118.魚喰って憂鬱だった
大河レーゲン川を遡り行く二艘の川船のひとつ。
チャーター船で一艘の乗客総数二十六名。
拾った土左衛門が存命していた。
「なんでまた、お前さん・・どんぶらこっこしてたんだ?
「実はわたし、仕事で大きな失敗をして、途方に暮れて大川に・・」
「それって不可いんじゃないの? 教会的にさ!」
突っ込むディア・メタッロ。
「いやいや、わたしは自殺じゃありません」
「でも自分で川に飛び込んだんだろ?」
「泳げますし」
「んじゃ自殺じゃねえな。村から向こう岸に泳いで逃げようとして失敗したんだ。そういう事にしよう」
「うんだうんだ」と一同。
「でも、わたしは罪深いです。罪なき者なら川に沈むでしょう」
こういう風習は今でも田舎に残っている。
裁判で死刑の判決を出せるのは国王陛下だけ。でも一人じゃ社会は回らないので国王から委任された判事と、その判事から指名された判事補だけ。と云った具合に司法権が中央集権化された。
でも『神判』は認められる。
決闘がそうだ。勝った方が正しい。
そして『水の審判』も田舎で根強い。『冷たい水の中に放り込んで、浮かんだら有罪、沈んだら無罪』というやつである。
何のことは無い。村の衆が大勢で命綱を握っていて、許したいと思っている者が数あれば『沈んだから無罪』と言って引き上げられるのである。
「そんでお前さんよ。『仕事で大きな失敗』って、何やらかしたんだい?」
「実はわたし、今日の夕方着く大口団体客の皆さまの宿の予約を通し忘れて・・」
「大口団体客って・・何人?」
「五十二名様です」
「・・ふん縛って今一度川に放り込もう」
◇ ◇
嶺南ファルコーネ城。
騎士ディードリック、アルノー・サグヌススヌと話している。
「そうじゃ。奇怪な野獣と戦いつつ、数々の苦難を乗り越えて此の城の地下道まで辿り着いたが、落石トラップで二人斃れたのじゃ」
「死んでた」「死んでた」
「そこを此の坊や達に攻撃されて部隊は散り散り。皆は撤退したのだが儂はひとり取り残された」
「襲ったけど、エステルお姉さんに言われたとおり殺してないよ」「ないよ」
「うむ。此の二人の奇襲を受けては、俺も無事では済むまいな」
「撤退した部隊は帰路、野獣に襲われて全滅したらしいのう。負傷者の血の匂いで集まって来たのじゃろう」
「酸鼻なり」
「おじいさん、仲間死んだけど、いいの?」「いいの?」
「あんなの仲間じゃないわい! ひとのこと初から年寄りと馬鹿にするし、いくら忠告しても聞かんし。それで頭蓋潰れよった」
「なら告白する。言われたとおり殺してないけど、ざくざく刺した」「刺した」
「その血の匂いで全滅じゃな」
「其れで宜しいのか?」
「儂、冒険できれば如何でもいい」
「後続部隊と仰るのは?」
「一個小隊ほどだが、あの指揮官では森は抜けられまいなぁ」
◇ ◇
ゴブリナブールの寂れた宿屋『ゲンセーンカン』
「・・そそそーんなぁぁ」と途方にくれる宿屋少女の叫び。
父は病床、母は他界。十五歳の彼女が切り盛りする宿である。
「どうしたんだい?」と戸口から入って来たのは、丘の上の砦の衛生兵。あれから定期的に父の様子を診に来ている。
◇ ◇
アグリッパの町、市庁舎大回廊。警備局長クルツ・ヴァルターと冒険者ギルドのマックスが大柱の蔭のベンチで話し込んでいる。
「クルツ様ですね? 例の件、見積書をお持ちしました」
「おっ、探索者ギルドにも美人がおるのう」
世辞である。『在家の女』目鼻立ちは整っていて客観的に分析するならば美人の部類と言っても良いが、とても地味な外見であるので一見して美人という印象には程遠い。
多くの人は密偵向きと呼んで褒めた形に言葉を整える。
頭ひとつ廃棄費用二レーゲングルデン・・けっこう高いのう。(・・やった! この金額なら行ける!)」
「私共も市内治安の安定にはご協力を惜しみません。目一杯勉強させて頂いている積もりですが、一グルデン十六フェニングが限界でございます」
「・・(・・やった! 言ってみるもんだ!)それでは 頭ひとつ一グルデン十六フェニングで頼もう。廃棄総数は百三十から出廷させる分を差し引くが、大きくは変わらん」
『在家の女』見積書を修正し、局長が指輪で表紙の羊皮紙に押印する。
女、帰る。
「やった! 予算内だ! これで財務に留置者の食費予算上限を交渉して、飢えて死んじゃったら財務局の責任ということで墓掘り人の人件費を請求する。そのぶん廃棄費用も安くなる」
「ひでぇ話だ」
「もともと前科による人権喪失者だ。扱いがひでぇのは因果応報だぜ」
「ま、そうだけどな」
「誘拐への関与を立証できてない奴らはまだまだ居る。しかし、攫って来た女達をお買い上げして暴行した連中は処刑しちまったし、泣き寝入りした被害者も今さら暴かれちゃ困るだろう。十把ひと絡げでも、みんな処分しちゃって何故悪い」
「いや、悪くないけどな」
「あと、まだ拷問受けてない奴らから出来るだけ馬鹿親ども裁く法廷に出せる証言ひきだそう。廃棄費用の節約にも為るしな」
拷問で聞き出した自白を証拠に使うような国は数百年後も腐るほど有った。
拷問で聞き出した証言が裁判に使えない、という法律が大昔からあった国は実に素晴らしい、と思う人が有るかもしれないが、それは裁判無しに殺す気まんまんなだけだから、大して素晴らしい訳でもない。
◇ ◇
ゴブリナブールの船着場。
元土左衛門の男が船内で土下座。船の荷物庫に隠れさせて貰う。
「さて、泊まる場所どうすべえ」
すると桟橋の袂に宿屋少女が居る。
「五十二名様、ご案内いたしまぁぁぁす」
「あら、有るじゃない。宿」
一同ぞろぞろ少女に随いて行く。
「おひとり様一泊二食付き、わずか1シュットであります」
「安いじゃない!」
宿屋『ゲンセーンカン』に着く。うら寂しい佇まいだが部屋数は有るようだ。
「先客がいるのね」
「お食事だけの客様です」
「もしかして、貴族さんかしら」
「丘の上の城塞の司令官さんです」
「そりゃ口の利き方気を付けないとね」
ディア、軍人らしく大柄の渋い紳士に近づき、レヴェランス。
「大所帯でお邪魔致し、騒がしいですが何卒ご容赦下さいませ」
「なぁに兵営も騒がしい。慣れたものですぞ。お女中其の最敬礼本式だが何処ぞの貴人にでもお仕えなされたか?」
「某伯爵家の御用達を賜る商人でございます」
「ふむ。立居振舞いに品格がある。本日は皆、楽しく過ごされよ」
ディア、もう一度最敬礼して退がる。
宿屋少女が耳打ち。
「それとあの・・ぜんぶ二人部屋なのでご婦人は・・」
「大丈夫、大丈夫。あたしら夫婦者のツアコンだから」
「船頭さんも賄い料理でよろしければ」
「そいつぁ有難ぇ」
裏手の竈門部屋へと随いて行くと衛生兵さんと二人の炊事当番兵が正に大車輪で働いている。
「嬢ちゃん、味の仕上げ是んなもんで可いかい?」と当番兵が大釜から小皿に汁を掬う。
「ばっちりですぅ」
窮状を察した衛生兵殿が掛け合って、当番兵を借りて来てくれたのだ。司令官も付いて来て仕舞ったが。
旅の宿の宴席恙無く進む。
◇ ◇
アグリッパ、探索者ギルド。
『在家の女』が帰って来る。クラリーチェ嬢が来ている。
『在家の女』ちょっと含羞む。
「頭ひとつ一グルデン十六フェニングで成約。頭数は多少減もあり得る様子」
「まぁ配達コストが出ればいいくらいに思っていたから十分だ。積む馬車も馭者も自前で賄えるしな。川にでも捨てればいいのに、当局もご丁寧だな」
「それは以前、下流の漁民から苦情が入りましたから」
「それはそうか。食卓で魚の腹から何か出たら文句言うわな」
口に出さんで欲しいと思う『在家の女』。
続きは明晩UPします。




