひ・・ひへへ」

 岩陰に蹲った傷だらけの男の目には明かに正気の光が宿っていなかった。


                ◇ ◇

 アグリッパ、某家の屋敷。暗い廊下。

 一室の扉の前に女が立っている。


「・・聞こえる?」

 返事は無い。

「聞いてる?」

 沈黙。

「ヒュッカーさんって、お友達ね? エスタブロさんも・・」

 部屋の中、ごとりと物音。

「七人・・絞首刑になってたわ」

 大きな物音。


「ここに居たから良かったのよ。 ・・理解わかる?」


 暫くして女、廊下を明るい方へと去る。

 曲がり角の椅子に掛けている男が声をかける。

「坊ちゃんもう叫んだりしないし、そのうち落ち着きますよ」

「だと・・いいけれど」

 

 マガレーテ・クサンテナー。まだ三十代の美しい婦人だがやつれ気味だ。


                ◇ ◇

 アグリッパ市庁舎。

 いつもの場所にクルツ局長。


「やぁマックス。なんか分かったか?」

「これから、ぼろぼろ出るぞ。ヘンリック・ボエルは問題ばかり起こす末の息子を自宅軟禁中だ。多分ぶら下がり七人組から引き剥がしたんだな」


「あんの野郎ぉ、自分が家庭に問題抱えてるから事あるごとカリカリ突っ掛かって来やがったのか」

「ふん! 随分お人のいい解釈なさるもんだな。捜査の足ぃ引っ張ったなぁ息子が御用にならねぇよう、一味の処刑を急かすなぁ自分ちの名前が出る前に臭いもんに蓋するよう・・だろが」


「あいつの二人の息子は出来が良いんだがな」

「末の子は、実は若いメイドに産ませた庶子だ。外で問題ばかり起こすというのも家ん中でさぞ扱いが悪いんだろうよ」


「ちょいとここらを種にして、あいつと談判してみるか・・。一味の処刑を今月と来月かけて進め、取調べをちっと深くやる。来月に持ち越した予算分で親どもの裁判の証拠集めをマックスに頼む」

「願ってもない。・・それと、あの一味、バックが居そうだ」


「なに?」


                ◇ ◇

「ううむ・・嫌だな・・」

 戦場では幾度となく苦境を舐めた。戦友ならば厭わぬが、見知らぬ男の糞尿臭はどうも。

 騎士ディードリック、満身創痍の男の襟首を掴んで持ち上げる。

 二、三歩行った所で背後から声を掛ける者が有る。


「ディードさん・・ディードさん・・」

「聞き覚えのある声である。確か・・スカンビウムで逢った馴服師テイマー殿か」

「一別以来でございます。ウォルフスタールのザミュエルと申します。サバータのモデスティ様にお仕えする者です」


「我が名を、何処で?」

「失礼ながら、お連れのご婦人が左様そうお呼びになるのを聞き覚えました」

「この者は?」

「何者か存じませんが、灰色の毛の生えた蜥蜴に追われておりましたんで、奇獣を追い払った所です。我らレッドバート卿の加勢に当地へ参りまして、後衛を務めた後に近くで野営しておりました。異変を聞き付けて参った所、その男のほかは皆な奇獣の胃の腑」

「ご苦労であられた。この者、我らが連れ帰って詮議致す」

「よろしくお願いいたします」


 ディード、男を吊り籠に積む。


                ◇ ◇

「んじゃ、行って来ます」

「行って来ますも無いもんだわ」


 ウルカンタの街に灯りが点り始める。

 南へ旅する男たち、もう完全に移住する気で財産を処分して来た者らも、決して少なくない。これで遊びを覚えて仕舞わないとよいのだが。


 五人を見送る残りの者の視線・・。

「あなたたち、先は長いんだからお楽しみは後にとっとく方が賢いわよ」

「そう仰いましてもねー」

 ・・視線が『あんたのせいだ』と言っている。


 いま話題の高級店は、路地を入った所に在って、成る程高価たかそうな佇まい。中へ入ると部屋が五つ有る。

「あ、なるほど。それで割引券が五枚かぁ」

 券を渡すと主人、いそいそと入口に『本日完売』の札を下げる。ひと晩五名さま限定らしい。


「なるほど高級店だわ」


                ◇ ◇

 嶺南ファルコーネ城。騎士ディードリック、副伯夫人ヴィスコンテッサに報告している。


「ザミュエル殿の申されるには、の一名を残して全滅したとの事」

「彼と面識あったんですねー」

「有ったと申しまするか、無いと申しまするか」

「アルノーさんに首実検をお願いして置きますわ」

「いや、生きて居りますが」


「サバータのモデスティ様とは?」

「御家老さまの御母堂で、随分昔に御隠居なさいましたので、わたくしもご尊顔を拝した事がございませんが近頃はラリサ嬢がお目通りかのうております。たをやかなる女人にょにんの身で大殿様のご両親のかたきを討ち果たした伝説の忠臣と伺っておりますわ」


「ザミュエル殿はモデスティ様の直臣との事」

「そう伺っておりますわ」


 ・・あの夜の俺の勘が正しければ、モデスティ様こそが『魔人』であるか。


                ◇ ◇

 アグリッパ市庁舎、大階段の下り。

 クルツ・ヴァルター、ヘンリック・ボエルを呼び止める。


「やぁヘンツ! 退庁おかえりかい?」

「そんな親しげに呼ばれる仲でしたかな、クラインさん」

「そんなこと言わずに、たまには一緒に飲みに行こうぜ。損はさせないから。いや飲み代の事だけどな」


「そちらの方は?」

「冒険者ギルドのマックスだ。局の外注仕事を結構頼んでる。事件捜査とかな」

「外注業者と飲みに行くのは感心しませんな」

「ちゃんとした市民の公認ギルドだ。良いだろ? 『非公認』の闇ギルド相手でもあるまいし、さ。飲みに行こうぜたまには」


「私は家庭がありますんでな」

「羨ましいねぇ。うちは一人娘が嫁いで久しいから寂しい限りさ。あんたは良いね息子三人もいてさ」


「少しだけ、ですぞ」




続きは明晩UPします。

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