115.格闘は勝っても負けても憂鬱だった
嶺南ファルコーネ城、朝食。
「今朝は三組いないわ。どうしたのかしら」
ヴェルチェリ副伯夫人、不安に駆られる。
「夜を専らにして不早朝にゃん」
「やっぱり、そうよね」
「俺たち『聞き耳』の能力があるんで状況知ってるんですけど、こう言うことって口外しちゃダメですから」
「でも三人三様で面白いのにゃ」
「そう言われると、聞きたくなって仕舞いますわね」
「でも、言わないのにゃ。にゃはははは」
猫、食事を終え、笑いを残して消える。
「あの・・」とカーニス。
「俺、悩んでいる事があって・・その、出生のことなんですが」
「拙僧らが伺いましょう」とヴィレルミ師。
「俺、母親がヒト族で父が犬獣人なんですけれど、こういう関係って教会は禁じておられるのですよね?」
「ふむ。人が獣と関係を持つことは聖典が禁じておりまする」
「ですよねえ」
「曰く『Mulier, quae succubuerit cuilibet iumento』云々。ここで聖典が禁じておりまするのは女人が『iumento』の誘惑に屈することでござりまする」
「あ、なるほど」と副伯夫人。
「この『iumentus』とは主に牛馬、驢馬など、荷を運ぶ家畜を指す言葉。犬猫を指すか如何かは議論がござりまする。係争が生じたら拙僧らを頼りなされ」
「そもそも犬獣人は犬では御座るまい」
「ありがとうございます」
感激するカーニス。
「ほら見ろ父っつぁん! 馬とやるのは駄目だ。ラパンルージュの野郎にビシッと言わなきゃ!」
「イヤ彼奴は屹度『バレなきゃ良いっひひん』とか吐しゃがるぜ」
「あ・お・お坊様がた、見逃して下さい。馬の言葉が理解るなんて言ったら異端で火炙りっすよね?」
「まさか! 騎士は愛馬と心通わすのが当然で御座る。況んや名伯楽をや!」
「そ・そう言うもんすか?」
ヒンツ小さくなる。
カーニス急に慌てて・・
「人狼の実在を信じたら罪ですよねっ! 俺たち大穴の底で、ザミュエルさんが狼の姿で人語を喋るのを見・・」
「あのかた、自分はもともと狼だと明言なさりましたですよ。ただの喋る狼です。人狼じゃないですよ」
祓魔師のカルウヴァリ師、ゆるーい感じで言う。
『ただの喋る狼』って、なんだそれ。
「練達のテイマーが腹話術しただけでは御座らぬか?」
「いづれにせよ、人狼の実在を信じたら十日の断食でござりまする。信じなきゃ無罪」
このヴィレルミ師、皆は知らぬが覆面活動中の異端審問官である。アリストテル信奉者で誰よりも異端っぽいが。
◇ ◇
アグリッパの町、探索者ギルド。
「大変です金庫長! 冒険者ギルドの殴り込みです!」
ブルーノ係長が半分腰を抜かしつつ報告。
「何人来た?」
「ギルマスのハインツァー親父が一人です」
「そりゃ『殴り込み』じゃない。『怒鳴り込み』だ」
「そうだ怒鳴るぞ馬鹿野郎」
マックスやって来る。
「なんの御用で?」
「手紙の配達だ」
封蝋で閉じられた紙筒を投げる。金庫長、添え書きを読む。
「なになに? 『この書簡を急いで探索者ギルドに届けないとマイスターがとても不幸になります。D .拝』だって」
「ふざけた奴だ」
「マイスターって誰でしょうね。私? 貴方?」
「知らん」
「で? ギルマスさん自ら態々郵便配達を?」
「序でにひとつ用事がある・・んじゃなくって、そっちが本当の用事だ。あんまり嫌な話だもんで気分悪くて態度も悪かった。すまん」
「伺いましょう」
「百三十人ちょっと殺したい」
「不倶戴天決闘ですか?」
「いや、逮捕者だ。治安当局は処刑したいそうなんだが、なにせ人数が多すぎる。外聞を気にしてる。なんとか目立たないよう済ませたいんで上手い方法が無いかと相談された」
「この間の連中ですか。十人くらいつつ小分けにして順に捨てて来るんで良ければ出来ますよ。大急ぎは無理ですが」
「じゃ、当局には前向きだって伝えていいか?」
「はい、予算は精査して見積もりを出しますってお伝え下さい」
マックス、帰る。
「嵐みたいでしたね」とブルーノ係長。
◇ ◇
アグリッパ湊近く、高級宿が経営する飲食店のテラス席。
『暗黒街の二人』っぽい男女と軍人か警官のような雰囲気の男が都合三人。店の小洒落た雰囲気を無惨にも破壊していて他の客が近づかない。
「自分は暗号名『ルテナン・ルドルフ』。元カペレッチ旅団の情報将校であった。『猫姫』殿にお目に掛かれて光栄」
「初めましてルテナン。こちらは義兄の騎士クラウス卿ですわ」
口髭の騎士、目礼する。
「先ずはご報告を。仮称『バラケッタ団』の取調べで、奴らは全員ゼンダと名乗る男にスカウトされた武装放浪者で、大半が前科者と自供済みである」
「質より量で掻き集めた如くですわね」
「興味深い事に、彼らがスカウトされた場所はカラトラヴァ領を囲んで輪のように分布している」
「分かり易いですわね。当方が確保しているゼンダ・ブルスは、カラトラヴァ侯の義弟の家の従士でしたわ。親の代からの」
「団員にはゼンダ・バラケッタという貴族と名乗っていた模様である」
「資金は湯水のように使っているけれど、全体に粗雑ですわね」
「これだけ大所帯で無造作に行動しておって治安当局が目を着けておらなんだのも不審といえば不審」
「そちらにも、お金を使っていたようですわよ」
「矢張りな。警邏隊員がやっと動けたと嬉々として言うておって、以前の対応には不平が有ったようだ。
「富豪らをパトロンに為て市内に蟠踞を狙って居た割に今ひとつ成功していた様に見受けられません。忖度すべきバックが特に無いのならば、当局の誰かの懐がただ潤っていたのですね」
「むぅ」
◇ ◇
レーゲン川をチャーター船が遡る。
「あああ、シュトラウゼンが過ぎ去っちまう・・」
「おとーさん、そんなに遊郭に行きたかったの?」
「あそこにゃ昔、黒髪のすっごい美女がいてなぁ。そりゃもう人気で、指名競争で並んだんだが駄目だったんだ。そんな思い出の場所なんだよ」
「へー」
それ、どっかで聞いたよな話・・。
「これから南部に行く道すがら、けっこう男の人が遊ぶ場所ってぇのも有るんですけどね。なんせ名刹エルテスに行く巡礼街道だもの。お参り、特に長く参籠なさる方々は、行く前とか後とか節目節目にパーっと騒ぎますんで」
「誘惑多いんだ・・」
「この先だとメッツァナの繁華街でしょ? ちっちゃいけどゴルドーの『九軒店』でしょ? そして圧巻はエリツェの二大遊郭街」
「ごくり」
「だけどシュトラウゼンが思い出の場所ならば、代わりに他所の場所連れてくって言っても楽しくないんだー。残念」
「いや楽しい楽しい! 楽しいから、おねがいしますよ」
◇ ◇
嶺南ファルコーネ城。
「ねぇ、カーニスくん」と副伯夫人。
「ダメですよ。そりゃ是の能力が日々の飯の種だけど、知人の私生活は漏らしちゃダメでしょ人として」
「聞きたい聞きたい聞きたいぃぃ! 皆の健康管理はわたくしの仕事よぉ」
「しょがないなぁ・・じゃ、無難な範囲で」
「うんうん」
「マリオさんアンヌマリーさん組は、普通の新婚夫婦の普通じゃないやつ」
「なにそれ」
「アテネまで走って倒れて死んじゃう感じです」
「『勝った!』って叫ぶやつ?」
「レッドさんアリシアさん組は、子猫が戯れてる感じ」
「微笑ましい様な、そうでないような」
副伯夫人よく考えれば後者と判るのに先入観が邪魔をする。
「姐御と婚約者さんはよくわからない。最初は仲良しなのに格闘が始まる感じ」
「ダイナミックなわけ?」
「最後に『お前は背中を預けられる相手だ』て声が聞こえて、静かになる」
「なにやってんだろう?」
続きは明晩UPします。




