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116.娘も喧しくて憂鬱だった

 アグリッパの町、探索者ズーカギルド。

「成る程、そう言う事か」と金庫長。


「ルディが聞き込んできた限りでは、警邏隊あかマント連中は『厄介なバックが控えてるから今すこし泳がせておけ』と上から言われて不満をかこちていたところ、例の法廷侮辱事件で市長直々に七富豪を潰しに動いたんで、嬉々として『バラケッタ団』残らず御用にしたと・・そう言う具合なのですね? だけれど・・」


「『猫姫』殿の読みでは其の様な『厄介なバック』は実は存在してはおらず、司直上層部に工作員ゼンダ・ブルスから直接袖の下が渡っていたろうと言う事」

当協会うちとしては、また美味しいネタだな」


「どれくらい『上』まで噛んでいるか、ですわね。たぶん団員の処刑を急いでいる向きがその方々でしょう」

「けれど、本当に口を塞ぎたいゼンダはクラリスちゃんの手の中だから、当協会うちは知らん顔して処理手数料もらって団員を試し斬り用お肉として売っちゃえば仕入と卸しの両方で儲かる訳だ」

「『クラリスちゃん』だなんて、この男は・・」

『在家の女』、汚い物でも見るような目付き。

「・・(いけない! 口が滑った)」


「初めて話すが、当協会うちは近々『猫姫』グループと組んで或る事業を始める。このネタは要所で使うから当面は知らんフリで行く」

「温存であるか」

「おい、『在家の女』! お前は『猫姫』さんと接触して、クルツ局長が献金先に入ってるか如何かだけ教えて貰って来い」

「はいはい」


                ◇ ◇

 大聖堂かてどらる。典礼が行われていない時刻なので参詣者は各自、聖像にぬかづいたり天井画に見入ったりしている。

「あっ、ここで菓子なんて食うんじゃない!」

 父親が叱った時すでに遅く、子供は糖蜜でベタベタになった両手であちらこちら触っている。惨禍が拡がっていた。

「ああ。坊や、みんなが触る手すりがべとべとだよ。あそこの噴水の傍でお手々を洗っておいで」

 子供、ぺこぺこ謝る父親に手を引かれて去る。

 しょうがないので寺男、濡れ雑巾で拭き掃除する。


「こうやって何も考えずに体動かしてると、もやもやした気分が晴れる気がするんですよねぇ」

 実際、鯱鉾しゃちこ張った僧衣を脱いだだけでも気が楽になる。あれは人目が重い。

 ホラティウス司祭、気分転換に在家信者の奉仕活動みたいな事をしている。


 とんでもない金額の寄進を申し出て来た女性、只の商人には見えないのだけれど付けてくる条件が他愛もなさ過ぎる。長老連は簡単に説得出来るだろう。

「・・却って怖いですよね」

 幼い頃に父が悪い女に蕩かされて商売が傾いたことがあった。何も繋がりが無い遠い昔の日の事なのに不図ふと思い出して仕舞う。そのときひらめく。


「あのひと! 艮櫓で見た黒い妖精ダークエルフです!」


                ◇ ◇

 艮櫓。

『在家の女』が長い階段を登って来る。

 既に顔馴染みの小男と・・これは初対面、横一文字向こう疵の大男。


「『猫姫』さんは?」

き戻らいやんす。お掛けんなって」


 ほんとうに直き帰って来る。

「お手紙、来てました」と巻き紙を渡す。

 読んでいる横顔を見る。

 ・・ほんっと可愛いわね。人じゃないみたい。


「金庫長が、ゼンダ・ブルスから賄賂を貰った人々の中にクルツ局長が居ないかと気にしてました」

「居ないわ」

 あっさり。

「そこまで辿り着く能力は無かった様ですわ」

「アタナシオ司祭には辿り着いたのですね」

「彼には『捨てた家族』という傷が有りました。傷の膿んだ臭いに敏感な人間なのでしょう」

「腐臭はお嫌いのようですね」

「発酵して芳しい場合も有りますわ」

「うちの父のは・・如何でした?」

「結構好きかな・・」


「わたし、年下の母とか厭なんですけどっ!」

「それは誤解ですわ。シュトラウゼンの娼館に潜伏してたとき、彼のオンリーって芝居してただけ。まぁ好きは好きだけど」

「じゃあ!」

「わたくし、好きなのは女ですのよ」

「ひえぇぇぇぇぇ」

 奥に連行される。


「捕食完了」と『道化師ブッフォーネ


                ◇ ◇

 嶺南ファルコーネ城。

 今日も厩舎で倒産騎士団の三人がたむろしている。


「じゃあマリオさんって、そんな凄かったんだ」

 未だ『さん』付けのレッド。

「まぁ確かに俺も、小僧相手と思って舐めてたってのは有るよ。だが、直ぐに思い知らされたな。俺の時代が終わってた事をよ」

「へっ! 俺なんか向き合って構えた瞬間に理解ワカったぜ。ヨーゼフに歯が立たないって」

 貧乏自慢ならぬ決闘敗戦自慢大会に為っている。

 レッドも、銀拍車での遍歴時代に経験がない訳ではないが、黙っている。むしろ冒険者になってから警棒とか短剣ダガの柄とかで格闘した事の方が多い。それでも未だ『舌先でしか喧嘩しない男』という評判で知られている程度の回数だ。

 この世は訴訟社会。そして訴訟とは、所詮が流血回避のシステムである。

 ・・もうちょっと経験しときゃ良かったかな。


 其処へルッキーノ青年、小走りに来る。

「ヨーリックさぁん、御来客が見えたので、お馬お願いしまぁす」

「父っつぁん、騎士に戻っても厩番の仕事は変わんねんだな」

「でも此のお城の馬事総監に任命されたぞ」

「仕事は厩番だよな」

「違ぇねぇ」


 だが先に、御来客がたの方が馬を牽いて来て仕舞う。

 数騎率いているのはディードリック殿であった。

「応、レッドバート卿! うたな。君命で此の辺りを哨戒致すので、此処の城に暫し駐留する事と相成った。宜しうお願い申す」


「仕官なさったのですか。御目出度う御座います」

「未だ若のお預かりである。いや『若』では通じぬな。昔おった傭兵団の団長シェフ殿の御子息でスーレン男爵と仰る」

「あ、何時いつぞやの男伊達の・・」

「城代殿に挨拶して参る。では後程」


「レッド、おめぇ・・また凄ぇのと知り合いだな」


                ◇ ◇

 アグリッパ、市庁舎。いつもの回廊のベンチ。

 クライン局長が渋い顔して膝の上の書類に目を通している。


「おおうマックス。どうだった?」

一遍いっぺんにやれって言われても無理だとさ。十人くらいづつ小分けにして、ちびちび時間を掛けて良いんなら金次第・・みたいに言ってた」

「金次第か・・むぅ」

「苦しいのか?」

「財務の市政参事がうるさくってな。成らず者に食わせる金は無いと騒ぎや立てがる」


「裁判にかける場合だって、審理までなん週か留置するだろ普通」

「処分も決まってる者に食わせる飯が有るか、とさ」

「追放に減刑するんじゃダメか?」

「浮浪者の一斉追放なら荒れ野まで数珠繋ぎにしてって放り出しゃ済むんだがな。前科者ばかりとなると野盗でも始めるのが目に見えてる。それで責任追及されたら叶わん」

「それじゃあ食わせていい金額を、その参事さんに決めてもらえよ。収監したまま飢えて死んだら、その人の所為せいって言ってやれ」

一層いっそそれ、やってみるか。『幾らまでなら宜しいか?』と聞いて言質取ろう」

「あっちのギルドは見積もり出して来るってさ」

「天秤かけて行こう」


「まったくもう・・治安の仕事ってやつぁ、口出しゃあがる外野が多くって困る。早くやれだぁ慎重にしろだぁ両方から突っつかれる」

「慎重にしろって言う奴も居るのか」

「いや、今回に限っちゃ『断行する』ってのが市長さん鶴の一声だから、其方そっちゃあ無かったけどな」

「フゥン」

「以前はそりゃ、先走ってたら法廷で勝てないとか、口喧しいもんだった」

「なんで勝てないって言うんだ?」

「そりゃ参審人たちが人権がぁ人権がぁと言うのは事実だし、なかなか現行犯じゃ捕まらない。自由人じゃ無いって調べの目処が立たなきゃ参事会は乗り切れん」

「ははぁ、一斉逮捕は参事会案件な訳か」

「今回は現行犯逮捕だからな。それでも渋る奴ぁ居たが、市長直々の決断でざっと押し切ったわけよ」

「・・(ははぁ、教会筋が後押ししたか)」

 


「で、渋ったなぁ誰だ?」



続きは明晩UPします。


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