119.計算したら憂鬱だった
アグリッパ、探索者ギルド。
治安当局より、身柄拘束中の人権喪失者約百三十名の処分を頭ひとつ一グルデン十六フェニングで受注した。
本来ならば、自治体に所属する『処刑人』と云う世襲身分の者等が公開の刑場で処断するものだが、多くの善男善女が参詣に訪れる門前町として外聞を憚る向きの強い要請から、市は暗々裏に外注することと相成ったのである。
探索者ギルドと云うのは古風な誓約団体で、結束力の極めて強い擬似血族であるが故に、守秘義務の遵守には定評がある。秘密裏だから、自由市民として不名誉な仕事も割と平気なのだった。
尋常の勝負で人を殺すのが名誉で、縛られて無抵抗の者を斬るのが不名誉なのは何故か、という根源的な問いは棄却する。何故なら探索者ギルドは彼らを殺さないからである。
据え物斬りの生体素材として転売するのである。
どっちが酷いか、は敢えて言うまい。そこに需要がある、と言う事実だけ述べることとする。
頭ひとつ一グルデン十六フェニングというと、優秀な傭兵ひとり雇う日当を少々おまけした程度。つまり、仕入だけでトータルで十人隊を一週間派遣したくらいの収入が見込める。
「ふふふ、美味しいぜ」
北叟笑む金庫長。
クラリーチェ嬢、ちょい悪い歳上男が好きなようだ。
◇ ◇
モーザ河畔、崖の上のランベール城。
「そろそろ頭打ちか」とボーフォルスの家老アンリ。
「ちょっと違うわ」とミッシェル。
「私のこと『敵に股ひらいて生き延びたバイタ』とか思ってる頑固者が、いちばんアリシアちゃんに持ってって欲しい過激派でしょ?」
「お前のこと毛嫌いしてる連中が一番のターゲットってのは、辛いとこだな」
入婿男爵の連れ子だったミシェル。もともと領主一族とは見ない領民が多かったところへ、ランベール城に駐留する司令官の嫁に収まったため、敵の情婦と呼んで反発する者たちが先鋭化している。
逆に、ミシェルの支持者は両男爵家の宥和を望む多数派だが、従来の土地に住み続けたい人々でもある。
つまり、ランベール家正統の血筋である男爵夫人がボーフォルス男爵へと嫁いだ和平を歓迎する領民であって、移民のスカウトには乗らないのだ。
「もうひと山越す何かが欲しいわ」
◇ ◇
アグリッパの町、探索者ギルド。
黒髪のクラリーチェ、金庫長の耳許に唇寄せて囁く。
「ねぇ・・テオ。イザベルさん、わたくしに頂戴」
「駄目だ! 駄目だ! ディードとクレアだって持ってっちゃったろ!
「仕方ないじゃない。ディードは、わたくしが幼い頃からの馴染みなのです。もう兄か叔父さんかって仲なのですから」
「やらん! イザベルは・・って、お前なんで本名知ってんだ!」
「うふふ」
今度は、赤い顔して茫然と突っ立ている『在家の女』の耳許に・・
「わたくしのお願い聞いて呉れないと、本気で貴女のママに成っちゃいますわよ」
◇ ◇
嶺南ファルコーネ城、晩餐の広間。
ヴェルチェリ副伯夫人いつも上座で城主然。
「今日からディードリック卿が滞在なさいます。皆さん既にエリツェの町でお会いですよね」
彼が率いて来た六人の騎士も加わって、可成り大勢の食卓である。
「二、三年に一度は政府が倒れるグウェルディナから難民が越境して来るのは日常茶飯事。それで受容れた人々に干拓工事で職を与える事業は成功を収めています。ところが此のファルコーネ領に彼らが寄り付くことは有りませんでした」
「なんで?」とアリシア。
「それは昔、ここの城主にガルデリ家の姫が嫁いで来ているからです。ガルデリはグウェルディナ人からは到底も恐れられていて、わたくしの知人の話に拠ると仲々寝付かない子供には『早く寝ないとガルデリ谷から人喰い鬼が来る』などと言って躾けるとか」
「お・・御伽話になってんの!」
「おれの同僚はゲルダナの亡命者だけど、昔そういって叱られたと言ってたにゃ。そいつ大殿様に謁見したとき怖くて漏らしたのにゃ」
「そういう訳で、ファルコーネ領内にグウェルディナ人の部隊が侵入したのは此の半世紀で、先日が初めてなのです」
「なんで半世紀?」
「そ、それは『ガルデリ谷の人喰い鬼』と言われる様になったのが半世紀ほど前の侵攻以来だから、と聞いていますわ」
「あ、それ・・似た話聞いたな、嶺東で」
「あっちこっちでやってんだね」とイェジ少年ヒンツに小声で囁く。
「月日が経てば人々の恐怖心も風化するのでしょう」
「左様でもないぞ。連中口々に『ここ、まだハルコネン領じゃないよな?』だとか囁き合っとったぞ」
アルノー老が証言する。
「道の辻に木製のガルデリ兜を付けた案山子が立ってたのを見て進路を変えたりもしておった」
「決死隊でその塩梅であるか。然しロンバルディ領辺りは要哨戒であるな」
同行の騎士たち。頷く。
「お侍さん達も『笑わん教育』って受けるの?」と物怖じしないアリシア。
「なんであるか?」
「ほら! 『主は笑いませんでした』とか」
「無いな。『無駄口きいて敵の斥候に情報を渡すな』とは教えられる。戦闘終了の合図に剣を天に翳しつつ哄笑する習わしの部隊も有る」
「返り血浴びて皆んなで笑うとか、ちょっと怖いね」
◇ ◇
アグリッパの町。
湊近い高級宿の豪華な部屋で『猫姫』様クラリーチェがイザベル・ヘルシングと寝物語。
「わたし本気で、年下の母とか厭なんですけどっ!」
「なら、言うこと聞いてね」
「あなたは貴族だもの。五十近い平民男なんて、本当は興味ないでしょ。わたしを翻弄いたいだけ」
「あら、あなたって自分の父親が潰れた男爵家の四男坊って知らないの?」
「そんなこと聞いた気もするけど」
「わたくしがテオと形だけ籍を入れて貴女が貴族の子供を産むって線も有るのよ」
「子供って、誰の!」
「うちの兄の種だけ貰って来てもいいし」
「貴女と話してると常識が頭から飛び去っていきますよ、もう」
「話は変わるけれど、ちょっと不動産屋さん、やらない?」
◇ ◇
同市、冒険者ギルド。
ギルマスのマックス、執務室の接客用テーブルでウルスラと食事中。
「なんです。ムッツリしちゃって」
「やはり人殺しの手伝いは気が滅入る」
「だれ殺したんです?」
「名も知らん奴らだ。警邏隊が悪党どもを百なん十人もマトメてお縄にしちまって処刑人も墓掘人もまるで手が足りん。経理は収監者メシ代出さん。それで、処分を外注に出すことにしたんだとさ」
「それを、業者紹介したとか?」
「わかるか」
「そりゃ判ります。ウチで受けられないんだもの。誰か紹介するしか無いわ」
「そうだよな。『処刑人や墓掘人の真似させんのか!』って言って騒ぐだろうさ」
・・まぁ職業差別だが。
「ひとり頭一グルデン十六フェニングで百三十人だとさ。〆て・・」
「二百三十四グルデン」
「計算早ッ!」
「いいお値段ですね。紳士が乗ってて恥ずかしくない馬が買えちゃいますよ」
「・・・」
「どうした?」
「処分に、ひとり頭一グルデン十六フェニングって、三十六シュットですよ。独身男一ヶ月の食費としたら十分まともな暮らしなんじゃ?」
「・・・」
マックス、考え込む。
「それとも処刑人と墓掘人に払う手数料より安いってことか?」
・・嫌われる仕事はペイが良いって言うしな・・」
「ウルスラくん、処刑人と墓掘人の料金って、わかる?」
「墓掘人は協会葬の記録見れば直ぐ判りますが、処刑人は縁がないですわね。役所に問い合わせないと」
「頼む。それと市政参事のヤーコブ・ヘンケルとヘンリック・ボエルの二人の資料集めといてくれる?」
マックス、頭をぼりぼり掻く。
続きは明日UPします。




