13.仏心出せば出したで憂鬱だった
シュトライゼン、イレーヌの店。
C級冒険者レッド、珍しくも酔っている。
おまけに「親方株にも手が届く」とか言われて気分を良くしている。
それというのも、出会った間もないブリンという人物を、お追従なんぞ言う様な男ではないと信じるくらい気に入ってしまったからだろう。
日頃旺盛な警戒心が鳴りを潜めている。
冒険者レッド、こと騎士団を放逐された忘れたい過去を持つ男レッドバート・ド・ブリース、片手近く年上なのに田舎町でD級冒険者として燻っていた中年男を何ぞ訳有り人と感じている。人品骨柄卑しからぬとまでは言わないがその言動具に見て、元一兵卒だという自分語りを信じていない。寧ろ自分と同じ元騎士のように思えて、親近感すら抱いて居るのだった。
そのブリン中年、何やら指折り数えて怪訝な顔。
「なぁ兄さん、騎士団に入った頃って既う内戦終わってたよな? まぁだ新規採用やってる団とか有ったんだ」
「ああ。水面下で啀み合ってる領主様とかが未だ居てなぁ。疑心暗鬼の軍拡再開にワンチャンで上手く乗っかって入団した」
「はは、それじゃ数年後に馘首言い渡されても文句言うのは野暮だな。ラッキーで拾った物をアンラッキーで落っことすのは摂理に適ってらぁ」
「そういうのも摂理って言うのか?」
「言う言う」
◇ ◇
ゴブリナブールの宿屋街。
クレアとディード、投宿先の向こう三軒辺りを訪ねる。
「衛生兵殿は此方か?」
「しぃぃ・・重傷者いま寝付きました」
三人、足音殺して隣室へ移る。
「襲撃者達の短剣は、刃が波打っているのですな。殺傷力の向上を意図したものか刀工の拙劣かは知らぬが」
「傷が癒着しにくく、止血も難しい。あれは残忍な者の作った非道な武器です」と衛生兵。
「俺達の泊まった宿にいる負傷者は傷が浅いのに発熱が酷い。毒だろうか?」
「本格的な毒物ではなく、汚物を波打つ刃に塗っているようです」
「剣を卑しめる鈍ましき所業だ」とディード苦々しく吐き捨てる。
「何者でしょう? 野蛮で残虐。伝説の小鬼が下手人と言われても信じたくなって仕舞いますね」
「先程の人と同じくらいの重傷者があと二人も居るのですな」
「一箇所に集められたなら私も楽なんですが、今さら移動させるのも憚られて・・臓器に及ぶ創傷を負った人が居ないのが不幸中の幸いです。腹を刺されてたら絶対助かりませんでした」
「望みは有ると?」
「投薬で発病を抑えられれば、ですが」
感染症という概念の未だ無い世界だが、医療現場の者は何となく察している。
「裏を返すと、軽傷で自宅に帰った負傷者も発病する惧れがあるのですな」
「残念ながら仰るとおりです」
「貴殿が処置に使われた包帯ですが、煮てありましたな。本格式の医術を学ばれた御仁なのか」
「いいえ、軍務で東帝国に赴いた折に、短い間ですがマギステル様の薫陶を受ける機会がありまして」
剣士も高名な剣客ばかりが真の強者でないように、何処の分野にても刮目すべき人士が意外なところに埋もれて居たりするものだ、と虚心坦懐に思う傭兵ディードリックであった。
◇ ◇
二人、宿屋に帰る。
「おかえりなさいませ」と宿屋の娘。
「夕食の支度が出来ております」
「衛生兵殿に薬を貰って参った。お父上に飲ませてから食事と致そう」
「飲み薬ですか?」
「小鬼共の短剣は病魔を呼び寄せる禍々しい代物らしい。お父上の高熱は、死病に罹患るまいと体が奮闘している所為だそうだ」
「呪いの短剣ですか!」
「ま、そんなモンかもね。薬飲ませたら、あたしらのオサンドンなんかは良いから親父さんの頭を冷やしてあげなさいって。幸か不幸か、客はあたしら丈だからさ。メシは勝手に食ってるわよ」
「それじゃ、甘えさせて頂きます」
娘がクレアを見る目が熱っぽい。
「聖者像の前にずっと捧げてあったパンを粉末にし薬に使うとか、東帝国の医術は初めて聞くし、神前のお供物が善男善女の祈りをたくさん吸収した有難い物だとか云う話は眉唾に思える。だが、ひとつ信じてみよう」
ディード、衛生兵に貰った青い粉薬を持って宿の主人の居室に向かう。
◇ ◇
シュトライゼン、イレーヌの店の食卓。ブリンの巨体が舟を漕ぎ始めた。
アリ坊は下をぱんつ一丁でレベッカ嬢と差し向かいだ。これからは旅の仲間。仲が良いのは結構だが、此奴が一週間前は楚々とした貴族令嬢だったと言われて誰が信じるだろうか。
これからは、フィン少年も入れるとミドルティーン三人の保護者として南部まで長旅だ。自分の過去のトラウマとか拘泥している余裕は無い。
まぁ、十年近く経った話だ。そろそろ清算しておかないと埒も明くまい。結構な踏ん切り時と思う。ずうっと溜め込んでいた蟠りを吐き出す切掛けを作ってくれたブリンさんに感謝だな。
レッド、少し昏々とする。
案の定、夢に騎士長が出て来る。
「無駄飯喰らい! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
戦闘要員として雇って養成したのは団だし、戦争が無かったってぇのは良いことじゃないか。戦争回避に奔走していた人が偉いのであって戦闘員達がゴミなのじゃないよ。
今の自分だったら、こんな風に言い返せたかな。
あの頃は若造だったから、ただ俯いていた。
みんなに邪険にされて騎士団を去った自分に、一番優しくして呉れたのは意外な事に騎士団に予算削減を言い渡した会計官殿だった。自分が書類から削った只だの一行で割りを食った人間にすまんと思うと真摯に言ってくれて、冒険者として身が立つようにも色々手を回して呉れた。
あの人に十年近くも礼を言わないままなのは人としてダメだ。
夢の中で、そんな事まで呟く。
◇ ◇
ゴブリナブールの宿屋。
クレアとディードが夕食。
宿屋少女の作った煮込み料理が結構美味い。
「日が暮れたわね。来るかな?」
「来たら戦うだけだ。約束だからな」
「で、明日は出立、ご縁はそれまでって訳ね」
「我らも急ぐ旅だ」
「そうだわよね」
暫し沈黙。
「女が四人も誘拐されてるのよね」
「町が事件の情報隠蔽に血道を上げたのは聞いたが、奪還の話は聞かんな」
「町の自治体、彼女ら見捨てる気なのかしら」
「守ろうとして戦った者が重傷を負って明日も知れん状況では、町にも討って出る余力など有るまい。かと言って、我らに人質奪回依頼など持って来られても困る。先に受けた依頼の遂行中だ」
「砦の兵隊は?」
「彼らが代官所に統属するのか大司教座の直属なのかは知らん。孰れにせよ、上の許可が要るだろう。ならば、衛生兵殿が居られるのには『薬剤を仕入れに来たらば偶々怪我人が』とか、言い訳を創作済みという事だろうな」
「拐われた四人のためにも、なんか創作してくれるかしら」
「どうかな。あまり本来業務からの乖離が大きいとな」
「本来業務? だって、なんとか大公が暴れてたのは昔々の話で、今では暇なんでしょ彼ら」
「うむ。『謎の異民族の外寇が発生した可能性があり、調査』とか口実を考えても良さそうだ。事実、ボスコ大公が老いぼれて、外征どころか侵入してくる攻撃的な異民族の討伐もやらなくなって久しい。昨今は、外から妙な動きがあっても可訝くない状況なのだ」
南のボスコ領は、大公若かりし頃おおいに外征を行ない版図を東に拡げた。然し梟雄老いて覇気が萎えたとき異民族と疆埸を接することが裏目に出始めた。
外患に悩まされるのである。
アグリッパの大司教領は東を東方騎士団領と接するので、異民族の侵入に対して警戒心が薄いが、例えば南隣の大公領を侵犯した異民族が山岳民族であったならば山越えの難路を抜けて侵入して来るかも知れない。
「動くかしら」
「どうかな」
クレア、肩を竦めて言う。
「今夜は何事もなくて、結局兵隊も動かなくて、あたしたちは明朝に旅立ってから船の中で思うのよ。『今夜あの娘が拐われてやしないか』ってね」
「・・・」
ディード、ひと呼吸置いてから「ふふん」と鼻で笑う。
「案ずるより産むが易し、だ」
鎧戸越しに表を見る。
続きは明日UPします。